第118話
「お断りだねぇ」
丸子製作所、社員食堂にて。マルコはいつも通りの間延びした口調で、いつもと違う冷たい声で言い放った。
先日、アイザックが酒場にてハンター協会の会長スティーブンに護衛の依頼を持ちかけられた。まだ仮の話で正式な依頼というわけではないが、受け入れ体制は整えておこうと協力を求めたところ、にべもなく断られたというわけである。
この展開はアイザックにとって非常にまずく、意外でもあった。交渉が難航することはあっても、ここまでとりつく島がないとは思ってもみなかったのだ。
「おいおい、待ってくれ博士。確かに急な話ではあるけどさ、ハンター協会にコネを作っておくことは悪いこっちゃねぇだろう?」
「コネ? いらないよ」
そう答えるマルコの目は、どこまでも冷たい。数多くのミュータントと命がけで戦ってきたアイザックが気圧されるほどの圧力があった。
普段はのんびりとした変人研究者といった印象のマルコであるが、たまにゾッとするほど暗い雰囲気を
以前に戦友であるディアスからも、
『あのひとは、怖いぞ』
と、忠告を受けたことがあるが当時はいまいち理解できなかったものだ。今ならばわかる。この男は得体のしれないところがあると。
だがアイザックとしてもここで、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。議会員を荒野で護衛など、一介のハンターには荷が重すぎる話だ。
ハンター協会とコネクションを築けるというのはアイザックのおためごかしなどではなく、確かに丸子製作所にもメリットはあるはずだ。特に、遺跡への第二次遠征を控えた今ではこの上ない協力者となってくれるだろう。
何故そうまで毛嫌いするのかと聞いたところ、マルコはひどく意外そうな顔をした。馬鹿を見る目、といってもいい。
「本気で言っているのか? 君だって当事者だろう」
「え?」
自分がハンター協会に不信感を抱かねばならないような事件か何かがあっただろうか。
清廉潔白な組織だなどとは1ミリたりとも信じていないし、細々とした不満は常にあるが、先日スティーブンに語ったように街の防衛がハンター協会によって成り立っているのもまた事実だ。
回答不可能とみたか、マルコはなげやりな口調でいった。
「人馬だよ。正確にいえばそれにまつわる一連の出来事だな」
アイザックは『ああ……』と唸る。
以前、中型ミュータントが街の中へ入り込むという事件があった。事態を重くみたマルコが討伐を訴えたものの、被害にあっているのが街の最端である貧民窟のみであったことから議会の誰もが楽観視して動こうとはしなかった。
仕方なく、マルコは身銭を切ってディアスたちに討伐を依頼したのだ。アイザックはその時に命を救われ、丸子製作所に出入りするようになったメンバーである。
マルコはその結果に満足すると共に、ハンター協会に対する不信感が強まった。
本来ならばハンター協会が率先して行うべきことではないのか。これでは警察官が強盗をみて、誰かが捕まえるだろうと素通りするようなものだ。
その後、マルコは議会員たちはミュータントに対する危機感と想像力が欠如していると考え、中型ミュータント討伐の記録映像を撮り議会に提出したところ、何人かが興味を示してくれた。特に議会の実力者でもあるロベルト商会の総帥は自ら荒野に乗り出すほどであり、今ではマルコと悪友と呼べる関係になっている。
様々なトラブルに見舞われたものの、ロベルト商会との提携によって丸子製作所は大きな利益と後ろ楯を得た。しかし、それとハンター協会に対する不信感とは別問題である。
儲かったからまぁいいや。それで済むような話ではない。
そのドキュメンタリー撮影のために散々苦労したのはアイザックもよく知っているはずだ。巨大ガエルに食われそうになったり、数万匹単位の肉食蝿に追い回されたのをもう忘れたのかと、マルコは暗い光を宿す眼で見上げている。
マルコがスティーブンを嫌う、軽蔑する理由はわかった。だがアイザックにも意地がある。こうまでハッキリと拒絶されると、むしろ何がなんでも成功させてやろうという気になってきた。
スティーブンが全面的に信頼できるような男ではないとはいえ、ハンター協会と繋がりを持つこと自体はやはり、間違いではないはずだ。
「わかった、もう頼まねえ。こっちで勝手にやらせてもらうぜ。ディアスたちを借りていくぞ。無論、奴らが了承すればの話だが」
立ちあがりながらいうと、マルコは薄く笑って、
「君を担ぎ上げてディアスくんたちを
「む……」
しばし考える。すぐに思い直して、胸を張り自信を持って答えた。
「
やれやれ、といったふうにマルコが肩をすくめて見せる。気のせいだろうか、張りつめていた空気が少しだけ柔らかくなったように思えた。
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