第112話 追想の刻 ~ケリン2~

 街に戻ってからしばらくは情報を集めるためにハンターオフィスへ足繁あししげく通った。別れたあの2人がどうしているか気になったし、バルドーが起き上がって追いかけて来るのではないかという不安が頭の片隅にこびりついていた。


 馬鹿々々ばかばかしい妄想だが、当事者にとっては笑い事ではない。


 しばらくは狩りをせずとも生活できるだけの金は確保できたので、心身を休める目的もあり、昼間は酒場に入り浸り、飽きたら帰って寝るという暮らしを続けていた。


 いつかは狩りを再開しなければならない。だが、そのいつかとやらはいつだ。


 切っ掛けが掴めないまま、とぼしくなった金をアルコールに替えて不安を紛らわせていた。


 ある日、驚くべき噂を耳にした。どうやらディアスたちが生きているらしい。


 酒場のマスターに金を与えて詳しく聞き出したところ、手足のない女を抱えた男がふらふらと病院に転がり込み、今は入院しているようだ。


 ケリンの腹の底から様々な感情が涌き出るようであった。


 まず、生きていてくれたことが嬉しかった。


 そして誇らしかった。犬蜘蛛の巣に単身乗り込みさらわれた仲間を助け出す。なんという無理、無茶、無謀。そして素晴らしい勇気だろうか!


 そんな偉業を成し遂げたのが自分の仲間だったのだ!


 すっかり興奮していた。全身に力がみなぎり、ミュータントに立ち向かう勇気が沸いてきた。今こそ、自分も立つべき時だ。準備を整えて明日の夜明けと共に出発しよう。


 そんな決意を抱いていたが、ハンターオフィスを出たところでふと我にかえって考え込んでしまった。


 カーディルは左腕を残して手足は食いちぎられたらしい。これから先、ハンターとして生きることはできないだろう。


 2人はどうやって生きていくつもりだ。ディアスが2人分の生活費を稼いでいくのか。


 無理だな、とすぐにわかった。長いこと同じチームでやってきたのだ、お互いの懐具合はなんとなくわかるものだ。水だってまた値上がりした。


 英雄的行動によって生還した彼らは、社会とか現実というものに潰されるのか。つい先ほどまでとは一転してひどく暗い気分になってきた。


 とにかく、明日は予定通り狩りに出掛けよう。働かねば食っていけないのは自分も同じだ。しばらくはソロで小型ミュータントをちまちまと狩り、どこか良いチームがあったら入れてもらおう。


 重い足取りで帰路きろへ着く。何度も繰り返し溜め息をつくが、腹の底に溜まった重苦しい気分は吐き出すことができなかった。


(そういえば、病院の地下には肉体欠損などの訳ありの女を集めた娼館があるって噂を聞いたな……)


 ひょっとすると、カーディルもそこへ行くのかもしれない。さて、財布にいくらあっただろうかとつい考えてしまい、慌てて首を振った。


 いくらなんでも悪趣味に過ぎる。


 だが彼の理性を嘲笑うように、その晩はカーディルの白い裸体が妄想という形で頭から離れず、なんとかして落ち着いたときには自己嫌悪がますます激しくなっただけであった。




 アルダが死んだ。


 酒場でそんな話を聞いたとき、ケリンの脳裡のうりに浮かんだのは『ああ、やっぱりな』という乾いた感想だけであった。あの女は絶対にろくな死に方をしないと思っていた。また、そう願っていた。


 なけなしの金を払って詳しい話を聞くと、ケリンの目が驚愕に開かれた。


 持ち前の要領の良さと、そこそこの魅力で早くも他のチームに潜り込んだアルダであったが、仲間と談笑中に突然、頭を吹き飛ばされたらしい。


 不思議なことにその周辺に狙撃できるようなポイントはなく、怪しい人影なども見当たらなかったとの話だ。


(ディアスだ……)


 確証はない、どうやったかもわからないが、そうだとしか思えなかった。


 よくぞあのクソ女を殺してくれた、と思うと同時に、


(まさか自分も殺しの標的に入っているのでは……?)


 と考えると、首すじに粘っこい汗が吹き出るようであった。


 いつかディアスと会って話がしたいという想いは、ケリンの中でも当分先送りとなった。




 次いで、ボリスが死んだ。


 彼は犬蜘蛛に襲われたことがトラウマとなり、ハンターとして活動することができなくなっていたようだ。


 学もなく、技術もない。他にできる仕事はない。


 街に戻った後で酒と麻薬に溺れ、金が尽きると首を吊って自殺したそうだ。


 部屋から異臭がするということで、大家が合鍵で部屋を開けて、半ば腐った死体が発見された。この部屋は掃除を終えて、噂も消えた頃にまた、事情を知らぬ新人のハンターに貸し出されることになるだろう。


(そんな最期を迎えるために、仲間の死体をあさって金を得たのかい……)


 アルダとは違い、ボリスの死はケリンに少なからぬ衝撃を与えた。


 いつも愚痴と言い訳と屁理屈ばかり並べているような奴だったが、今にして思えばそれほど嫌いではなかった。


 その小物臭さ、人間臭さは自分の同類と呼ぶべきものではなかったか。


 ボリスとならば、一緒にハンターとしてやっていくことができたかもしれない。ミュータントに対するトラウマも、仲間のサポートがあれば振り払うことができたかもしれない。


 ケリンとボリスはディアスに対し、それほどあからさまに悪く言っていたわけではない。彼を不当に冷遇していたのはバルドーとアルダであり、死んだ2人が追従していただけだ。


 いっそのことディアスにも声をかけて、3人でお金を貯めてカーディルに義肢を買ってやろうと目標を持って頑張る。そんなキラキラとした未来もあったのではないだろうか。


(今さら……)


 熱い涙が双眸そうぼうからあふれ出した。


(どうして俺はいつもこうなんだ。全てを失ってから、ああすればよかった、こうすればよかったって……)


 あの時、勇気を振り絞ってディアスを追いかけるべきだった。


 俺も一緒に行くよ、と言えばディアスは戸惑いつつも、ぎこちない笑顔を返してくれたのではないか。


 涙が止まらない。両手で顔を覆って泣き続けた。


(会いたい。会いたいよ。ディアス、カーディル、お前たち会って、仲間にして欲しいって。一緒にやろうって。手助けできなくてごめんって……ッ!)


 会えるはずもない。会わせる顔などあるはずもない。ただ狂おしいまでの後悔に身を震わせることしかできなかった。


 指の隙間から漏れる嗚咽おえつは、酒場の喧騒けんそうき消された。


 人があふれるこの街で、彼は孤独であった。

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