第120話

「本当にいいタイミングで声をかけてくれたぜ……ッ」


 整備工場内。改造を終えたばかりの戦車の前でノーマンは得意げにぐっと胸を反らしてみせた。主砲の横に、ディアスたちが前回の大型ミュータント狩りで使ったものと同じ巨大ガトリングガンが取り付けられている。


 今、このガトリングガンは丸子製作所で注文殺到のヒット商品であり、これを求めるのはノーマンに限った話ではない。


 丸子製作所ではディアスたちが撮った大型ミュータントの顔面を粉砕する映像と、別撮りでガトリングガンを放つ戦車の映像、ついでに水着のお色気美女を組み合わせたCMをハンターオフィスや市場などで連日流しており、これが大きな反響を呼んだ。


 大型ミュータントを狩れば名誉と金が手に入る。そして、大型を倒した実績のある武器が売っている。ならば求めぬ道理はない。


 ハンター業界は大いに盛り上がっていた。


「こいつのお披露目がまさか会長サマの護衛とはな。ふ、ふふ……」


 ハンター協会の会長と顔見知りになり、いざとなれば実父であるロベルトとの仲介役にもなれる。そうなれば自分の存在感も大きく増すことだろう。脳内で明るい未来図を描くノーマンの様子を、アイザックは目を細めて眺めていた。


 本当に、最初に出会ったころとは印象ががらりと変わったものだ。親に買ってもらった戦車で一流のハンター気取りのいけ好かない、貧弱な坊やであったのが、今では落ち着きが出て、地に足が付いたハンターといったところだ。体は相変わらず細いが、細いなりに引き締まっている。


 アイザックと共に遺跡の探索をして、己の力で中型ミュータントを倒したことが彼の意識を改革した。アイザックと別れた後も中型ミュータントを何体も狩ったようで、大きな自信と、油断してはならないという自制心を内包した一人前のハンターの面構えをしている。


 今回のような大きな仕事の前では少々浮かれてしまうところがあるが、それも個性として許容範囲内だ。決して、はたから見ていて不安になるほどではない。


 この青年を見るとき、アイザックの眼は厳しい父のようであり、優しい兄のようにもなる。それは当人も自覚しており、戸惑ってもいた。酒場で若手のハンターたちにアドバイスなどをしていることもそうだが、すっかり若者らを見守るポジションに落ち着いてしまった。


(悪いってわけじゃねぇが、何でこうなっちまったかねぇ……?)


 一度死にかけて、ディアスたちと出会う前はそんなことはなかったと思う。ベテランのハンターらしく、他人の生き死にに興味は無かったし、情報をタダでくれてやるなど考えもしなかった。


 命からがら生き延びてから価値観が少し変わったようだ。人はいつか死ぬ。生きているうちに何かを残したい、次世代の者たちに何かを託したい、そう思うようになってきた。


 もっとも、町にいるときに気前よく情報を与えはするが、決してチームを組んで身近で守ってやろうなどまでは考えなかった。ハンターとしてのスタイルを崩すつもりはない。


「それで、会長さんをこの戦車に乗せるとして、乗るスペースある?」


 カーディルが小首をかしげながらいった。一方、ディアスは会話に参加せず、ノーマンの戦車に取り付けられたガトリングガンをじっと注視している。


「こいつは3人乗りだが、当日は1人下ろすよ。会長は自分でミュータントを撃ってみたいって話だろ? 丁度そいつも砲手だから、代わりにそこに座ってもらえばいいんじゃあないかな」


「揉めたりしねぇの、それ?」


 アイザックが心配そうにいった。『誇り高い』と書いて『めんどうくさい』と読む。ハンターとは凡そ、そうしたものだ。大事な客を乗せるから今回お前は降りろ、などと言えばチームに不和を招きかねない。大事の前の小事では済まされない重要な案件だ。


 そんな心配をよそに、ノーマンは苦笑いしながら手を振ってみせた。


「いいんだ、いいんだ。あいつ、偉い人の前に出るとゲロ吐きそうなほど震え出すから。むしろ自分から外してくれって言いだすんじゃねぇかな。そんな調子で、うちの親父にだって会ったことないんだぜ。気さくでいい加減な親父だから大丈夫だっていってんのにさ」


「そうか、それならいいんだが……」


 納得したわけではないが、当人らがそれでいいなら部外者が口出しするようなことではないだろうと、アイザックは首の後ろをきながら考えていた。


 それからふと、思いついたのだが、


「もう1人の乗組員の意見はいいのか? この仕事は今日、明日ってわけじゃねぇから返事を聞くくらい待ってやってもいいが」


 するとノーマンはなぜかひどく渋い顔をしていった。


「いや、あいつには俺からいっておくから……」


 言い終わる前に、バンと上部ハッチが勢いよく開かれた。銀色のクセっ毛頭が飛び出し、ツナギを着た少女がノーマンを睨みつける。


「いいわけあるかぁ! すぐ近くにいるんだから一声かけるくらいできるでしょうがノーマンくぅん!?」


 ずかずかと大股で近寄り、ノーマンの鼻を油の付いた細い指先でむんずと掴んだ。ノーマンは反射的に顔を背けて振りほどくが、鼻の頭に機械油が移ってしまって黒ずんでいる。


「ひとが一生懸命ガトリングガンの調整をしているっていうのにねぇ! リーダー気取りで勝手に話を進めやがって。確かに私もこの話に反対はしないけど、しないけどねぇ! それでも確認をするとか皆さんに紹介するとかあるでしょうが、このスットコドッコイ!」


 少女の言い分に理があるようで、ノーマンはじりじりと後退しながらただひたすら困り顔で周囲に視線を送って助けを求めている。しかし、チームメンバーでないアイザックたちに口出しができるはずも無く、数分の間、ノーマンは少女に正論で殴られ続けた。


 話が少し落ち着いてきたタイミングを見計らってアイザックがいった。


「お前さんがノーマンのお仲間ってことでいいのかい?」


 話を中断され、不快気に振り向いた少女の眼が、アイザックを視界にとらえたとたんにカッと見開かれた。そして花が開くような明るい笑顔を向けて見せる。


「はい! わたくし、このトゥルー・ドロップ号の操縦及び整備を担当しております、ルールーと申しますッ!」


 かかとを揃え、背筋を伸ばしてハキハキとしゃべる。放っておけば敬礼でもしかねない勢いだ。


 その様子を見てアイザックは納得した。ノーマンがこのルールーと名乗る少女を表に出したくなかったのは、話がややこしくなるからだろう、と。


 どこまでも快活かいかつな少女に、アイザックは好意を持った。彼がきのいい若者を見るとほっこりとした明るい気分になるのは、ノーマンに対してのみというわけではないようだ。


「ご丁寧にどうも。俺は――……」


「はい、ご高名はかねがねうかがっております! 『鉄碗てつわん』のアイザックさんですね?」


「お、おう……」


 まさか二つ名付きで名を呼ばれるとは思わず、気恥ずかしいような気分であった。俺はそこまで有名だっただろうか、と。悪い気はしない。


 ルールーは感激したように手を差し出しかけて、慌てて引っ込めた。ハンターにとって動きを制限する握手という行為はタブーであると思い出したのだろう。


 くるくると回るようなその可愛らしい仕草に、アイザックはくすりと笑って、その二つ名の出どころとなった右の義手を差し出した。


「アイザックだ。よろしくな、ルールー」


「はいぃッ!」


 差し出した手は、ルールーの両手でがっちりと掴まれた。よほど感激しているようだ。ツナギの胸元に手を差し入れ、内ポケットからしわくちゃのメモ帳とペンを取り出してアイザックの眼前に突き出した。


「恐縮ですが、その、サインをいただけませんかッ!?」


「サ、イン……?」


「はい! 私、有名なハンターのサインを集めるのが趣味なんです!」


 当然のことながら、金貸し以外からそんなものをねだられるのは人生初の経験である。


(まぁ、ハンターに金を貸したがる奴なんかいるわけがないから、その時はなんだかんだでうやむやになったわけだが……)


 勢いに流されるように、アイザックはメモ帳を受け取りパラパラとめくった。そこには様々なサインがびっしりと書き込まれ、白紙のページを探すのが難しいくらいだ。ハンターのサインを集めるのが趣味だというのは事実であり、相当に気合が入っているようだ。


 サインの中に『ダドリー』『ジーン』などの名を見つけて、アイザックは眉をひそめた。救えなかった、目の前で破滅はめつへと転がり落ちるのをただ見ているしかできなかった者たちの名だ。


 もう、彼らのことを覚えている者はほとんどいないだろう。この薄汚い、ちっぽけなメモ帳が彼らの墓標ぼひょうだ。


 アイザックはしばし目をつぶり、やがて意を決したようにそのページの隙間すきまに小さく名前を書いた。いずれ、俺も逝く。


「あ、すみません。新しいページ、見当たりませんでしたか……?」


 ルールーが申し訳なさそうにいうと、アイザックは慌てて手を振って、


「いや、そうじゃないんだ。なんといえばいいか……ここでいいんだ」


 他に言いようがない。言葉に詰まるアイザック。そんな彼を不思議そうに見るルールー。会話が続かぬおかしな雰囲気に、カーディルが口を挟んだ。


「若いコにサインをねだられて戸惑っているのよね、オジサマ」


「そんなわけがあるか!」


 はて、アイザックと親しげに話しているこの黒髪の美女は、誰であろうかとルールーが首を捻っていると、その視線に気づいたカーディルが優雅に、豊かな胸元に手を当てていった。


「初めまして、ルールー。私はカーディル。向こうに見える黒い戦車、21号の操縦手というかエンジンというか……ま、どっちでもいいわ」


 事情を知らぬ者が聞けばまったく意味不明な物言いだが、ルールーはその意味を誤解しなかった。じっとカーディルの手を見る、足を見る。噂どおり、間違いなく義肢だ。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!」


 アイザックの時と比べて一段と激しい感激の声をあげて、ルールーはカーディルの手を取った。、カーディルも大袈裟だなと感じつつ、それを拒まなかった。


「ええと、その、初めまして! ああ待って、すごい、しんどい! 濡れそう!トップハンターの『女王機兵』カーディルさんにお会いできるなんて!」


「そういえば、そんな風に呼ばれることもあるわねぇ……」


「あの、その、カーディルさんって……」


「うん?」


「実在したんですね!」


 キラキラと光る眼で真っすぐに見据えるルールーであった。


(確かに私、丸子製作所の敷地内から出ないからなぁ。他のハンターたちからすれば珍獣扱いなんだなぁ……)


 酷い言われようだが、カーディルは困惑しながらも頭の片隅で納得しないでもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る