第111話 追想の刻 ~ケリン~
その男の背を、美しいと思った。
ケリンは腰を抜かしてその場にへたりこみながら、荒野に消える男の背を見送っていた。
中型ミュータントとの力の差を見せつけられたばかりではないか。
見たくなどない。だが、見なければならない。首を動かさず、目だけで仲間の
つい数分前まで元気に動き回り、冗談を言いあっていたのではなかったのか。
5分。たったの5分でいいから時間が巻き戻ってはくれないか。そんな馬鹿なことを本気で考えるが、流れる血はただ広がり大地に吸われるばかりで、体内に戻ったりはしなかった。
死体がふたつ。倒れているのがひとり。ここに残った無事な者はケリンを含めて3人だけだ。
そんな淀んだ空気のなか、女ハンターのアルダが吐き捨てるようにいった。
「なんなのあいつ。英雄気取りで勝手に突っ走ってマジでキモイんだけど」
耳を疑った。こいつは何を言っているのかとケリンは理解出来なかった。同じ男の背中を見て、こうまで感じ方が違うものか。
少なくとも彼は行動を起こした。自分たちはただこの場で震えているだけだ。それを敬意を払うどころか、気持ち悪いと言い放ったのだこの女は。
ケリンの困惑に追い討ちをかけるように、もう一人残った男、ボリスが青い顔を震わせながらいった。
「本気で助けたいと思うなら、一度戻って装備を整えて、場合によっては助っ人を頼んでいくのが筋だろう。あいつのやっていることはただの自己満足だ」
「囚われのお姫様を助けに行くってシチュエーションなら、惚れてくれるかもとか思ってんのかしらね。まともな恋愛のできない根暗くんの考えそうなことだわ」
あまりにも一方的な物言いであり、
『じゃあお前も行けよ』
その一言を恐れたのである。答えようがない、行けるはずもない。
ただ控えめに、恨みがましい視線を向けるしかないケリンであった。アルダはフンと鼻をならして
「カーディルも蜘蛛に食われて死ぬなんて惨めなもんよねぇ。ざまあみろって感じだわ。ちょっと顔がいいだけでチヤホヤされて、勘違いしたお姫様気取り。ほんとウザイったらありゃしないわ。蜘蛛に卵でも植え付けられて、腹が膨らんでいたらすごいウケるんだけどなぁ」
誰に話しかけるでもなく、
またしてもケリンは困惑していた。
アルダとカーディルは仲良しというほどではなかったにせよ、アルダの方からマメに話しかけたりしていなかっただろうか。
また、カーディルはバルドーたちから言い寄られていたが、それで調子に乗っていたとも思えない。むしろ少し迷惑そうではなかったか。
ふと、ボリスと目が合うと、彼は黙って首を振った。その目には確かに
ケリンは足元がガラガラと崩れ落ちるような気分を味わっていた。自分が今まで信じてきた仲間とはなんだったのか。誰も彼もが互いを軽蔑し、見下しあっていたのか。
嫌だ。もう嫌だ。こんな所にいたくはなかった。ケリンは大地に手をついて、ふらつきながらもなんとか立ち上がった。
アルダが感情のない、冷たい声でぼそりと呟く。
「死体は3つ。生き残りは3人。ちょうどいいってわけかな……」
「何が……?」
疑問の声を無視してアルダは倒れたバルドーのもとへしゃがみこみ、ポケットの中ををあさり始めた。
バルドーのマシンガンを自分の足元へ引き寄せ、バックパックをひっくり返して散乱した荷物の中から使えそうなものを片っ端から自分のバックパックに詰めこもうとしていた。
「お、おい、何をやっているんだ……」
仲間の死体あさりという行為に、胃液が逆流しそうなほどの嫌悪感を覚えた。さらに言うなれば、バルドーはまだ生きている。
助けを求めるようにボリスへと視線を向けると、彼もまた死体をあさっていた。犬蜘蛛の体当たりで絶命した男のものだ。
ケリンの視線に気付くと、ボリスはばつが悪そうに、
「生き残った人間は、生き延びなきゃあいけないんだ」
そう言って指差した先に、一番損傷の激しい死体があった。犬蜘蛛に腹部を貫かれ、盾として利用され、仲間に銃弾の雨を浴びせられた無惨な死体だ。
ここで、自分は仲間の死体から装備を剥ぎ取るような恥知らずな真似はできないとハッキリ言えればよかった。しかし、これから先のことを考えれば金と物資は絶対に必要だ。あればあるだけ良い。
言い知れぬ不安に後押しされるように、ケリンはふらふらと死体の方へと歩き出した。
血と肉と砂と布とが混ざりあったその死体、肉塊のポケットを探る気にはなれず、バックパックだけ外して中身を物色する。
本人の居ない所で
言い訳ばかり並べ立てて自分は悪くないと思い込みたがる男。
そして、黙りこむことでしか不平不満を表現できない男――……。
一番の卑怯者は誰だろうか。そんなことを考えていると我が身の
今からでもディアスを追えばいい。格好つけて、一緒に死のう。そう思いつつも、足は根を張ったように動かなかった。
「くそがッ!」
「こいつ、私の足を掴みやがった! この死に損ないが!」
もう一度、遠慮のない速さでアルダの爪先がバルドーの脇腹に突き刺さる。バルドーは
ケリンは思わず目を逸らした。
今からでも止血して、街で医者に診せれば助かるかもしれない。
その場合、誰が彼を担いでいくのか?
アルダはハッキリ嫌だというだろう。ボリスはまたぼそぼそと言い訳を並べるだろう。結局は提案した者がやるしかない。
誰が治療費を出すのか。それもまた同様に、言い出しっぺがやるしかない。
(俺だって、嫌だ……)
そんなことを考えていることに気付くと、ますます自己嫌悪が激しくなった。
めぼしい物は盗り終えたのか、アルダは無言で立ちあがり街の方向へと歩き出した。続いてボリスが、慌ててケリンも後を追う。
何の会話もなく、適度な距離を保って歩き続ける。
街へ着いたらそこでチームは解散だ。話し合ったわけではないが、誰もがそう考えていた。
沈黙を持て余したように、アルダが口を開いた。
「根暗くんと勘違いお姫様、結構お似合いなんじゃあないの? ハハッ」
そういって嘲笑うアルダの背に、ケリンは軽蔑の眼差しを向けていた。会話のネタがなければ他人の悪口しか出てこない。こいつはそんな女だったろうか?
気付いていなかっただけで、気付かないふりをしていただけで、そうだったのかもしれない。命を預け戦い続けた仲間の誰も彼もが、今は汚らわしいもののようにしか思えなかった。
ケリンは立ち止まり、ディアスが歩き去った方向を眩しげに目を細めて眺めた。
「意外にお似合い、か……」
立ち止まった分だけ前の二人と距離が開くが、もうそんなことは気にならなかった。
結局、街に戻った後に装備を整えてカーディルを助けに行こうなどと言いだす者はいなかった。言葉を交わさず、目も合わせずにその場で別れた。
もう、終わったことだ。
そのはずだった。
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