第100話
再生限界を迎え、切り落とされた右足から激しく出血し、のたうち回る
「ああ…ぶあああぁぁあっぁっ……」
皺赤子は
(哀れだな……)
ディアスは目を逸らしたくなったが、じっと
そして何より、奴をここまで追い込んだのは自分だ。目を逸らすことは不誠実だと、ディアスは己の中で勝手に決めたルールに従った。
よくよく考えれば当然のことだが、ミュータントもまた生きているのだ。撃たれれば苦痛を感じるだろう、死は恐ろしいだろう。奴らが何を考えているかもわからず、人類と相容れぬ敵だとしても、生きているということに変わりはないのだ。
戦いの緊張から解放されたものの、またすぐにディアスの心に重いものがのしかかる。撃ったことではなく、相手をひとつの生物と認めず、ただ恐怖と怒りのままに撃ち貫いたことを、彼は何よりも恥じた。
「ミュータントって、何なんだろうな……」
特に誰に対していったわけでもなく、ただ吐き出したかった。
「私たちの敵よ」
後方のカーディルから、ぞっとするほど冷たい、無機質な声が返って来た。彼女はミュータントの人権、あるいは尊厳といったものを認めてなどいない。敵だから殺す。そんなシンプルな信念があるだけだ。
7年もの間ともに過ごし、一心同体といって過言ではない二人だが、ミュータントに対する認識だけは相容れることはなかった。それは二人のスタートラインからして大きな隔たりがあるからだ。
カーディルが犬蜘蛛にさらわれ、ディアスがひとり乗り込んでいったあの日。カーディルは暗闇の中で無数の子犬蜘蛛に貪り食われ、怒りと恐怖を植え付けられた。それは自分でも持て余すほどの、どす黒い衝動であった。
ディアスはその場を切り抜けるために子犬蜘蛛の死体を投げつけ、親子の情を利用するという恥ずべき行いをした。あの悲し気な赤い瞳は、ディアスの脳裏に罪の十字架として焼き付けられた。
お互いのことなら何でも知っている。心の傷も、体の傷も。ただミュータントに対する認識というこの一点だけは、意識して触れないようにしていた。いつか傷口が広がって、二人を引き裂く致命傷になるのではないか。そんな恐れがあった。
会話は続かない。沈黙のなかで、また二人はじっと皺赤子の様子を眺めるしかなかった。
やがて、異変が起きる。皺赤子が大人しくなったかと思えば、老婆の顔が赤黒く染まり、
また強酸性の血を吐き出すつもりか。カーディルは身を固くして、ディアスもまた主砲の発射装置を握り直す。だが、どうも敵は攻撃するつもりではなさそうだ。
老婆の
びしゃり。大型犬のような大きさの、うじ虫のようなものが地面に落ちた。そのうじ虫の先端に顔が付いている。若い男の顔だ。以前、人間の顔を取り込むトカゲ型ミュータントに出会ったことがあるが、あれのうじ虫版と考えていいだろう。
「うぇぇ……」
カーディルが思わず呻いた。あまりにも悪趣味、生命への冒涜。人類をあざ笑う悪魔たち。今日だけで何度、そんな感想を抱いただろう。
もうピクリとも動かなくなった皺赤子。老婆の口から残滓のように垂れ落ちる血を浴びながら、顔つきのうじ虫はもぞもぞと動き始めた。四つの突起ができる。それは少しずつ伸び出して、やがて手足ができた。それは今まで戦っていた皺赤子をそのままずっと小さくしたような、ミニ皺赤子となった。
「ディアス、わかっているわね?」
「ああ、奴を逃すつもりはないさ……」
あれがいつか成長して、今回のような大型ミュータントになるのだろうか?
わからない。ミュータントとは何者なのか。どこから来たのか。どうやって繁殖しているのか。あの若者の顔は何だというのか。何もわからなかった。
ただ一つはっきりと理解していることは、奴を逃すわけにはいかないということだけだ。
よちよちと四つん這いでどこかへと逃げ去ろうとする子皺赤子を追いかけ、片方残った機銃の射程に収めた。
殺される。そう理解したのか、敵は焦って手足をバタつかせるが、とても戦車から逃げ切れるスピードには程遠い。
(哀れだの、敬意を払いたいだのと口先だけで、結局やることはやる。俺は最低の偽善者だな……)
ディアスは少しだけ目を閉じて、感傷を追い払った。
発射。鉛玉の嵐が生まれたての柔肌に食い込み、破壊した。悲痛な叫びをあげる子皺赤子が肉塊へと変わるのに3秒とかからなかった。
一瞬だけ振り返った子皺赤子の、若者の顔が恐怖に引きつっていたようにも見えた。
それはディアスの罪悪感が見せた幻覚だったのか。あるいは事実であったのか。もう確かめようはなく、知りたくもなかった。
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