第107話

 きっかり一週間後、整備工場に向かうと21号の改造と武装追加は完璧に仕上がっていた。主砲の隣にぴったり寄り添うような形で6連装ガトリングガンが備え付けられている。


 標的となった中古乗用車はガトリングガンの咆哮ほうこうの前に、一瞬で解体された。硝煙しょうえんを吐き出し慣性かんせいでカラカラと回る銃身が、


『次はミュータントを撃たせろ』


 と、要求しているようであった。


 射程距離こそ主砲に劣るが、近、中距離戦での火力は大きく上がったと考えてよいだろう。


 ディアスは以前、同じく神経接続式の戦車と戦った時のことを思い出した。激しく撃ち合うも互いに決定打を与えられず、相手がスリップしたことでようやく仕留めることができたのだ。


 あの時これがあればどうなっていたか。もっと楽に戦うことが出来たのではないか。戦いの結果に『たら』『れば』と後悔することは無意味であるが、次のために反省と思考を繰り返すのは重要だ。


(次、か……。できればやりたくはないな)


 神経接続式戦車同士の戦いとはつまり、カーディルと似た境遇の相手と戦うことである。やりたくはなかった、そしてやらねばならなかったことだ。


 あの一件ではファティマという、手足を切り取られた女の仇討あだうちをしてやれたのがせめてもの救いか。それを彼女自身が望んでいたかどうかは別として。




 試運転を終えて戦車から降りたディアスたちを、ベンジャミンの脂ぎった満面の笑みが出迎えた。


「どうだ? どうだぁ? すごいだろ?」


 得意気な顔。事例として辞書に載せたいくらいの得意気な顔である。


(うん、ウザい……)


 カーディルは眉をひそめるが、ガトリングガンの性能には満足しているだけに何も言えなかった。認めたくはないが、文句も言えない。


 そんな反応も想定内であったか、ベンジャミンは『むふぅ』と鼻息を噴出した。

次いで、ディアスに向かってどうかと聞くと、


「班長」


「おう、なんでい?」


「ありがとう」


「んんッ?」


 認めて欲しかったのは確かだが、ここまでストレートに礼を言われるとは思わなかった。固まるベンジャミンにディアスは相変わらずの無表情で、


「早速、明日にでもミュータント討伐に向かう。燃料と弾薬の補給を頼む」


 それだけ言ってさっさと出ていこうとする。ベンジャミンは慌ててその背に呼び掛けた。


「お、おい! 予算がずいぶんと余ったけどよ、そいつはどうする? 領収書と一緒にお前の小屋に放り込んでおきゃあいいか?」


「整備班のみんなで分けてくれ。それくらい、いい仕事だった」


「わぁお……」


 ベンジャミンの肩がポンと叩かれる。今度はカーディルが得意気に笑っていた。そして、小走りにディアスの後を追う。


 二人の姿が見えなくなるまでぼんやりと見送った後、誰に聞かせるわけでもなくぼそりと呟いた。


「そういうことされると、またいい仕事をしてやりたくなるんだよなぁ……」


 何がありがとう、だ。ハンターらしくない最強のハンター。この腐れ甘ちゃん野郎め、大好きだ。


 一流の男に認められることは一種の快楽でもある。ベンジャミンはしばらくその場を動けなかった。一歩でも動けば、腹の底からゲラゲラと笑ってしまいそうだった。頬がピクピクとひきつっているのをなんとか我慢する。


 部下に話しかけられちょっとした打ち合わせを済ませたあと、『おい、今日は臨時ボーナスが出るぞ』と言うと、こらえきれずにゲラゲラと笑い出してしまった。




 夕日に照らされた渡り廊下を、ディアスはとぼとぽと肩を落として歩いている。


 カーディルは数歩後ろからその背を眺め、首を傾げていた。何をこんなにも悩んでいるのか、と。


 ディアスは感情が表に出にくいだけで、喜怒哀楽の何も感じていないわけではない。カーディルにだけはその違いが理解できるし、そうであると信じていた。そのカーディルの見立てでは、ディアスは今回の新武装をかなり気に入っていたはずだ。


 彼は金遣いが荒いわけでも、ばらき癖があるわけでもない。8年前にお金のことで散々苦労してきた分、慎重ですらあった。


 それが今回、過分の金額を提示し余った金をそのまま渡してやったのは、それだけの価値があると判断したからだろう。ディアスが嬉しそうにしている。そう思ったからこそ、カーディルは何も口を挟まなかった。


 だからこそ、ディアスに元気がない理由が分からない。


(おっぱい揉ませりゃ元気になるかなー?)


 考えても分からないので考えるのを止めた。本人に聞けばいい。それをとがめられるような関係ではないはずだ。


「ねぇ、ディアス……」


 話しかけようとしたそのとき、ディアスは素早く振り返りカーディルの腕を掴んだ。


「ふえっ?」


 そのまま引っ張り、抱き寄せた。ディアスのたくましい腕が、カーディルの背に、肩に回される。


「ふえええっ!?」


 人が通るかもしれない普通の廊下である。こんなところで何をやっているのか。戸惑いつつも、その情熱的なアプローチがちょっと嬉しいカーディルであった。そんな浮かれ具合とは真逆に、耳元で囁かれるディアスの声は沈痛ちんつうなものであった。


「カーディル、君を失いたくはない……」


「え……?」


「過去からどんな亡霊が出てこようと、絶対に渡しはしない。絶対にだ……」


 辛い過去、暗い過去。自分は不当に虐げられ、カーディルとは同じチームにいるだけの赤の他人だった。そんなものが今さらしゃしゃり出てこようとするなど、決して許せぬことであった。


 カーディルは答える代わりにディアスの背に腕を回して軽く力を込めた。作り物の腕、借り物の足だが、ずっとこれで一緒に歩いてきた。その気持ちと、積み重ねてきた時間に偽りはない。


 どちらが先に動いたかは分からない。自然と引き合うように唇を重ねた。5秒、10秒。時間の感覚もあやふやになったところで、互いの熱い吐息を感じながらゆっくりと離れた。


「突然すまなかった。その、なんというか、不安になってしまってな……」


 そんなディアスに、カーディルは明るく微笑みかけた。


「いいのよ。ねぇ、ディアス」


「ああ」


「鬼も悪魔も亡霊も、ミュータントと大して違いは無いわよ。私たちの邪魔をするというのであれば、片っ端から潰してやるわ」


「そうだな……うん、そうだ」


 ディアスはカーディルに向けて伸ばしかけた手を、思い直してかゆくもない頭に持っていく。ここは丸子製作所の廊下だ。自宅ではない。


 少し照れくさそうに歩き出すディアス。その背を眩しそうに見るカーディルの眼に、怪しげな光が宿った。


 嬉しかった。ディアスに強く求められているということ、そして彼が明確にミュータントを殺す姿勢を示したことが。


 8年前の犬蜘蛛の巣となった廃墟。そこでディアスは恥と後悔という概念を持ち帰った。


 一方で、カーディルに植え付けられたものはただ、恐怖と憎悪のみである。


 恨みつらみで戦うべきではないとか、正々堂々だとか、そんなものはクソくらえだ。ただひたすらミュータントを殺し、殺し尽くすことこそがカーディルの望みである。そして、ただ一つディアスと重ならぬ想いでもあった。


「一緒に、ちましょう……?」


 不敵な笑みを浮かべる黒髪の美女。その唇の隙間から蛇を連想させる赤い舌先が伸びて、なまめかしく動いた。

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