第121話
ルールーたちがサインを書くの書かないのと騒いでいた頃、ノーマンとディアスは少し離れた戦車の前で並んで立っていた。無言である。
(き、気まずい……)
ノーマンはほとほと困り果てていた。
隣の男と会話が続かないどころか、会話が成り立たない。そもそもこいつは雑談というものができるのだろうか?
カーディルは別格としても、ディアスと普通に接しているマルコ博士やアイザックの気が知れない。
かといって、いまさらルールーたちの輪に入れてもらって楽しくおしゃべりという流れでもあるまい。
(もう、俺ひとりで帰っちゃおうかな……)
そう思いかけたとき、ディアスがぼそりと呟いた。
「このガトリングガンだが……」
視線は相変わらずガトリングガンに向けられたままであり、その言葉が独り言ではなくノーマンに向けられたものだと気付くまでに数秒の時を要した。
「お、おぅ」
「前回の大型ミュータントをこれで倒したわけじゃないんだ」
「……え?」
まるで、今日はいい天気ですねと言うのと同じ口調で、とんでもないことをさらりと言ってのけた。
ノーマンにせよ、他のハンターたちにせよ、これが大型ミュータントに有効であると信じたからこそ無理をして購入したのだ。しかもノーマンは中型を倒してこつこつと貯めた分に加え、父であるロベルトに頭を下げて少なからぬ金を借りて、戦車への取り付けもコネをフル活用して最優先でやってもらった。
それを今さら、こいつで倒したのではないと言われても戸惑うばかりである。
「なんで今になってそんなこと言うかな……」
「荒野で大型に遭遇してから言われるよりはいいだろう?」
とっさにうまい返しが思いつかなかった。ディアスの言うことはいつもそうだ。正論ではあるが『そうなんだけどさぁ……』と言いたくもなる。
ノーマンは眉間にしわを寄せてディアスの顔を眺めていた。相変わらずの無表情で、何を考えているのかわからない。
自分がこんなにもショックを受けているというのに、何でもないようなツラをしやがってと腹立たしくもなったが、その感情はなんとか抑え込んだ。
よくよく考えれば、ディアスがノーマンにアドバイスをしてやらねばならない義務など無いのだ。その言い方はともかくとして純粋な好意といっていいだろう。認めたくはなかったが。
聞きたくはないが、聞かねば後悔するだろう。殺虫剤を撒いた後、ゴキブリの死体を確認するような気持ちでノーマンは話を促した。
「大型ミュータントの頭をミンチにする映像が連日流されているじゃねえか。まさかあれが合成ってわけじゃないだろう?」
ここで初めて、ディアスはノーマンに視線を向けた。光の届かぬ深海を連想させる暗い瞳だ。あのミュータントに対して何か思う所でもあるのかとノーマンは考えたが、ディアスたちの因縁を彼が知る由も無い。
「ガトリングガンで止めを刺したのは確かだ。だが、奴を戦闘不能にして勝負を決めたのは主砲だった。思い返せば、ガトリングガンは
「えぇ……」
「俺もまだ大型とは二体しか戦っていないが、両者に共通することは接近戦なんぞやりたくはないということだな。
ディアスはあごを撫でて、当時のことを思い出しながら語り続けた。事実を淡々と語り続けるその姿には、ぞっとするような凄味があった。
ノーマンはいつしかその語り口に引き込まれていた。格納庫の喧騒がどこか遠いもののように思え、ここにふたりだけしかいないような
「主砲の有効射程は、その性能にもよるだろうが大体3キロメートルから4キロメートルといったところだろう。対して、ガトリングガンは500メートルを過ぎればただの石つぶてになると考えた方がいい」
「それじゃあ、この装備は役に立たないってことか?」
不安げに尋ねるノーマンに対し、ディアスは薄く、本当に薄く微笑んでみせた。安心させるためなのだろうが、やはりじっくり見ないと表情の違いがわからない。
「いや、実績という面で怪しくなっただけで、これ自体は本当に良い武装だと思う。大型よりも中型を狩るのに便利、といったところだな」
「中型に、なぁ」
広範囲、高火力で中距離を制圧する武器。大型ミュータントの存在が確認されたとはいえ、戦車による狩りのメインはあくまで中型だ。狩りの安定性が大幅に向上することは間違いなさそうだ。
中型にな、とノーマンはもう一度口の中で呟く。
「それと、これは個人的な意見というか、ただの感想なんだが……」
まだ何かあるのか、とやや警戒しながらノーマンはディアスの顔を覗き込む。
「適当に撃っても当たってしまう、という点が問題だな」
「それのどこが問題なんだ?」
珍しくディアスが言い
「なんというか、冷静にならなくても使えてしまう強力な武器というのは、危険だな。暴力的な
狙いを付けるという行為は良くも悪くも冷静さが求められる。敵が眼前に迫っていようが、味方がやられようが、戦車乗りは常に心の片隅に冷めたものを持っていなければならない。
そうしたものを忘れた先にあるものは視野の
「……変な話をして悪かったな」
「わかるとまでは言わないが、わからんでもない。えぇと、つまり、こういうことだろう?」
ノーマンもまた、
「ガトリングガンを適当にブッ放ちまくって『ヒャッハー俺たち最強だぜぇ!』なんて調子こいていたら周囲の警戒が
最後は少し自信が揺らいだノーマンであった。ひょっとすると自分はとんでもなく的外れで馬鹿なことを言ってしまったのではないか。軽蔑の色が浮かんではいないかと恐る恐るディアスの顔を眺める。
10秒、20秒と無言であった。やがてディアスは『ああ』と呟くと、
「そんな感じだな」
「そんな感じかぁ……」
合っていたようで、表情に出さないように心の中で安堵した。
ガトリングガンの、暴力への誘惑という危険性はわかったが、次に新たな疑問が沸き起こった。
「お前が高揚感に引っ張られるとか、あるのか?」
するとディアスは少し困ったような顔をして、
「あるとも、ありすぎて困る。前回の大型ミュータント討伐の時も個人的な事情やらなにやらあって、少し感情的になってしまってな。抑え込むのにずいぶんと苦心したものだ」
個人的な事情が何か気にはなったが、それを尋ねるのは控えることにした。他人の過去を無理にほじくらない、それがハンターの流儀だ。
話すべきことは話し終わったとばかりに、ふたりはそれきり黙り込んで、また戦車を眺めていた。
ほんの短い会話であったが、ノーマンは満足していた。有意義な話が聞けた。ディアスがこんな話をしてくれたのは自分を仲間と認めたからだろうか。
そしてこの男が戦車サイボーグなどではなく、自分たちと同じように戦場で迷い、悩む普通の人間だということもよくわかった。これからは妙な苦手意識も薄れ普通に話せるような気がした。
(気がする……だけかもなぁ)
そこは絶対の自信が持てないノーマンであった。
今日、ここでやるべきことは終わった。ノーマンがその場から立ち去ろうかと考えていたとき、カーディルたちが手を振りながらやって来た。
「ディアス、ちょいとサインが欲しいんだけど……」
するとディアスはカーディルの黒く輝く瞳をじっと見つめてから、何かを決意したかのようにいった。
「今まで、君との関係が変化してしまうことを恐れてそうしたものを避けてきたが、君がそれを望むのであれば、次のステップに進むという意味でも俺としては
「何を言ってるのあなた」
「ん?」
カーディルの背後から銀髪の少女がひょいと現れて、上気した表情で皺だらけのメモ帳を差し出した。
「あ、あの、初めましてディアスさん! 私はノーマンと同じくトゥルー・ドロップ号の乗員で、操縦と整備を担当しております、ルールーです!」
「この
「それはいいのだが……」
ディアスはメモ帳の表紙をじっと見ながら、
「俺はひょっとして、とんでもなく馬鹿なことをいったのではなかろうか」
するとカーディルは苦笑いしながら、そしてどこか楽しそうにいった。
「あなたがそういうふうに考えているってことだけは、覚えておくわ」
「むぅ……」
この話題を避けるように、ディアスはメモ帳をペラペラとめくり始めた。他のハンターの名に詳しくないディアスでもどこかで見たような気がする名前がいくつも並んでいる。
(ここまで集めるには相当な苦労があっただろうな。メモ帳に年季が入っているのもうなずける。それとも、ハンターは自己顕示欲の強い奴が多いからサインを求めれば誰もがすんなりと引き受けるのだろうか……?)
途中、仲間の四肢を切り落として奴隷扱いしていたクソ野郎の名前を見つけてびりびりに引き裂いてやりたくなったが、ルールーの苦労を想いそれはなんとか自重した。
「あ、ディアスさん、ちょっといいですか?」
ルールーがメモ帳をひょいと取り上げると、あるページを開いてまた差し出した。
「ここ、ここにお願いします」
そのページには既にカーディルの名を崩した、洒落たサインが書き込まれていた。ディアスの名もそこに入れて、セットにしようということか。
悪い気はしない。ディアスはペンを走らせて、メモ帳をルールーに手渡した。
そこには固く、そして真っすぐにディアスの名が書き込まれていた。こうしたサインというものはある程度崩して書くものだが、ディアスのそれは役所に提出でもするのかと思えるほど丁寧で馬鹿正直な書き方であった。普通に、名前である。
「わぁ……」
ルールーはそれを見て、つまらない奴だ、とは思わなかった。むしろカーディルの洒落た性格と、ディアスの
(この
このサイン帳はルールーにとって、ただの名簿ではない。そこに感情や性格、人間関係を感じ取れたとき、たまらなく面白くなる。
それこそが彼女の趣味であった。
(そういえばアイザックさんも妙なところに名前を入れていたけど、あれは何かな、何かなぁ……?)
薄笑いを浮かべてページをめくるルールー。メモ帳の世界から意識を戻して顔を上げたとき、皆帰って周囲に誰もいなかった。
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