第99話

 ディアスはひとつの確信を得た。


 皺赤子の進化、あるいは増殖。それは自らコントロールしているものではないと。左足のふくらはぎから、さらに足が生える。これは強化どころか、かえって動きづらくなるだけだ。


 左足を吹き飛ばすこともできた。だがあえて大きく抉る程度にとどめたのは再生の法則を確かめるためだ。果たして、賭けはディアスに吉と出た。


「カーディル、次は右足だ!いくら再生しようと、片っ端から吹っ飛ばす!」


「オッケイ!」


 カーディルは何故、とは問わない。履帯を高速回転させ、大きく回り込んで右足が狙える位置に移動した。


 皺赤子も身をよじって方向転換しようとするが、いびつな形となった左足を上手く動かせずに戸惑っているようだ。その隙に右足に狙いをつけ、放つ。今度は完全に粉砕するつもりの一撃だ。


 狙いたがわず、砲弾は皺赤子の右足、すねに命中して吹き飛ばした。老人と老婆の口から呪詛じゅそのごとき呻き声が漏れる。すぐに切断面の肉が盛り上がり、皺だらけの足を形作った。恐らく、老婆の足であろう。


 ディアスたちは射撃結果の確認もそこそこに、すぐに離れて次弾の装填にはいった。


「よし、いける!勝てるぞ!」


 いつになく口数が多く、勇ましい言葉を吐き出すディアスであった。これはカーディルを励ますためであり、己を奮い立たせるためでもあった。二人とも、緊張の糸が途切れればその場で意識を失ってしまいそうなほど疲労していた。


 再び二つの口から強酸性の血液が吐き出されるが、


「そんな狼狽うろたえ弾なんかねぇ!」


 カーディルは叫び、容易にかわした。足に異常をきたし、バランスが取れない状態での攻撃などそうそう当たるものではない。


 さらに回り込み、砲撃。再生した右足を再度しつこく狙い吹き飛ばした。ぼたぼたと大量の血が垂れ落ちる。やがて、肉が盛り上がり足が生えてきた。今度は脛毛のびっしり生えたごつごつとした足だ。中年男性のものだろうか。


 皺赤子は凶暴化した、というよりは焦りはじめて無茶苦茶に暴れだした。顔を朱く染め、腕を振り回し、手当たり次第に岩を投げ始めた。


「ちょっ……これは、ちょっとぉ!」


 敵が冷静さを欠いてくれるのは望むところだが、ここまで暴れられるとそれはそれで厄介だ。泣き叫ぶ駄々っ子のように、意味もなく岩壁や地面を叩き、その場で転げ回ったりもした。老人と老婆の口から意味不明な叫びが放たれた。本当に意味などない、ただ暴れているだけだ。巻き込まれてはたまったものではない。


(泣き止むのを待っている余裕はない。ここは一気に勝負を決める!)


 暴風のごとき攻撃をすり抜け、右足を狙える位置につく。本体と、補充分。これで三本目であり、予測が正しければ再生の限界がくるはずだ。


(もしもこれで駄目だったら……?)


 そんな不安が脳裏をよぎる。すぐに否定した。そんなもの、撃ってから考えるべきことだ。


 息を吐き、止める。高まる集中力、静止した世界のなかで、ディアスは止めの一撃を放つ。


 右足、切断。


 これで終わってくれ。そんなディアスの願いを嘲笑わらうかのように、切断面の肉はもごもごとうごめき始めた。


(そんな、おい、止めてくれよ……)


 足が生えてきた。やはり奴は不死身だとでもいうのか。ぐにゃりとディアスの視界が歪む。痛いほどの耳鳴りと頭痛。見えざる漆黒の手に意識を捕まれ、沼に引きずり込まれるような感覚。これはまずい、そう自覚しながらも体が動かない。まるで夢の中で化け物に追われているかのように。


「ディアス、よく見て!あれは左足よ!」


 カーディルの叫びが、ディアスの意識を揺り戻した。


 左足とは何のことか? 退避しながらカメラで確認する。足の親指が外側に向いている。右足から、左足が生えるという奇妙な光景が映った。


 敵は不死身などではなく、ただストックが途切れていないだけ、そういうことだろうか?


(こうなったらもう一度、もう一度だ……ッ!)


 崩れ落ちそうになる体を、手をついてなんとかこらえた。震える右手で発射装置を握りしめる。絞りに絞った雑巾から、さらに水を一滴出そうとするような気持ちで気力を湧かせた。


 もう何度目だろうか、敵の投石と血の塊を躱し、狙えるポジションを取る。知らず知らずのうちに無間地獄むけんじごくに足を踏み入れているのではないか。ネガティブな妄想が絶えず脳裏に付きまとう。


「地獄ならとうに味わった! 怖いもんなんか何もねぇ!」


 ディアスは吠えた。そうだ、愛する者とただ死を待つだけの日々に比べれば、不死身の化け物がなんだというのだ。


 金、世間、社会。彼にとって恐ろしい化け物とはそれだけだ。


 やせ我慢、カラ元気のたぐいかもしれない。だが、確かに一瞬だけディアスの思考と視界は晴れ渡った。


 空気を切り裂き放たれる徹甲弾。先ほどと寸分違わぬ位置に打ち込まれ、そして右から生えた左足を粉砕した。


「ああ……ぶあぁぁぁぁ……ッ!」


 皺赤子は呻き、バランスを崩してその場に崩れ落ちた。傷口が蠢くが、ただそれだけであった。新たな足が生えることも、傷が塞がることもなかった。おびただしい出血が、大地に撒き散らされる。乾ききった地面とはいえ、この量を吸い取るには時間がかかりそうだ。


「よし……よぉし! カーディル、後退だ! このまま敵がくたばるのを待とう。もうやってられるか、畜生!」


「同感、こうなりゃスタコラサッサよ!」


 長く続いた緊張と、そこからの解放でテンションが若干おかしくなった二人であった。

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