闇からの呼び声

第104話

 丸子製作所、社員食堂。


 ディアスたちは社員ではなく丸子製作所お抱えのハンターであるが、ランチタイム以外でなら、という条件付きで最近使用を許可されていた。


 毎度毎度、格納庫をたまり場にしていたのでは作業の邪魔だから、という面もある。


「ノーマンが持ち帰ったエロビデオのことなんだが……」


 アイザックがひとりでくすくすと笑いながら話しだした。


 まるで他人事ひとごとのようにいっているが、そのデータを持ち帰るようノーマンをそそのかしたのはアイザック本人である。


「その様子だと、何か面白いオチでもついたのかしらねぇ?」


 カーディルが合成肉のハンバーグをフォークで突きながら聞いた。


 様々な食品を扱うロベルト商会との提携ていけいのおかげか、合成肉も外で買うものよりずっとマシな味であった。


 噂では、ロベルト商会本社ビルの地下で本物の牛や豚が育成されているなどと言われているが、その真相は定かではない。


 他に席もスペースもいくらでもあるというのに、ディアスはカーディルと肩を密着させるような位置でコーヒーをすすっている。


 向かい側の席に座るアイザックからすると、そんなにくっついて邪魔ではなかろうかとも思うのだが、二人はそうした体勢に慣れているようで、特に不自由なく器用に食事を続けている。


「それで、エロビデオがどうしたって?」


 ディアスがコーヒーカップを置いて先を促す。彼にとって他人の情事セックスが収められたデータなど興味は無かったが、笑い話となれば聞いておきたかった。


「おう、それよそれ。実はパッケージと中身が別物だったのさ」


「へぇ。強力な戦車の設計図でも入っていた、とか?」


 カーディルが、自分でもまったく信じていないような口調でいうと、アイザックは苦笑いしながら、


「いやいや……」


 と、武骨な義手を振ってみせた。


「エロビデオに違いは無いんだ、違っていたのは性癖というかな。ロベルトさんが鑑賞会に誘ってくれてな。さて旧世紀のエロスはどんなもんかと、ちょっとわくわくしながら見ていたんだ。裸の女が出てきたのはいいんだが、どうにも様子がおかしい。パッケージの清楚っぽい女とも別人だ」


 そういって、もったいつけるように水を一口含む。アイザックの独演会はますます熱がこもってきたようだ。


「で、首をひねって見ていると、女がタライにまたがって、こう、ブリブリと……」


「え、ちょっと待って。ブリブリって、その、うんこ? うんこ?」


 カーディルが黒い目をまんまるくして聞くと、アイザックは重々しくうなずいた。残念ながらその通りだ、と。


「スカトロ物、というジャンルらしいな。世の中にはうんこに興奮する性癖があるらしい。もっとも、鑑賞会の参加者の中にその性癖に理解のある奴はいなかったようで、罵声ばせい悲鳴ひめい怒号どごうが飛び交う地獄絵図じごくえずだ。あの時のノーマンの顔が一番傑作だったな!」


 よほど面白かったのか、アイザックは巨躯きょくを揺らし、歯を見せて思い出し笑いを始めた。


「ノーマンも参加していたのか。実の親父と椅子を並べてエロビデオを見るというのはどんな気分だろうな」


 と、ディアスが呆れたようにいった。


「あいつも出たくはなかったらしいがな、このデータは売れる! といって持ち込んだ手前、中身のことは知りませんというわけにはいかなかったんだろ。最後まで付き合う責任がある。いやぁ、ロベルトさんのノーマンに対する評価が上がったり下がったり、忙しいことだな。ハハハ」


「笑い事じゃないだろ」


「笑うしかねぇだろ」


 ディアスは少し考え込んだ後、確かにそうかと納得して頷いた。ノーマンには悪いが、他人からすれば笑い事以外の何物でもない。


「言語センスもなかなかいい具合にイカレていてな。『ブリブリブリ、君と僕とで合わせ味噌みそ』……とか」


「アイザック、あんた正気?」


「俺に言うな、撮影した監督に言え。シャブでもキメながら撮っていたんじゃねぇの」


「そもそも、夜逃げ同然のオフィスにポツンとエロビデオが落ちているのも不自然といえば不自然よね」


「それなぁ……。文明崩壊前にもジョークのわかる奴ががいたもんだ。時代を超えていたずらにひっかかっちまった。文字通りクソッタレだ」


 首をすくめてみせるアイザック。その表情に不快感は無く、むしろ『やってくれたぜ』と、相手をたたえるような態度であった。こういうジョークが嫌いではないらしい。


 そんな調子で馬鹿話を続けていると、トレーを持った白衣の男がのそりと近づいてきた。


 ひとこと断りを入れるでもなく、大きなため息をつきながらトレーを置いてディアスたちと同じテーブル席につく。誰も文句は言わない。この丸子製作所の設備は全て、彼の所有物のようなものだ。


「なんだいアイザック。またその話をしているのか」


「いよぅ、マルコ博士。あまりにも面白いもんでなぁ」


「僕はうんこが『こんにちは』する場面を直視したことを今すぐ忘れたいよ……」


 といって、マルコは記憶を振り落とそうとするように首を振った。よほど強烈な体験であったらしい。


 ちなみに、彼は旧世紀のエロビデオ鑑賞会などに興味は無かったが、ロベルトに強引に引っ張られたのであった。その結果が、これである。マルコの胸中はやりきれない気持ちでいっぱいであった。


「博士、俺たちに用があるとするとミュータントがらみですか?」


 ディアスが今までの話の流れをばっさりと切り捨てて聞いてきた。


 本当に話が早い。それはいいのだが、仕事の話ばかりで雑談などしない人間に見られているのだろうかと、マルコは少しだけ仲間外れにされたような一抹いちまつさびしさも感じていた。


(おしゃべりに参加したかったって訳でもないけどさぁ……)


 ディアスのこういうところは状況によって長所にも短所にもなるなと考えつつ、今回は確かにミュータントの話があるので、釈然しゃくぜんとしない気持ちを押し込んで続けることにした。


 マルコは気持ちを切り替え、おごそかに話しだす。


「僕たちが遠足に行っている間にね、街の周辺でも知性のあるミュータントが現れたらしいんだ」


 ハンターたちの顔が引き締まる。ディアスもカーディルも、対象は違うがアイザックも、知性がありそうなミュータントに遭遇そうぐうしている。とても無関心ではいられなかった。


 敵の知性、それはこれからの戦いの鍵になりそうな言葉だ。


「それで、具体的にどのような……?」


 ディアスが代表して聞くが、マルコは自分でいいだしたにも関わらず、何故かいいづらそうに視線を逸らしたり、首をひねったりしている。


 やがて、


「ディアス君、ミュータントの知り合いとかいる?」


 と、まるで意味の分からないことを言い出した。


 その質問の意図はわからないが、ディアスは落ち着いて口を開く。


「いませんよ。出会ったやつは大体、殺していますから」


 その言葉の中に自慢じまん傲慢ごうまんもない。ただ事実を淡々と述べているだけである。だからこそにじみ出る迫力があった。


(そういえばこいつ、ぼけっとしているようでミュータント討伐数一位の危険人物なんだよなぁ……)


 と、改めて実感するマルコであった。


 この男に隠し事をするべきではないし、話さなければ先に進まない。マルコは重々しく口を開いた。


 話したくないわけではない、どこからどう話せばいいのかわからないのだ。


「新型のミュータントがね、人間の言葉をしゃべったらしいんだよ……」


「なんです? また、ウェルカムとかそういうのですか?」


 カーディルは頬杖をつきながらつまらなさそうにいった。結局、巨大ミュータントの最初の挨拶はなんだったのか、曖昧あいまいなままである。


(そんな単純な話であればどんなに良かったか。これは絶対に面倒な案件だぞ。ああ、言いたくない言いたくない……)


 何もかも放り出したくなる気分をおさえて、マルコは信頼するハンターたちの顔をぐるりと見回し、いった。


「人の名前を呼んでいたそうだよ。……ディアス、って」

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