第106話

「殺したい奴がいる」


 整備工場内に響く硬質こうしつの声を、整備班長ベンジャミンとカーディルは少し意外そうな顔で聞いていた。


 ハンターとミュータントの戦いは生存競争であり、憎しみをもってやるようなものではないというのがディアスの基本的なスタンスであったからだ。


 無論、それだけで割り切れないことだってある。


 ミュータントに無残に殺された遺体、特に民間人のものを見るとミュータントと、そして己の無力さに対してふつふつと怒りが湧いてくることもある。それでもなんとか押し込めるようにしてきた。


 8年前、犬蜘蛛いぬぐもに連れ去られたカーディルを救うためにミュータントの遺体を、犬蜘蛛の情を利用したことがある。


 死んだ子犬の首を、親犬の目の前に放り投げ隙を作ったのだ。


 仕方がなかった。ハンターとミュータントの戦いにルールは無用。そんな言い訳ならばいくらでも出てくる。世間は許すだろう。下品なハンターたちはこの話を聞けばゲラゲラと笑いながら『よくやった』というかもしれない。


 しかし、自分自身を納得させ、許すことはできなかった。あの時の犬蜘蛛の悲し気な赤い瞳が、今も脳裏に焼き付いる。


 以来、ディアスはずっと恥という概念がいねんを抱いて生きてきた。人類の敵といえど、決して卑怯な振る舞いや恥ずべき真似はするまいと。


 それが今、己自身で課したかせを取り外し、殺意を剥き出しにしているのだ。


 マルコからミュータントの情報を聞いて直ぐにディアスはハンターオフィスへと向かい、金を払って新たな情報が入ればすぐに伝えるよう依頼してきた。


 そして翌日、整備工場へ新たな武装を求めてやって来たというわけである。


 マルコから討伐以来を受けたり、適当にパトロールをしてミュータントに遭遇そうぐうすればそれを討つといった、どちらかといえば受け身であったディアスが、ここまで積極的に討伐に乗り出すのは初めてのことかもしれない。少なくとも、相棒であるカーディルの記憶にはない。


「しかしな、新武装ったって……。こいつの何が気に入らねぇんだい?」


 ベンジャミンは後方に控えるディアスたちの愛機、21号を肩越しに親指で指しながら聞いた。


 88ミリ滑空砲、9ミリ機関銃二門に小型迫撃砲。いかなる場面にも対応できるように思える。制作こそ別の部署だが、この素晴らしい機体を整備、修理し、稼働できるようにしてきたのは自分たちだという誇りがある。


 ケチを付けられたというほどではないにせよ、あまりいい気はせず、ベンジャミンの言葉にとげが混ざってしまう。


 そんなベンジャミンの思いを真正面からどっしりと受け止めるようにディアスは重々しく頷いた。きちんと説明はしてくれるつもりらしい。


(ここで『いいからやれ、金は出す』とか横柄おうへいに言わないあたり、良い奴なんだよなぁ。相手をちゃんと見ているというかなんというか……)


 少なくとも、話くらいは聞いてやろうという気になった。


「前回の遠征で遭遇した、大型ミュータントの映像は見たか?」


「ん? ああ、参考までにな。キモイから二度と見たくねぇけど」


「ああした奴を相手にするには、一点突破の徹甲弾よりも大きく広がる面の力が欲しい」


「9ミリ機関銃よりも火力があって、連射もできる。つまりはそういうことか?」


 また、ディアスは頷いて見せる。


(無茶いってくれるぜ……)


 ベンジャミンが困惑しながら視線を左右に動かす。それをディアスがどう解釈したのか、今までとは変わった少し優しい声でいった。


「すまない。無理なら他の工場に頼むが……」


「……ああ?」


 この一言がベンジャミンに火を点けた。ディアスとしては無理をいっている自覚はあるので、できないならそれでいいのだという親切心であったのだろう。だが、整備班長としてはたまったものではない。


 自分の整備した機体が大きな戦果を挙げる、それこそが整備士の名誉である。ディアスたちがミュータントを討伐したと聞く度に整備班は喜びに沸き上がった。密かに、21号は自分たちのものであるとさえ思っていた。


 それをこいつはあっさりと、できないなら他所に頼むと言い出したのだ。ハンターとしては何も間違っていない。この店にないならあっちの店、それだけのことだろう。だが整備士として認めるわけにはいかない。例え武器の購入と取りつけだけで、整備は引き続きこっちでやるとしてもだ。


(女を寝取られたってここまでムカつきはしねぇぞ……ッ!)


 企業としても大いに問題がある。今やディアスたちは丸子製作所の看板なのだ。それが丸子製作所の武装に満足せず他に頼んだとすれば、そちらの方が武器の質が良いと喧伝しているようなものである。


 そういう所に頭が回らないのか。ベンジャミンは睨みつけるが、ディアスは相変わらず何を考えているのかわからない顔をしていた。


(ないだろうなぁ。問い詰めたところで『ハンターがより良い武装を求めるのは当然であるし、下手な遠慮をして己が身を危険に晒すことなど愚の骨頂だ』とか、そういうこと言うんだろうなこいつ……)


 それなりに長い付き合いである。会話は成り立つが話は通じない。そういう所のある男なのだとよくわかっていた。


 ならばどうすればよいか。お望みの物を出してやる他はない。だが、そんなものはあっただろうか。


「ちょっと、ちょっとタイム」


「ああ」


 後ずさりしながらのベンジャミンの申し出にディアスは素直に従った。カーディルはつまらなさそうな顔で戦車に背を預けている。


 ディアスは待つといえばいくらでも待つ男だ、それはいい。この状況で厄介なのはむしろカーディルである。彼女が『飽きたから帰ろう』などと言い出せばディアスもそっちに従うだろう。頼みごとの優先順位がはっきりとしすぎている。


 休憩室に武器のカタログがあったはずだ。ベンジャミンは小走りにそこへ向かった。工場内を走るなどルール違反であり、部下がそれをやったらベンジャミンは殴ってでも止める立場であるが、今はそんなことをいっていられない。己のプライドと、丸子製作所の評判がかかっているのだ。


 途中でカバーにすっぽり覆われた中型戦車が目に入り、ベンジャミンはそこで足を止めた。無理矢理に止まったので体が進行方向に泳ぐが、両手をばたばた動かして何とか転倒だけは避けることができた。


 たまたま近くにいた不幸な部下を呼びつける。


「おい、カバー外すの手伝ってくれ!」


「え? 何か問題でもありましたか?」


「場合によってはバラす!」


「ひぇッ」


 二人がかりで一気にカバーを取り外すと、そこに深緑色の見事な戦車が現れた。ひとつ変わったことがある。それは、本来主砲があるべき中央に巨大な6連装ガトリングガンが取り付けられているということだ。


(60ミリのミンチマシーンだ、これなら文句はねえだろう。何が、無理なら他で頼む、だ。ふざけやがって! 丸子製作所と、俺たちこそが街一番だと思い知らせてやる!)


 ベンジャミンは力強い笑みを浮かべた。


「21号の所にいるバカップルを呼んで来い!」


「あ、はい!」


 それで通じてしまうディアスたちであった。




 5分と経たずにディアスたちはやってきた。


 得意げな顔をしているベンジャミンと、その後ろに控える中型戦車。そして、巨大なガトリングガンに目が留まる。


「どうだい、まさに連射できる大砲だ。こいつで文句はないだろう?」


「ああ、最高だ。こういうものをぶっ放ちたい気分だったんだ。いいぞ、本当にいいぞ」


 ディアスが少々物騒な喜び方をする。他所の工場に持って行かれる心配はなくなったが、ここは素直に安堵してよい場面なのだろうかと、ベンジャミンは考え込んでしまった。


「ただ、二つばかり問題があってな……」


「なんだろうか?」


「こいつを21号に載せりゃあ当然、重量は増えるよな。速度は落ちるし、足回りに負担がかかるし燃費も悪くなる。過積載かせきさいで良いことなんかひとつもないぞ」


 すると、今まで眠そうな顔をしていたカーディルが目を見開いていった。


「機銃と迫撃砲を片方ずつ外しちゃえばいいんじゃない? 特に迫撃砲なんて、照明弾を撃ち出すのにしか使っていないし」


「それならまあ、多少重くなるくらいで収まるかな……」


「それで、もうひとつの問題は?」


 ベンジャミンは意地の悪い笑みを浮かべて、指で輪っかを作ってみせた。何をするにもこいつがなければ始まらない。


「銭だよ、銭。こいつは最新式で高級品、しかも他の戦車から引っぺがして取り付けようってんだ。21号の改造だってしなくちゃならねぇ。悪いが、戦車一両買うくらいのつもりでいてくれないとなぁ」


 他所の工場へ行くと脅された、その意趣返いしゅがえしのつもりであった。ある程度脅かした後はローンを組むか割引でもしてやるかと考えていると、ディアスが事もなげにいった。


「大型ミュータント討伐の報奨金、それを全て預ける」


「ふぁッ!?」


 足りないどころではない、過剰である。中型ミュータントの三倍くらいは貰っていたはずだ。武装一つの価格としては破格である。


 ハンターにとって金とは己の命を的に稼いだ名誉であり、命の目盛りでもある。ディアスがどこまで考えているかはわからないが、それをポンと出すのは武器の品質と、ベンジャミンの腕を信頼しているという意思表示にも感じられた。


 街一番と言われるハンターに全幅の信頼を置かれることは、


(まぁ、悪い気はしねぇやな……)


 と、顔を逸らすベンジャミンであった。少し、照れているのだろう。


「一週間待ってくれ。完璧に仕上げてやるぜ」


 長い。ディアスは考え込んだ。その間にまた、例のミュータントが暴れ出さないとも限らない。どうしたものか。


 すぐに思い直した。自分は改造の素人なのだ、班長が一週間というなら一週間かかるのだろう。職人を急かして良いことなどなにもない。


 ディアスは頷いて『よろしく』とだけいった。


 工場を出ようとする二人。カーディルがふと振り向いて、


「主砲に比べりゃ作りが複雑だけど、砂を噛んだら動きません、なんてものにはしないでね」


「誰にものいっていやがる。バケツ一杯の砂をぶちまけて問題なく動くようにしてやるぜ。お前らハンターが上品に使ってくれることなんざ、1ミリたりとも期待しちゃいねぇよ」


 カーディルはにぃっと魅力的な笑顔を浮かべて、手を振りながら去っていった。ベンジャミンは二人の背を見送ってから、はぁと小さく息をつく。


 疲れる連中だ。だが、好きか嫌いかでいえばどうなのか。


(応援してやろうって気には、なる)


 仕方ない、面倒だ、無茶苦茶だ、あいつらどうしようもねぇ。


 そんな台詞を、どこか楽し気に呟きながら作業にかかるベンジャミンであった。

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