栄誉の贄

第116話

 荒野の街、プラエド。その中央に屹立きつりつする中央議会塔、最上階の大会議場にて今日も街の有力者たちによる定例議会が行われた。


 とはいえ、特に何か話題があったわけでもなく、ただの顔見せと季節の挨拶だけである。悪党どもが連番状の更新を行う儀式といってもいい。


 中身のない会議が終わると、各人それぞれ共犯者なかまを誘って別室で悪だくみをしたり、時間の無駄だとばかりに早足で帰ったりと様々であった。


 ハンター協会会長、スティーブンは人もまばらな大会議場に座ったまま、つまらなさそうに持ち込んだノートパソコンを眺めていた。


 代わり映えのしない内容だった。近日公開されるミュータント討伐ランキングの最新版であり、相変わらず一位はディアスたちが独占していた。


「はぁ……」


 肺の中の空気を全て絞り出すかのような、長い長いため息。


 実につまらない話だ。ハンターのランキング争いとは追いつけ追い越せで激しく戦い、切磋琢磨せっさたくまするものであって欲しい。それが、こいつらが数年ものあいだ首位に居座っているものだから、誰も彼もが冷めてしまって、真面目にトップを目指そうなどとは思わなくなってしまったのだ。


 まれに2位に落ちることもあるがそれはあくまで個人的事情によるものである。戦車の故障や体調不良、あるいは任務を優先したが故の申告漏れということもあった。とにかく実力で追い抜かれたわけではないので、すぐに何事もなく1位に返り咲いてしまう。


 棚ぼた式で1位になったが、地位を守るために無理を重ねて自滅したチームもあった。


 ミュータントの脅威から人類を守るという観点からすれば、不動の絶対王者というのは悪くない。ただ、できればそれはディアスのような男以外であって欲しい。


 それがスティーブンの立場であり本音であった。


 王者とは、誰からも憧れられる存在でなければならない。強く、華麗で、金遣いが荒い。若手のハンターたちが、自分もあんな生活をしてみたいと思うようでなければならないのだ。


 ディアスという男は、そんなスティーブンのささやかな願いからは対極に位置していた。服装は派手どころか実用性重視。丈夫で動きやすくて、通気性もよければなお結構。料理下手が作った弁当のように、見た目の印象が茶色い。


 女性関係にしても、いつも連れている相手が違うというくらいであって欲しいが、ディアスにそんなことを期待するだけ無駄である。


 用があるから話しかける、用が済んだらさっさと帰る。それだけである。女性相手に日常会話が成り立つのかどうか疑わしいレベルだ。いっそのこと、ハーレムを築いて見せびらかすような奴であったほうがありがたい。


 ディアスはハンターオフィスに来ても賞金の受け取りと軽い情報収集だけして、たまに酒のツマミ用に置いてある惣菜そうざいを買って帰るだけの男だ。ハンターの大半はディアスの顔も知らず、その存在自体が疑問視されることすらあった。


 酒場に現れたら誰もが注目し、店の皆に一杯奢って、派手に脚色された武勇伝を語り、それを若手のハンターたちが目を輝かせて聞き入る。それがスティーブンにとっての、理想の王者の姿であった。


 散々な言われようだが、ディアスにだって人並み以上の性欲も承認欲求もある。ただそれは1人の美姫に向けられたものであり、彼女に認められさえすればそれでいい。ディアスとカーディルの関係を知らぬ者からは理解が難しいところではあるが、彼らは己の欲求に素直すぎるほどに従っている。


(要するに、地味な奴に王者であって欲しくないんだよなぁ……)


 勝手な言いぐさだが、ハンターを管理する側として紛れもない本音であった。


 ディスプレイをスクロールさせ、何度も何度も見返すが結果は変わらない。あの根暗野郎が今回もトップだ。


 こうなったらランキング操作でもしてやろうかと思ったが、それは首を振ってすぐに打ち消した。命を賭けて戦うハンターたちへの侮辱ぶじょくであるし、バレた時に信用を無くす行為だ。彼は他人が気に食わないからといって、自分に卑怯な行為を許すほど恥知らずにはなれなかった。




 少し離れた所からゲラゲラと下品な笑い声が聞こえた。機嫌の悪いときに聞こえたものだから余計にかんさわる。見ると、2人の男がノートパソコンを前に盛り上がっているようだ。


(学校にエロ本持ち込んだ悪ガキかよ……)


 街の最高指導者である議会員の振る舞いとして論外。スティーブンはそう評価した。こういう立場の人間はこうするべきである、そうしたイメージを押し付ける癖が彼にはあった。


 年食った悪ガキのひとりは兵器工場の成り上がり者、丸子マルコ。


 妙な名前だが、国も国境もないこの世界で姓と名の組み合わせがおかしなことになるのはよくあることだ。


 丸眼鏡をかけていつも薄笑いを浮かべている男。趣味に生きていますと顔に書いてあるような奴であった。とても仲良くなれそうな相手ではないな、とスティーブンは思った。


 もうひとり、悪ガキの兄貴分といった雰囲気の男は老舗食品グループの総帥、ロベルトであった。


 ロベルト、とは彼の本名ではない。商会の総帥が代々受け継ぐ名だ。


 本名を聞いたところで答えてはくれないだろう。ひょっとすると本気で忘れているかもしれない。


『捨てた名前なんぞ、使用済みのコンドームみたいなもんだ』


 そんなことをいって笑われるのがオチである。そういうことを平気でいう男だ。


(あんな男が歴史と伝統あるロベルト商会の総帥とはな……)


 これで見かけ通りの道楽野郎の無能者であればスティーブンも彼を見下して多少は気が晴れるのだろうが、残念なことにというべきか、ロベルト商会の業績は良好そのもの、彼の代になって食品生産プラントの数は年々増え続けている。


 食料自給力の向上はそのまま街の安定に繋がるので、感謝こそすれ文句の言いようがない。


 変わりゆく周囲と、取り残される自分。理想と現実の剥離はくりを思い知らされて気分が悪くなってきた。


 もう帰ろう。駐車場に待たせた秘書と運転手もあくびをしているころだろう。


 ノートパソコンを畳んで鞄にしまい、腰を浮かせたところで気になる声が聞こえてきた。


「ディアスの野郎、意外に口が悪いな!」


「敵と認めればいくらでも冷酷になれる男ですが、こういう怒り方は珍しいですね、僕の知る限りでは」


 別にスティーブンに聞かせた訳ではないだろうが、人のいない大会議場はよく声が通る。


 何故ここでディアスの名が?


 そもそもあいつらは何を見ているのだ?


 吸い寄せられるように、ふらふらと近寄って声をかけた。


「あのぅ、もし……」


 2人の男は会議場に他の人間がいたことに、今初めて気がついたような顔で振り向いた。


 ロベルトは相手が誰だかわからない、そんな目でマルコにちらりと視線を送ると、マルコがささやいた。


「ハンター協会の会長さんですよ」


「ああ、ごろつきどもの親玉か」


 スティーブンの頬は引きつったものの、なんとか笑顔を崩さずに耐えきった。仕事柄、無礼な人間には慣れている。話しかけたことを少しだけ後悔しつつ、紳士としての尊厳を保ったまま話を進めた。


「どうも、お二方のご高名はかねがね……」


「ロクな噂じゃないだろうから詳しくは聞かねぇよ。それで何の用だい。金を貸せって話と、尻を貸せって話以外なら聞いてやる」


 なんて下品な奴だ。こうした人種は話していて疲れる。しかし、ここで何でもありませんと引き下がったらなんだか損のような気がする。


「いえね、とても楽しそうでしたので何をご覧になっているのかな、と」


 マルコとロベルトは顔を見合わせる。先程の表現を続けるならば、エロ本の回し読みをしていたら優等生が声をかけてきた時の心境といったところか。


 どちらからともなく軽く頷き、マルコはノートパソコンをくるりと回してディスプレイをスティーブンへと向けた。


「この前の、大型ミュータント討伐時の映像ですよ」


 戦車の視点で撮った映像なのか、今まさにダチョウ男の顔面が粉砕される場面であった。


 スティーブンの頭には興味よりも先に、不快感が一気に流れ込んで来た。


 こんな映像があるだなんて知らなかった。自分が受け取ったのは討伐後の証拠写真と、ミュータントの体の一部。そしてレポートと呼ぶにはあまりにも雑な、ミュータントの特徴について箇条書きされたメモ。それくらいである。


(私はハンター協会の長だぞ? ミュータントの情報について、私が知らないことをこいつらが知っているとはどういうことだ)


 ハンター協会に対しては最低限の義務だけ果たし、雇い主により正確な情報を渡す。それがディアスのやり方だというのか。


 気に入らない。まったくもって気に入らなかった。自分はハンターどもを束ねる権威だ。それをないがしろにするとはどういうことなのか。金勘定をしている小役人程度にしか見られていないというのか。


 丸子製作所、ロベルト商会のみならず、議会に参加する者たちから街の防衛費として多額の寄付金を預かっている身だ。ここで怒りに任せてスポンサーに怒鳴り散らすわけにもいかない。


「その、映像。詳しく見せていただけませんか……?」


 声の震えをなんとか抑えてそれだけいうが、マルコは即答せず軽く首を捻ってからいった。


「ここに入っている会話の内容が割とプライベートなものでして、当人の許可なく見せびらかすってわけにもいかないんですよ。すいませんね」


 話は終わりだ、とばかりにノートパソコンを畳んでマルコは立ち上がった。ロベルトもつまらなさそうに手をひらひらと振って出ていってしまった。


 プライベートうんぬんがどこまで本気かはわからないが、スティーブンはそれを適当にあしらわれたと感じた。


 どっと力が抜けて、1人きりになった大会議場にへなへなと座り込んだ。


「私は、ハンターたちの頭領、元締めだぞ……?」


 自分の知らない情報がある。自分に従わないハンターがいる。それで頭領などといえるのだろうか。スティーブンは独り、じっと考え込んでいた。


 見回りの警備員から、鍵をかけるから出てくださいと言われようやく気が付いた。もう、夕方だ。


 駐車場で待つ秘書と運転手は居眠りをしていた。

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