第102話

 日が傾き始めた頃、調査隊が帰ってくると機動要塞の中は一気にお祭り騒ぎとなった。


 前人未到の遺跡を探索することは男たちに、ハンターたちにとってのロマンである。また、そこで見つけた遺物を街の権力者に直接買い取ってもらえるというのだから盛り上がり浮かれるのも無理からぬことであった。


 また、ロベルト商会の総帥であるロベルトも、


『ここらで使える手駒を増やしたい……』


 といったスタンスで、ハンターたちの話をじっくり聞き、それがまたハンターたちの夢と出世欲をくすぐった。


 遺跡の中には大小様々なミュータントが湧き出ており、ある者は食い殺され、ある者は重傷を負いその場に取り残されるなど被害もそれなりにあるのだが、浮かれるハンターたちにとってそんなことは日常茶飯事であり、場合によっては囮にするために仲間の足を撃ち抜いたりといったこともあった。


 無事に帰ってこられた者たちにとっては、既に過去のことであった。


 ハンターたちが持ち帰ったものは書籍、なんらかのデータ、変わったところで隠し金庫に入っていた宝石類など様々であった。


 中でも一番の変わり種はロベルトの息子であるノーマンと、成り行きで組んだアイザックの二人であろう。


 帰還者のなかにノーマンの姿を認めるとロベルトは、


「よっ、生きていやがったか」


 などと明るい声を出した。しかし、ノーマンが差し出した二つの戦利品を見ると、どう反応してよいものやら、その笑顔が固まった。


 危険地帯の調査から戻った息子が、戦利品だと言って半裸の女性が載った扇情的なパッケージを差し出してきたとき、父親としてどんな顔をすればいいのか。


「……なんだこれ? いや、もちろんエロビデオってことはわかるぞ。で、なんだこれ?」


 他に持ってくるものはなかったのか。よりによってこれか。お前ふざけているのかよ。そうした意味でドスの効いた声を出すが、ノーマンは怯むことなく真っすぐに見つめ返した。


「ロベルトさん、これは金になります」


「は?」


「男はみんなスケベです」


「はぁ?」


「これはただのエロではありません。世界崩壊前、旧世紀の遺跡から持ち帰ったエロです。誰もが『なんだこりゃ』と思いつつも、興味を惹かれることでしょう。これをコピーして大量生産すれば、きっと売れます!」


「お、おう……」


「これを買い取っていただけるか否か、買い取り価格はいくらになるのか、それは後ほどで構いません。ご一考のほど、よろしくお願いします」


 それだけ言って一礼し、さっさとハンターたちの控室に戻ってしまった。後には目を丸くしたロベルトとマルコ、そして苦笑いを浮かべるアイザックだけが残された。


「なんかあいつ、雰囲気変わったな……。遺跡で何かあったか?」


 ロベルトの知るノーマンは、いつも虚勢を張っているくせに肝心なところで自信のない、足元のおぼつかない男であった。だからこそ大事な要件は任せられないし、息子といえど少しだけ鬱陶しいと感じていたのだ。


 だが、今の対応はまるで違う。持ってきた物の内容はともかく、権力者の眼光に怯えることもなく、堂々と自分の意見を言っていた。


 不思議がるロベルトに、アイザックは軽く頷きながらいった。


「遺跡の中で、童貞捨てましてね」


「え、ミュータントのケツを掘ったのか?」


 アイザックが詳しくは知らないことだが、つい数時間前に巨大な赤子型のミュータントの戦いを目撃し、その後は繁殖方法がどうのと語っていたロベルトたちである。つい、悪趣味な想像が脳内を駆け巡った。


 激しく手を振りながら、相棒の名誉のためにアイザックは慌てて訂正する。


「いえいえいえ、童貞を捨てるっていうのはですね、ハンターが初めて中型以上のミュータントを自力で倒すことでして」


「あ、なんだ、そういうことか。あいつがやべえ世界の扉を開いちまったのかとびっくりしたぜ」


「視野が広がったことは確かでしょう。……褒めてやってください」


慈しむような目をしながら、アイザックがぼそりと呟いた。


 お調子者のひよっこが、ベテランハンターの信頼を勝ち得た活躍とはどんなものだったのだろうか。後で話くらいは聞いてやろうとロベルトは考えていた。


「それでさ、アイザック。手に持っているのは何だい?」


 今まで会話に参加しなかったマルコが首をかしげながらいった。アイザックはずっと左手に、汚れた布でぐるぐる巻きにした棒状のものを掴んでいたのだ。提出物は二つあると言いながら、ノーマンはエロビデオだけを渡し去ってしまったので、おそらくはもう一つのお宝ということだろう。


「これかい? 遺跡で見つけたっていうか、奪ったというか……」


 いいながら布を外すと、そこに見る者を魅了する、見事な刃が現れた。


 根元に少しだけ血や肉片がこびりついているのが気になるが、刀身自体は芸術と呼んで差し支えない美しさである。


「腕から刃が突き出たミュータントがいてな。せっかくだからぶった切って持ち帰ろうって話になったのさ。おっと、若造の手柄を横取りなんかしたくねぇから言っておくが、そいつを倒したのも持ち帰ろうと提案したのもノーマンだ」


「へぇ。君はその時、なにをしていたんだい?」


「別のデカブツとやりあっていたよ。死体でよけりゃあ写真も撮って来たんで、あとでまとめて提出するぜ。博士にとっちゃそれが一番の土産だろう?」


「いいね、いいねぇ! 新型かい? 生きている時の写真はないのかい?」


 目を輝かせて食いついてくるマルコであったが、アイザックは苦笑いをしながら首を振った。


「そんなもん、のんびり撮っていたらこっちの首が飛んでたぜ。室内で中型と対峙するのは予想以上にやばい。圧迫感と息苦しさが半端じゃねえ」


「むぅ……ヘッドライトと同じように、手を塞がないカメラとか必要かな」


「あんまり重いのは止してくれよ。遺跡探索となりゃ、こっちは1グラムでも軽くしてぇんだ」


 そういって刀身に布を巻き直してマルコに渡すと、アイザックも控室に戻っていった。


 ロベルトはミュータントの刀にさほど興味を示さず、困惑したような表情でエロビデオのパッケージを左右の指先で挟んでくるくると回していた。


(ロベルトさんが刀に興味ないってことは、これは交渉次第で僕のものにできそうだな……)


 などと、マルコは脳内でほくそ笑みつつ、優し気に声をかけた。


「嬉しいですか、息子さんの成長が?」


「いやぁ……よくわかんね」


「わからない?」


「半ば愛想をつかしていた出来の悪い息子がだ、死地から腹をくくって戻って来た。冷たいようだが、どんなツラすりゃいんだってのが正直なところだな」


 財力と権力をフル活用してあちこちに子供を作って来たロベルトである。どこに何人の子供がいるのかすら把握していない。子供たちに対する情が薄く、こんなとき戸惑っているというのも嘘ではないだろう。


 マルコはこの戸惑いを、好意的に解釈した。


(最悪なのは興味が無くて何も感じないってことだ。戸惑うというのは自分の中に目覚めた愛情を持て余しているとか、そういうことかな)


 マルコとて独身であり、人情の機微に詳しいわけではない。むしろ他人の心情に関心の薄いほうである。だからこそ、似た者同士であるからこそ、届く言葉もあるだろう。


「悪い気はしないでしょう?」


「あー……まあな」


「それじゃあ、今はそれでいいんじゃないですかね」


 わかったような、わからないような曖昧な表情で頷きあう二人であった。


 その時、後方の出入り口付近がざわざわと騒がしくなり、同時に振り向いた。そこには戦車の応急処置を終えたディアスとカーディルの姿があった。


 特にカーディルは他のハンターたちの前に姿を晒すことはめったにないため、注目の的になった。


 荒野に咲く黒薔薇とでもいうべき凛としたその美しさにハンターたちはぽかんと口を開けたまま見とれ、


『本当に実在したのか』

『ディアスなんかにはもったいない』

『何か弱みでも握られているのか』


 ……等々、勝手なことをいっていた。


 果実に群がる蠅のようにカーディルに近づこうとするハンターたちを突き飛ばすような勢いで、ディアスはまっすぐにマルコたちの下へと向かった。その後、割れた人波のなかをカーディルは優雅に歩いてついてゆく。


 ディアスはマルコたちから二メートルの地点でぴたりと止まり、カーディルもその横に並ぶ。そしていつもよりさらに重い口調でいった。


「撤退を、進言します」

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