第103話

 朝食を終えて意気揚々いきようようと遺跡に向かうハンターたちの背を見送りながら、ロベルトは憮然ぶぜんとした顔をしていた。


 昨夜、ディアスは言いたいことを言うと返事も聞かずにカーディルを連れてさっさと戦車に戻ってしまった。まるで自分の役目は意見をするまでであり、判断するのはそっちの仕事だと言わんばかりの態度であった。


 確かに最終的な決定権はこちらにあるが、もう少し自分の意見を通すためのプレゼンテーションをしてもいいだろう。あそこまで淡々たんたんとしていると、いさぎよい態度を通り越して無責任なものに感じられた。


 普段からイエスマンや太鼓持たいこもちに囲まれたロベルトにとって、ディアスの直言は新鮮であり好ましくもあったが、物事には限度というものがある。今ではなんだかんだで『やっぱり厄介やっかいな奴だ……』という評価が勝る。


 何より気に入らないのが、撤退すべきという意見はロベルト自身がよく理解していることであった。思い返せばディアスの態度は、


『あなたもよくわかっているのでしょう?』


 と、知っていたからこそ、くどくど言葉を並べることを良しとしなかったのではないか。


 小賢こざかしい、そう思った。


 昨日はなんとか大型ミュータントを退しりぞけることができた。しかし、ディアスたちの戦車、21号も結構なダメージを受けている。


 また新たな大型が現れたとして、撃退できる保証はあるだろうか?


 二体、三体と同時に現れた場合はどうか?


 何の保証もない。時間が経つほどに、戦いを繰り返すほどに不利になってゆくことだけは確かだ。


 遺跡調査に向かったハンターたちにも被害は出ている。今日は昨日よりも深く潜ることになるだろう。当然、帰ってくるのもそれだけ難しくなるはずだ。


 今回の遠征には大金を投じている。この編成で踏破できない遺跡などあるはずがない、そのはずだった。予想以上に遺跡は巨大で、闇が深かった。


 巨大ミュータントなど、都市伝説の類ではなかったか。あんなにも強大でおぞましい相手と戦うことなど想定していない。


 万全と思われた準備が、まだまだ足りなかったのだ。護衛の戦車は10両くらい欲しい。ハンターたちを乗せるためと、戦利品を持ち帰るために装甲トラックも必要だ、いくらあってもいい。そのためには膨大ぼうだいな資金が必要であり、他の企業にも声をかけて金を吐き出させるしかないだろう。


 ここでひとつのジレンマが発生する。見つけた遺物やデータは誰のものになるのか、ということだ。頭数が増えれば分け前を与えねばなるまいが、所有権があいまいになることは避けたいところだ。知識や技術は独占してこそ価値がある。


 気の合うマルコとならば、その戦利品はどちらが預かるか、そのデータは公開するべきか否かと、なにかと融通ゆうずうく。


 だが、ここで利害関係のみで参入する者がいたらどうか?


 利益の分配で揉めるだろうし、進軍にせよ撤退にせよ自分の判断で行えなくなるかもしれない。結果として引き際を誤り、街から遠く離れた遺跡でミュータントの餌となる結末などまっぴら御免だ。


 ただ死ぬだけならまだいい。自分もミュータントに取り込まれた挙句、巨大な赤ん坊の身体で、虚ろな目をして這いずり回るなど絶対に嫌だ。


 我が身があまりにも惨めに過ぎる。己が自尊心に耐えられるものではない。


 ふと、マルコの方を見やると、彼は口元を手で覆い、何か考え事をしているようであった。


 ロベルトの視線に気づいたマルコは、


「ああ、失礼。ちょっと考えていたんですよ。昨日の巨大ミュータント、皺赤子しわあかごには本当に知性があったのかな、って」


「なんだ今さら。奴が出合い頭に『WELCOME』としゃべった、これは確かだろう? 何度も何度も、あの汚らしいジジイのツラの映像を見返して納得したんじゃあなかったのかい」


「確かに、奴は最初に人間の言葉を発した。ですがその後はどうです? 無茶苦茶に岩を投げたり血を吐いたり、とても理性ある行動とは思えません。癇癪かんしゃくを起した幼児が、手当たり次第に物を投げつけたり、暴れたりしているようにしか見えませんでした」


 むぅ、と唸ってロベルトは昨日の映像を思い返す。恐ろしい敵ではあったが、確かにあれはスマートに獲物を追い詰める狩人とはイメージがかけ離れていた。仲間を食ったのも、暴れまわったのも、今際いまわきわに子を産み落としたのも、内側から激しく湧き上がる本能に従っていたと考えるほうが自然である。


 最初の一言、それだけが白紙に落とされた一滴のすみのような不自然、異質さを感じさせるのだ。


「じゃあ、ノーマンたちから報告のあった中型はどうなんだ。死体の頭と体を入れ替えるという遊びをやらかしてくれたんだぞ。遊びっていうのは、高度な生命体であることの証明だ。知性であって、品性でないことは問題だがな」


「……縄張りの主張、だったとか」


「鋭く斬った死体を置いて、勝手に入ったらこうなるぞ、と。そういうことか?」


「ええ、縄張りの主張であったなら、それは動物としての知恵と習慣です。我々が懸念していたような、人間同士が会話する類の知性ではありません」


 誰よりもミュータントに興味を持ち、観察してきた変人の言葉だ。そこには説得力というものが確かにあった。だからこそ、最初の問題が引っかかる。


「悪いがクイズは苦手なんだ。結局、お前は何が言いてぇんだ?」


 ロベルトがやや苛立った様子で先を促す。


 対して、マルコは躊躇ためらっている様子であった。『これは仮定ですが』と、何度も繰り返し、その度にロベルトに急かされようやく重い口を開いた。


「何者かに、言わされていた……とか?」


「はぁ!?」


 こいつは何を言い出すんだ、ロベルトがそんな眼でじっと見ていると、マルコ自身もいったことを後悔したような顔をしていた。だが、言ってしまったからには、『やっぱり今のナシで』などとできるものではない。


「するってぇと、何だ? ミュータントどもを裏から操る知性ある何者かが存在すると、お前はそう言いたいのか?」


「やっぱり、そういう反応になるでしょう? 言いたくはなかったんですが……」


 ロベルトは、はぁと大きなため息をつく。


 それきり、二人は黙り込んでしまった。馬鹿々々しい、考えたくも無い。だが無視するにはあまりにも危険な発想であった。


 やがて考えがまとまったのか、あるいは黙って座っていることに飽きたのか、ぽつりぽつりと話し始めた。


「撤退、しますか……?」


 マルコの問いかけに、ロベルトは即答できなかった。あの巨大ミュータントよりもさらに悪辣あくらつな何かが存在しているとしたら、準備不足でここに留まることは自殺行為である。


 一方で、かけた費用に対して得られたものは何だったかと、どうしても考えてしまう。この遺跡の重要性と異常性、そしてミュータントの新たな脅威を知ることができた。ただ、それだけである。直接利益に結び付くかといえば、そんなことはない。無駄に責任だけを負わされた、そんな気分でもあった。


「わかった、捜索隊の帰還を待ち、夜明けに出発しよう……」


 ロベルトが声を絞り出すようにいうと、マルコは少し安心したように頷いた。やはりこの男、人間性はともかく判断力は腐っていない、と。


 利益が出ていないからといってずるずると引き延ばすことこそ悪手である。傷口が広がらないうちにすっぱりと諦める決断も、時には必要だ。


 わかっている、それはわかっているが、いざ実行するとなると苦しいものだ。


れぇな、マルコ。他人ひとの上に立って、判断するってのはよ……」


「そうですね……」


 ロベルトの弱音など初めて聞いた気がする。辛いと口では言いつつも、どこか重荷を下ろしたような、そんな響きが含まれているようにも思えた。


 マルコはこれを茶化す気にはならなかった。自分を信頼し、同志と認めたからこそ出た言葉だろう。ただ、万感の思いを込めて頷いた。


 また、沈黙が訪れた。


 正面の大型モニターに映る代りばえのしない荒野を眺めていると、隣からかすかな寝息が聞こえてくる。見ると、ロベルトは疲れて眠ってしまったようだ。


 振り向いてシーラを呼ぼうとするが、彼女は既に毛布を持って近づいてくるところであった。マルコとシーラは優しく微笑み、頷きあう。


(ハンターたちが何かいいものを持ってきて、いい気分のまま帰れるといいんだがなぁ……)


 そう考えつつ、マルコはノートパソコンを取り出して今までのデータの整理を始めた。ロベルトを起こさぬよう、静かに。


 ミュータントの巣窟とは思えぬほどの、穏やかな時間が流れていった……。




 その日の夜、眠気を覚えたマルコは元気いっぱいのロベルトの長話に付き合わされることとなり、優しくしてやったことを激しく後悔した。

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