第119話

 翌日。丸子製作所社員食堂にて並んで座るディアスとカーディルを見つけると、アイザックは早速、説得に取りかかった。


 会長にハンターの実情を知ってもらうことのメリット。個人的にもコネができるということ。もしも失敗して会長の身に何かあったらいかに不味いことになるか、等々。アイザック自身、驚くくらい滑らかに言葉が出てきた。意外に演説などの才能があるのかもしれない。


 しかし、ディアスは相変わらず聞いているのかいないのかわからないような顔をしている。


 こいつ、寝ているのではなかろうか。そう疑問に思ったところで、ディアスはぼそりと呟いた。


「わかった、引き受けよう」


「んん?」


 あまりにもあっさりと了解が得られたので、本当に内容を理解しているのかと不安になってしまうくらいであった。


(本当にいいのか? お偉いさんのお守りなんて面倒なだけだぞ?)


 ……などと言ってしまいそうになったが、さすがにこれは思い止まった。


 困惑するアイザックに対し、ディアスはやはり無表情のまま、


「困っているのだろう?」


 と、それだけ言った。


 どういう意味だろうか。言葉が短すぎてよくわからない。


 ふと隣を見ると、カーディルがにやにやと笑っていた。


 本当に、一体、なんだというのか。しばし考えてから、アイザックは理解し『ああ』と呟いた。


 つまりディアスは、ハンター協会の会長になど興味はないが、戦友が困っているならば手を貸すのもやぶさかではないと、そう言っているのだろう。


 カーディルのにやけヅラも『ほら、ディアスはいい男でしょう?』という得意気な顔であったとすれば、全て納得できる。


 思いがけぬ友情を示され、目頭がジンと熱くなる。それと同時に頭の片隅で、


(こいつら面倒くせぇな……)


 と、思わぬでもなかった。


 なにはともあれ、最強の戦力を確保できて一安心といったところである。早速、細かい計画を詰めていこうというところで、カーディルがそっと手を挙げた。


「リーダー、ふたつばかし疑問があるんだけと、いいかな?」


 リーダーって俺のことかよ、とアイザックは少々迷惑に感じたが、では他に誰がいるかといえば自分しかいないので不承不承ながら黙って頷くしかなかった。


「疑問がふたつもあるのか……」


「30個くらいあるのを遠慮してふたつにまとめたのよ」


 芸術的ともいえる義手の人差し指をピンと立ててカーディルはいった。


「まずひとつ。会長さんはハンター体験がしたいっていうけど、護衛付きで荒野に出るっていう時点でそれはハンターの仕事にはほど遠いでしょ。むしろそんな甘やかしプレイを体験したくらいでハンターのことをわかったようなツラされたら、まぁ、ちょっとムカつくかなって」


 この場にいる3人とも、とても順風満帆にハンターとしての道を歩んできたわけではない。アイザックとしても、心情としてはカーディルの意見に大きく頷きたいところではあった。


「まさか会長にライフルと日除けマントを渡して徒歩で行け、ひとりで小型でも倒してこい、ってわけにもいかないだろ」


「あら、面白そう」


「そうだな、面白そうだ。俺も是非ともやりてぇよ。関係者でさえなければな!」


 激情のままにテーブルを叩こうと手を浮かせたが、ディアスの鋭い視線にとがめられてそれは思いとどまった。


 巨大な鋼鉄の義肢で食堂のテーブルを叩けば、真っ二つに割れてしまう。実際に一度やってしまったことがある。こんなくだらないことでハンターは社員食堂の利用は禁止、などとなってはたまったものではない。


 少し落ち着いて、言葉を整理してから口を開く。


「今回の一件でハンターの仕事をわかってもらおうなんて思っちゃいねえ。ある程度の空気というか、雰囲気を感じ取ってもらえればそれはそれで充分だ」


「あら、意外に目標は低いのね」


「会長を無事に遠足から帰す、それが最重要項目だ。で、あんまり聞きたくないがふたつめの疑問はなんだ?」


 アイザックが投げやりな調子で聞くと、カーディルは軽く視線を宙に浮かせて考えてから、


「会長さん、誰の車に乗せるのよ?」


「んん……?」


 徒歩で行かせるわけにはいかない、そう言ったのはアイザック自身である。そしてこの面子で用意できるのは戦車1両、バイク1台のみ。


「断る」


 アイザックが口を半ば開き、まだ言葉も発していないタイミングで、ディアスが有無を言わさぬ口調でいった。


(まぁ、そうだろうとは思っていたが……)


 彼らはふたりの空間に他人を入れることを極端に嫌う。何故、などど聞くのは時間の無駄だ。こうしたときのディアスはひどく頑固であり、無理強いすれば『それならこの件から手を引く』と言い出しかねない。


 それではバイクの後部、荷台を座席に改造して乗せるしかないのだが、やはりこれも無理がある。


 会長に振動の激しいバイクに乗れ、アイザックにしがみつき片手で銃を持ってミュータントを撃て、などと言わねばならないのか。100メートル全力疾走ができるかどうかも怪しい中年男に。


 駄目、無理、無謀。そんな単語がアイザックの頭を埋め尽くした。


「要するにアレだな。車持っている奴を他にも誘えと、そういうことか」


「護衛という任務の性質からも、戦車があと1両か2両あってもいいだろう」


 と、ディアスが静かに頷きながらいった。


 アイザックはまた、どうしたものかと考え込む。


(こいつらが素直に乗せてくれりゃあ済む話なんだがなぁ……)


 癖のようなものか、鋼鉄の指がテーブルを抉る勢いでトントンと叩く。


(いや、護衛としての最大戦力として期待している車両に足手まといのど素人を乗せるのも本末転倒って気がしないでもないし。あと、カーディルの運転って外から見ても荒っぽいんだよなぁ。自分の手足同様に扱えるなら遠慮する必要はないんだろうが、素人が乗せられたら間違いなくゲロ吐き衰弱コースだぞ)


 荒野のど真ん中で体調不良というのは笑い事では済まない。誇張なしで命に関わる案件だ。車酔いからの嘔吐、衰弱死など誰も幸せになれない。


「でも、誰でもいいってわけじゃないわよね。それなりに信用できる奴じゃあないとさ」


 カーディルが黒髪を指に巻き付けながらいった。あまり真面目に議論をしようという姿勢ではないようだが、その内容は無視できない。


「会長さんだって敵がいないわけでなし、変なの引っ張り込んだ挙げ句に殺されちゃったり、さらわれちゃったりすると困るのよね」


 洗剤が切れたら困る、くらいの気楽さであった。実際、カーディルにとっていくら偉かろうが見ず知らずの他人の命などその程度の価値しか感じていないのだろうが、責任者であるアイザックにしてみればたまったものではない。


「暗殺なんてのは言い過ぎにしても、会長さんにいいところ見せようとして勝手に突っ走る奴とか、いそうじゃない?」


 この場の3人はどこか名誉欲の枯れたようなところがあるが、欲望と向上心剥き出しのハンターならばあり得る話だ。何に使えるかは別として、ハンター協会の会長と個人的な繋がりを持つことに魅力を感じる者は少なくないだろう。


 基本的に他人に親切であるが、荒野で背中を預けるとなればアイザックの人物評は冷酷とすらいえる。酒場で出会ったいくつもの顔を思い浮かべては、無能の烙印を捺して弾いていった。該当者、ナシ。


 むぅ、と唸って天井を見上げるアイザックに、ディアスが声をかけた。


「条件を整理しよう」


 この男はとにかく結論を出すことを優先する。普段の会話ではせっかちにも、言葉が少なすぎるようにも感じるが、こうして行き詰まったときはありがたいものだ。アイザックに異論はない。頷いて話をうながした。


「まず戦闘用車両を持っていること。身元がハッキリとしていること、できれば俺たちの顔見知りである方が望ましい。会長に名と顔を覚えてもらうことにメリットを感じる程度の功名心と、名を売るよりも任務を優先する冷静さを持っていること。腕のほうはそこそこでいい。護衛は俺たちの役目だ。いざとなれば会長を連れて逃げること、そいつに期待するのはそれだけだからな」


 要人の護衛である。妥協は取り返しのつかない後悔に繋がるとわかってはいるが、このように条件をずらずらと並べられると、


「いるわけねぇだろ……」


 肩を落とすアイザックであった。


「なんだわからんのか、薄情な奴だな」


「え?」


 ほんのわずかな変化なので分かりづらいが、薄く笑うディアスの表情は責めているというより、どこか面白がっているようにも見える。


 それにしても気になるのはその内容だ。ディアスには心当たりがあり、しかもそれはアイザックもよく知る相手ということだろうか。


 やはり、思いつかない。


 頭に疑問符をたっぷり並べるアイザックに対し、ディアスはコーヒーカップを目線の高さにまで上げていった。


「あんたの、相棒だよ」

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