臓物戦車

第122話

 なぜこんなことになってしまったのか。


 ミュータントの少ないルートを選んだ。考え得る限り最強の護衛をつけた。お偉いさんにちょっとした冒険気分を味わってもらうだけのピクニックミッションであったはずなのに。


「この世には神も仏もおらんのか……」


 アイザックがその巨体をゆすりながらぼやく。


「さあね、そこらへんで干からびてんじゃねぇの」

「こんな岩と砂だらけの世界、神様だって見捨てるわよ」

「案外、ミュータントは神が人間を滅ぼすために創り出したのかもしれませんね……」


 ノーマン、カーディル、ルールーが通信機を通して口々に軽口を叩く。最後の奴はちょっとシャレにならないなと、アイザックは苦笑を浮かべた。


 ディアスは相変わらず黙ったままだが、まあディアスだからなと、ハンターたちは誰もが納得して、それは気にもしなかった。


「お前等、気楽に言ってる場合かッ!?」


 突如、鼓膜を突き刺すような絶叫が雑音混じりに響きわたる。その声はノーマンの戦車TD(トゥルー・ドロップ)号に同乗する本日のゲスト、ハンター協会の会長スティーブンのものであった。


 現場を知らぬ男の言葉だが、この場合においては彼の方が正しいかもしれない。適当におしゃべりしているハンターどもが異常なのだ。


 彼らは追われて逃げる真っ最中である。岩を弾き飛ばし、荒野をえぐり疾走する、肉と戦車の融合体。真っ赤なミュータント戦車に。




 さかのぼること数十分前。アイザックはひどく憂鬱ゆううつな表情を浮かべていた。


「あはは! なるほどこいつは楽しいなぁ!」


 通信機からスティーブンの脳天気な声を聞く度に、憂鬱な気分は泥のように積み重なっていった。こんなものがハンターの戦いであるものか、と。


 TD号に新たに載せられた武装、ガトリングガンがゆっくりと回り出し、すぐに高速回転し殺意の嵐を吐き出した。


 その標的となった哀れなミュータントはカマキリの顔に犬の身体を持った小型であり、悲鳴あげる暇どころか死を自覚する間もなく、黒とも緑ともつかない体液をまき散らしながら肉片へと変わった。あきらかに過剰殺戮であり、賞金よりも弾代のほうが高くつく。


 先ほどからずっとこの調子だ。倒した証拠で換金材料となる死体の一部を拾おうともせず、写真も撮らない。ただ殺して、口の端に品性の無い笑いを浮かべて前へ進むだけだ。


 ミュータントを殺すことに異議があるわけではない。所詮、人とミュータントは不倶戴天の敵であり、数を減らしてくれるならばそれはそれで結構だ。絶滅させてくれたって構わない。


 アイザックは自分が若い頃の、生活に追われて小型ミュータントを追っていた時代を思い出していた。いくら倒しても弾代、水代、食事代等でほとんど消えて手元に残らず、大きな怪我などしたら取り返しがつかないと脅えていた頃のことを。


 ハンターはミュータントを倒す英雄などではない。もっと泥臭く、惨めであるべきだ。


(金で苦労したことのない奴と仲良くなれそうにないな……)


 スティーブンが浮かれ気分で鉛玉と血肉をまき散らす度に、彼や彼を代表とする中央議会の権力者たちに対する嫌悪感が重なってゆく。


 こんなくだらない接待、引き受けるべきではなかった。


 お偉いさんに現場を知ってもらうことは重要、意味のあることだと自分を納得させようとしていたが、ハンターの戦いや生活がこんなものだと思われてはむしろ逆効果、迷惑ですらある。


 ハンターたちのまとめ役、相談役と呼ばれ、ディアスたちとはまた違った形で存在感を示していることで、どこか浮かれてはいなかったか。会長自ら名指しで話しかけてきたとき、優越感のようなものがなかっただろうか。


 全て、己の甘さが招いた事態だ。


 群れることに慣れきってしまったのかもしれない。この仕事が終わったら、ただ独り身体一つを危険にさらすようなストイックな狩りに出かけよう。誰もやりたがらない夜間がいい。凶暴化したミュータントと戦い、自分だけしか知らない奴らの生態、その知識を蓄えるのだ。


 強敵に囲まれ命からがら逃げ出すことまで、今は恋しく懐かしく感じる。頭上で銀色に輝く月だけが戦友とも。それが己の戦いであったはずだ。


 やるべきことが決まると、少しだけ心が軽くなって周囲に気を配る余裕ができた。この茶番に付き合わせてしまった奴に一言、礼なり詫びなり言っておくべきだろうかと。


 通信機の回線を全体から個人、ディアスたちの21号へと切り替えた。あの気難しくて陰鬱いんうつで、それでいて義理堅いあの男はこの状況をどう思っているのだろうか。


「すまないな、こんなことに付き合わせて……」


 こんなこと、とは何か改めて説明はしない。同じく金やミュータントがらみで苦労を重ねてきた彼らも、金持ちの道楽に対して思うところは同じだろうという確信があった。


「いいさ」


 短い、だがはっきりとした答え。特に恨まれているというわけではないことにアイザックは胸をなで下ろした。


 ……と、安心したのも一瞬だけであった。ディアスは紙に書いた文字を読み上げるような、感情の薄い声で言った。


「所詮、仕事の本質は時間とプライドの切り売りだ」


 ……やはり、この男は付き合いづらいなとつくづく思うアイザックであった。


 ひとが聞けば眉をひそめるであろう徹底した厭世観えんせいかん。最初から他人に何も期待していないからこそ怒りもしない、そうした態度だ。言葉の裏を返せばこの仕事は時間の無駄だし不愉快だと言っているようなものである。いっそ愚痴のひとつでも言ってくれた方が救われたかもしれない。


「あー……、カーディル、レーダーのほうはどうだ?」


 アイザックの戦闘バイクにも簡易レーダーくらいは載っているが、より正確な大出力ものとなると戦車に頼った方が確実だ。戦車と一体化していることがなにか関係あるのか、21号とカーディルの感度は一般的なものよりずっと信頼性が高い。


 なかば話題を変えるためにそう聞くと、


「あの様子だと会長さん、中型にも喧嘩売りそうだからねぇ」


 明るく、それでいてどこか無責任にも聞こえる笑いが聞こえた。手伝いはするが、責任者はアイザックだというスタンスは一貫して変わらぬようだ。親身になって相談に乗ってもらえることまで期待していたわけではないが、どこかで『他人』というラインを引かれてしまっているようで一抹の寂寥感せきりょうかんがないではない。


「大丈夫よ。状況、至って平和。アイザック先生のルート選びに間違いはないってね。……あ」


 突如、おかしな声をあげて黙り込んでしまった。


「おい、『あ』ってなんだよ……」


 これ以上の面倒事はやめてくれ、そんな祈りにも似た気分で聞くがカーディルは答えず、しばらくはかすかな息づかいが聞こえるのみであった。

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