第117話

(面倒なのに絡まれた……)


 ハンターオフィス兼、酒場にて。鉄腕のハンターアイザックは困り果てていた。


 彼はよく酒場に出入りし、他のハンターたちの相談に乗ってやっていた。


 例えばそれはミュータントの情報、弱点や攻略法などであり、装備や編成からどこでどんなミュータントを狩って稼ぐべきかというアドバイスなど多岐に渡る。


 そして今日もアイザックと相席を望む者に快く応じてやったのだがーー。


「人望が、人望が欲しいんだ……ッ!」


 運ばれてきた酒に口もつけていないのに、その男は真っ赤な顔で震えていった。


 どこをどう見ても、ハンターには見えない。歳は40そこそこといったところか、仕立てのよいスーツに身を包んだ上品な紳士だ。


(少なくとも戦場で背中を預けたい奴ではないな。いや、ハンターでない人間にそうした評価の仕方をするのはフェアじゃないか。……いやいや、でも俺はマルコ博士や整備班長ベンジャミンに対しては見下すような気持ちはまったくなく、むしろ骨のあるやつだと思っているからやっぱりこいつが人として信用できないだけなのか……?)


 とにかく、判断に困る。


 何故そんな奴がハンターオフィスにいるのか、あんたは一体何者なのかとアイザックが聞くと、彼は『私はハンター協会の会長だ!』と、唾を飛ばしながら答えた。


(こいつ、狂っているのか……?)


 しかし、それだけでは金のかかっていそうな服装の説明がつかない。さらに外には機関銃を備えた黒塗りの高級車が停まっている。街のなかで武装車両を乗り回すのは重大な禁止事項であり、それが許されるのは議会員のみだ。


 アイザックはトイレにいくフリをして立ちあがり、途中で顔見知りの若いバーテンに事情を説明した。すると、ハンターオフィスの職員でもある彼は慣れた手つきでちょいちょいと端末を操作した。


「残念ながら……」


 彼は、ディスプレイと店の奥を背伸びするように交互にみながらいった。


「マジみたいっス。金持ちのそっくりさんでもない限り、会長のスティーブン氏っスよ」


 バーテンの顔には、『面倒ごとに巻き込まれましたね、御愁傷様ごしゅうしょうさま』とハッキリ書いてあった。


 ああ、と呟いてアイザックは天を仰ぎ見るがそこに救いの神などおらず、煙草と大麻の煙が染み込んだ薄汚い天井があるだけだった。


「裏の通用口、使わせてくれないか?」


「すいません、自分の立場はハンター協会寄りっスから。会長さんの不利益になるこたぁできねっス」


「そうか。そうだよなぁ……」


 アイザックは親切な青年よりは多少自由な立場ではあるが、それでもハンター協会の会長を置き去りにして逃げるというのは、後々のちのち楽しい未来が待っているとは思えない。


 良くも、悪くも目をつけられない。それが理想的な展開だった。今となってはもう遅いが。


「無理いって悪かったな」


 青年の肩をポンと叩いて行きたくもない便所へ向かう。ションベンがちょろり。まあそうだろうなと苦笑しつつ、面倒の待つテーブルへと戻った。


「どうも、お待たせしました」


「ふん、遅かったな」


「ご覧の通りの図体なもので、出るものもデカイんですよ」


 そういって笑ってみせるが、スティーブンは感情のない濁った目で見るばかりであった。


(やりづらい……)


 ゴホンとわざとらしい咳払いをひとつ。ウケなかったジョークはなかったことにして、本題に入る。


「それで、そのぅ、会長さん?一体俺に何のご用で?」


 お偉いさんがやってきて、わざわざ話しかけてきた。だが何がしたいのかさっぱりわからない。これほど不気味なことはない。


 これ以上ないくらいわかりやすくいったつもりだが、スティーブンは何のことだかわからないといった顔で首を捻っている。


 やがて安酒を一気にあおると、


「ひ……ひぃん……」


 泣き出した。


 酔っているから赤いのか、泣いているから赤いのか、とにかくスティーブンの顔は赤くてくしゃくしゃで、わけのわからないことになっていた。


 もう勘弁してくれ。それがアイザックの率直な感想であった。神経接続に問題は無いはずなのに、右腕の義肢がやけに重く感じる。


「私は普段から頑張っているよなぁ、アイザック!?」


 そんなことを言われても、ハンター協会会長の業務内容など知らないし、会長の顔と名を知ったのもついさっきのことだ。


(俺に、どうしろというのだ……?)


 ここで知らない、知ったことではないと突き放すのは薄情であるし、かといって下手にわかるといってしまって、


『お前に何がわかるんだ!?』


 などと言われてしまえば答えようがない。酔っぱらいに常識など通用しないのだ。特に、地位と権力のある酔っぱらいには。


 顔と頭も動かさず、脳だけはエラーを吐きそうなほど高速で処理を続けた。


 そして数秒で導きだした返答が、


「俺の知る限り、ミュータント討伐とかハンターの業務は滞りなく行われているわけで、それは当たり前のようでありハンター協会の皆さまのおかげですかねぇ」


 スティーブンは満足したような、それでいてどこか小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、ふんと鼻息を吹いた。内ポケットから真っ白いシルクのハンカチを取り出し顔をぬぐうと、そこには権力者らしい余裕と傲慢の混ざった表情が現れた。


 この世界において、白は権力者の証である。水と洗剤を豊富に使える証明であるからだ。わざわざ見せつけるように出したのはアイザックに身分の差を教えるためだろうか。しかしアイザックはそれで委縮することも無く、


(つまらない真似をする……)


 ただ相手の卑小さ感じただけであった。




「ミスターアイザック、君にいい提案がある」


「お断りします」


「話ぐらい聞け。協会のサポートを受けてトップハンターを目指してみないか?」


 話を聞いてもやはり、お断りしますとしか言いようがない。


 アイザックはチームを組まないソロのハンターである。戦闘用バイクで狩りやすい中型ミュータントを選んで狩っている男が、変態戦車を乗り回して大型ミュータントをミンチにするような連中バケモノにどうやって勝てというのか。


 同じ土俵に上がりたいとも思わない。


 そうした意味のことをなるべく柔らかいニュアンスで伝えると、スティーブンは『そんなことはわかっている』とばかりにかぶりを振る。


 殴りたい。ショットガンを仕込んだ義手、その人差し指が忙しなくテーブルを叩く。


「アイザック、君は自身を過小評価しすぎている。ディアスたちにはない、君だけの武器があるだろう?」


「何かありましたっけねぇ……?」


「人望だよ! 多くの若手ハンターたちの相談にのり、ミュータントの情報を渡してきた君が一声かければ、すぐにこの街最大のチームが結成できるだろう!?」


 スティーブンの動きが段々と芝居がかった大袈裟なものになってきた。ひとりで泣いたり笑ったりと忙しい男である。


 ……冗談ではない。他人と組むのが嫌だからソロでやっているのだ。酒場で他人の世話を焼くのと、荒野で背中を守るのはまったくの別問題だ。


 たまにディアスたちと組むこともあるが、基本的にはお互い勝手にやろうという距離感を保っており、丸子製作所に戻って愛車を格納庫にしまい別れるときは、


『じゃあな』

『おう』


 と、これだけのあっさりとした付き合いである。


 物足りないと思うこともあるが、人間嫌い同士で長いことうまくやってこれているのも、この距離感あってこそとも思える。


 そもそも、ハンターたちの相談に乗るために使っているミュータントの情報をまとめたノート、自称アイザックノートの内容の半分以上がディアスから教えてもらったものである。


 それを使って得た人望で仲間を集めて、打倒ディアスを目指すなど、


(馬鹿馬鹿しいを通り越して、完全に馬鹿の所業だな……)


 そうとしか思えなかった。


「サポートといいますがね、具体的になにをしてくださるんで……?」


「公平性を保つために資金提供やランキング操作などはできないが、会長の信頼を得ているという噂を流せば周囲が君を見る目も違ってくるだろう!」


 スティーブンは自信満々に、胸を張っていった。


(要するに、頑張れフレーフレー以上のことは何もしてくれないわけね……)


 アイザックは呆れ果てた。話にならない、まるで会話が成り立たない。ポリバケツにでも話しかけているような気分だ。恐らくそっちのほうがまだマシだろう。


 同時に、ほんのわずかな好意を抱いた瞬間でもあった。不正をするなどと言い出せば本気でこの男をぶん殴っていたかもしれない。


「ああ、そのう、なんですか。俺には他人を率いて指揮するような能力はありません。大変光栄な話で、喜びで飛び上がって天井を貫いてしまいそうですが。ええ、その、会長の名を汚してしまうわけにもいきませんので、他の腕利きを探してください。では……」


 適当に相手を立てつつ、その場を離れようとする。だが意外に強い力で服の裾を捕まれた。


「誰も彼も、そんなにも、私のことが信用できないか……ッ!」


 虚勢というガラスの仮面はあっさりと崩れ去り、迷い子のような目で見上げるスティーブン。こうなると、強引に手を振り解くことができないのがアイザックという男であった。


「そんなにハンターが偉いか!? 私たちハンター協会が議員連中から金を集めて、ミュータントの情報を分析し、賞金を正しく支払うなどして初めて成り立つんだろう!? 違うか? 違うかよぉ……」


 賞金の支払いが常に正しく行われているかという点には疑問が残るがあえてそれは言わず、アイザックは疲れた顔に無理に優しげな笑顔を浮かべてみせた。


「そりゃあね、確かにあんたらハンター協会の皆さんがいなけりゃ俺たちはただの武装した不審人物だ。ただ、武器を担いで荒野に出たこともない奴に仲間意識があるかっていうと、ちょっとな……」


 大分怪しくなった敬語で説得する。


 紛れもない本音であり、そして、失言であった。


「そうか、私がミュータントを倒したことがないから馬鹿にされるんだな……」


 スティーブンの哀れっぽい眼に危険な光が宿る。


(あ、ヤバい……)


 アイザックが男という人生、人間という商売を35年続けたなかで何度も見てきた、ろくでもない事を思い付いた奴の眼だ。


「会長自ら危険を顧みずミュータントを討伐したとなれば周囲の見る目も変わってくるだろう。それに、会長が現場を知るというのも悪くないことだ。いいぞ、うん。これはいいぞ……ッ!」


(よくねぇよ)


 話がおかしな方向へ転がりはじめた。巻き込まれてはかなわない。スティーブンの手の力が緩んだ隙にスッと後ろに下がった。


「そうですね。護衛の皆さんを連れて、小型ミュータントなんかを適当にパンパン撃ってみるのもいいんじゃないですかね……」


 予防線をたっぷりと張ってから、浮気現場を見つかった間男のようにそそくさと立ち去ろうとしたアイザックの背に、場違いなほど明るい声がかけられた。


「まとまった時間ができたら、改めて打ち合わせをしよう!」


 既に、護衛のメンバーとしてカウントされているらしい。


 面倒事が起こりそうなときは黙って逃げるのが正解だ。子猫程度なら吹き飛びそうなほど大きなため息をつき、つくづくそう思うアイザックであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る