第113話 追想の刻 ~ケリン3~

 数年後。


 ケリンはハンターとして活動を続け、そして生き残っていた。


 何度も死のふちに立たされ、何度も仲間の死を看取みとってきた。


 今や彼はすっかりたくましく成長し、優柔不断な少年の面影はなかった。


 新たにできた仲間と活動しつつも、ディアスたちのことを忘れたことはない。3ヶ月ごとに酒場の壁に張り替えられるミュータント討伐ランキング。その頂点に燦然さんぜんと輝く彼の名を見る度に、我が事のように嬉しくなったものだ。


 神経接続式戦車という新たな力を得た『鉄騎士エース』ディアスと『女王機兵クイーン』カーディル。8年前に荒野で別れてから、一度も会うことはなかった。こうして生きているということを確認できる、それだけで充分だった。


 噂話を集めることがライフワークとなっており、相変わらず暇さえあれば酒場に顔を出すようにしていた。


 ディアスたちのことだけでなく、ミュータントの目撃情報やハンター業界の動向、各企業の対立や協力関係など。そうして得た情報はチームの役に立ち、命を救ったこともあった。


 充実していた。仲間たちはみんな、素直にケリンを認めてくれる。


 噂を集めるなかで、顔見知りになった男がいた。右腕が巨大な義手の大男だ。いかつい見た目に反して話好きで面倒見がよく、若手のハンターなどはよく彼に相談を持ちかけているらしい。


 聞くところ、彼は丸子製作所によく出入りしていて、ディアスとカーディルとも顔見知りだという。


 本人は『まあ、マブダチといっていいだろうな』と豪語していたが、さすがにこれは真に受けなかったし、自分の知らない所で新たな交友関係が出来上がっていることにかすかな嫉妬をしたものだ。


 ケリンはハンターにとっての飯のタネともいえる情報を惜しげもなく提供し、その対価としてディアスたちの話を聞かせてくれと頼んだ。


「日常生活とか、そんなもんが聞きたいのか。戦闘の記録とかじゃなくて?」


「それでいいんだ。なんていうか、その……ファン、なんだ」


 ケリンは目を伏せて、恥ずかしげにいった。


 話がややこしくなりそうなので、かつて仲間であったとはいわなかった。


 男は『変な奴だな』といぶかしく思っただろうが、それ以上は詮索せんさくすることもなく、ディアスとカーディルの生活を面白おかしく話してくれた。


 どスケベ、色情狂、夜のスナイパー、磁石のSとM、パートナーが関わるとIQが100下がる……などなど酷い言われようであったが、男はそうした話を親愛の情が溢れる顔で楽しそうに話しており、


(そうか、良い仲間に恵まれたのだな……)


 と、ケリンは安心したものだ。


「カーディルは確かにいい女だが、物事には限度ってもんがあるだろう。ディアスの野郎がどうしてあそこまで献身的になれるのか、それがわからない。まあ、俺だって女は好きだぞ? 自分の生活がおびやかされない限りはな」


 そういって男は真面目くさった顔で首を捻る。


 ケリンには、それがなんとなくわかるような気がした。


 犬蜘蛛の巣で手足を食われるというのはどれほどの恐怖であっただろうか。そして救助され現在に至るまで、ずっと身を寄せあい絆を育んできたのだろう。


 笑って頷くケリンを、男は『変な奴だな……』と、眉をひそめて見ていた。




 それから何度か情報交換をし、酒場で見かければ手を振って挨拶をするような間柄になると男は、


「丸子製作所じゃあ腕のいいハンターをいつでも大募集中だぞ」


 と、誘ってくれた。


 それこそケリンの待ち望んでいた言葉ではあったが、彼は即答せず寂しげに壁の張り紙へと目をやった。


 自分は今、ディアスたちに胸を張って会いに行けるほど強くなれただろうか?


 討伐ランキングに載るのは50位以内。それ以降はわざわざ備え付けの端末で調べなければわからない。


 ケリンのチームは58位。圏外であり、もう少しでもある。


「せめて、あそこに載るようになってからだなぁ……」


「あんまりランキングにこだわりすぎるとろくなことないぜ」


 ハンターに向かってランキングなんか気にするなとは、なかなかの暴論である。


 男も何か思うところがあるのか、その声は哀しみが込められており、ケリンも余計なお世話だとは言えなかった。


 しばし、黙って酒を酌み交わす。


「あんたの誘いは涙が出るほど嬉しいけどさ。これは俺の、ケジメみたいなものなんだ……」


「ケジメ、ケジメね、ふん。ハンターの活動にはクソの役にも立たないが、嫌いじゃないぜそういうの」


 男はニィっと笑った。ケリンもぎこちない笑いを返す。


「勝手なことを言うようだけど、ランキング内にかすりでもしたら、その時に改めて丸子製作所との仲介をお願いしてもいいか?」


「おう、いいぞぉ。第二次遠征の話も進んでいるようだし、人はいくらいてもいい。ランキング内のハンターを紹介したとなれば、俺も小遣こづかいもらえるしな」


 そういって、ガハハと豪快に笑ったものだ。


 あまり小銭に固執こしつするようなタイプには見えない。俺にも利益はあるから遠慮えんりょするな、そう言ってくれたのだろうと解釈した。


 第二次遠征とやらがなんのことかはわからないが、大きな仕事が控えているということだろうか。


「じゃあ、また……」


「おう、死ぬなよ」


 もっと話をしていたかったが、他のテーブルに座る若いハンターたちがチラチラと男を見て話しかけたそうにしていたので譲ることにした。


 本当に人生相談で忙しいようだ。ある意味、ディアスたちよりもトップハンターらしいことをしている。




 酒場を出て、太陽を見上げた。


 8年前は太陽が嫌いだった。餓えと渇きをもたらす元凶のように思えて仕方がなかった。


 今も昔も陽の光に違いはないのに、それは今、希望の象徴として自分の頭上を照らしているのだと思えた。


 太陽に向けて手を伸ばす。


 噂では岩壁の立ち並ぶ地点に少し大きめのミュータントが徘徊はいかいしているらしい。これを倒せばランキングも一気に上がることだろう。


 一流のハンターの称号を得て、対等の立場でディアスたちに会いに行こう。力強く天を突く腕。拳をぎゅっと握りしめて太陽をその手に掴んだ。


 強力な戦車がある。頼れる仲間がいる。どんな奴が相手だろうと負けるつもりはない。


 背筋をまっすぐに伸ばし、歩幅を大きくして前へ前へと歩き出した。




 そして、彼は二度と戻ることはなかった――……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る