第98話

 この世に不死身の生物など存在しない。規格外のミュータントといえど、必ず殺せるはずだ。


 だが理論的に可能であるということと、その手段が手元にあるかということはまったくの別問題である。


 今、21号は皺赤子しわあかごと付かず離れずの距離を保っている。近すぎれば投石や強酸性の血を食らうことになり、離れれば皺赤子がターゲットを変えて機動要塞へ向かうかもしれないからだ。


 運転はカーディルに全て任せている。手の空いた自分はせめて突破口を思いつかねばとディアスは焦るが、追い詰められた思考はただ空回りするだけであった。


 強敵に出会うことは何度もあった。戦車を破壊され、カーディルを担いで逃げ帰ったこともあった。そうしたときに感じたような、良くない流れだ。


 敵が頑強であるのは構わない、ミュータントとはそうしたものだ。倒れるまで何発でも撃ち込めばいい。問題は、何をやっても効果がないと感じてしまう場合だ。気を抜けば一瞬で命を刈り取られる戦場で、どうすればいいかわからないまま戦うことは桁違いのストレスがかかる。いっそのこと楽になってしまいたいという誘惑が脳裏によぎるくらいに。


 冗談ではない。自分一人でならばどんな惨めな死も受け入れよう。ハンターの死に様とはそうしたものだ。


 だがカーディルはどうか。ディアスが死ねば、彼女はその場で拳銃を掴み迷わず己に向けて撃つだろう。それは義肢を付けている場合の話だ。


 四肢を持たず荒野に放り出された時はどうすればいいのか。自害の手段さえ持たず、絶望に狂いのたうち回ることになるだろう。


 また生きたままミュータントに食われるかもしれない。悪意ある者に利用されるかもしれない。ディアスのいない世界で、たった一人。


 おかしな話ではあるが、ディアスはカーディルが死ぬことよりも、孤独にさせることを何より恐れた。


 ならばどうすればいいか。奴を倒すことだ。落ち着いて考えられるような状況ではない。それでも考え続けた。


 何度も激しく咳き込み、手で押さえた口元から胃液が漏れ出すが構わず考える。


 そして思考に引っ掛かったものがあった。奴の戦いの前の食事は、本当にただの腹ごしらえだったのか。敵の目の前で仲間を食らうなど、どう考えてもおかしい。奴はそこまで欲望に忠実で衝動しょうどうのままに生きる生物なのか。それでは知性があるのではないかという仮定と矛盾する。何らかの意味があった、そう考えたほうが自然であろう。


 皺赤子の傷口から生えてきた老婆の頭部、あれはひょっとすると最初に食った仲間のものではいだろうか?


 頭の中でパズルのピースがはまり出した。しかし、全体図のイメージは湧いてこない。それでもやるしかあるまい。


「待たせた、カーディル。これから反撃に移ろう」


「オッケイ! それで、これからどうすりゃいいかな?」


 ディアスは、皺赤子の後から生えてきた体は直前に食っていたものではないかという仮定を話した。それならば再生や変化にも限界があるのではないか、と。


 保証はない。ただいたずらに敵の進化を促し、手のつけられないキメラを生み出す結果となるかもしれない。


 それでもカーディルは、


「ガタガタ震えて逃げ回るより、なんぼかマシってもんよ!」


 と、疲れを押し隠した声で叫んだ。


 それを聞いてディアスの覚悟も決まった。


(パートナーとはいいものだ。俺一人ならとっくに折れていたかもしれない……)


 敵を出来る限り強化させず、再生の限界まで追い込むためにはどこを狙えばいいか。頭は論外だ。強酸性の血液を吐き出す攻撃が三方向、四方向になってはたまったものではない。いっそのこと、それで出血死でもしてくれればと思わぬでもないが、そこに賭けるには望みが薄く危険すぎる。


 腕もダメだ。先ほど投石を食らったばかりである。文字通り相手の手数を増やすことは危険極まりない行為だ。ならば……。


「足だ、ひたすら足をぶっ飛ばす!カーディル、狙える位置を取ってくれ!」


「了解!」


 足ならば数が増えたところで速度が上がるとも限らないだろう。


 多少強化されたところで、速度も旋回性能もこちらが上だという自信がある。戦うならば得意分野に引きずり込めばいい。


 履帯が高速回転を始め、石つぶてを弾き飛ばして敵の側面に回る。砲塔は旋回しないわけではないが、どうも動作が鈍い。ベストポジションを取るためにはどうしても動きが無駄に大きくなってしまう。側面を取るのと、皺赤子が口を開けたまま振り向くのは同時であった。例の、水道管が詰まるような音が響く。


(奴が酸を吐くより速く足を潰し、即座に離脱すればいい!)


 ここが勝負どころと見定めた。放たれた砲弾は乾いた空気を巻き込み突き進む。皺赤子の左足、そのふくらはぎをごっそりとえぐり取った。血と肉片がその場にびしゃびしゃと落ちて荒野を汚す。


 直後、老人の口から血の塊が吐き出された。


 ここでひとつの誤算があった。今度は山なりに吐き出すのではなく、唾を吐きかけるように勢いよく、真っ直ぐに飛んできたのである。


「マナーの悪いジジイめ!」


 これにカーディルは素早く反応してなんとかかわす。


 皺赤子はちょっと顔を動かして、今度は老婆の顔が正面に来た。すぐさま、弐の太刀が放たれる。


 これにはカーディルも完璧な反応とはいかず、21号の側面に少しだけ血を浴びてしまった。たちまち熱した鉄板に水を垂らしたような音をたてて、側面装甲が溶けだした。


 少しかかっただけでもこの有り様である。直撃していたら装甲に穴でも開いてしまうのではないか。さらに、上からまともにかぶれば中の人間ごと溶かされてしまうのではないか。


 躱すことが出来たのはカーディルの超反応があってこそであり、敵の足が抉れてバランスを崩した結果でもあった。偶然の要素が大きく、これからも避けられるという保証はない。


 ディアスの頭の中でまた思考の歯車がズレ始めた。膨大ぼうだいな火力をもって相手の再生限界まで持っていく、そのためには機動要塞も攻撃に参加してもらうことも考慮こうりょしていたのだが、皺赤子の酸攻撃がこれほど強力で素早いとなると、その計画は破棄せざるを得ない。機動要塞の鈍足では、あの血の塊は避けきれないだろう。


(火力と機動力を備えた戦力。つまりは俺たちだけでなんとかしなきゃならんというわけだ……)


 ヒット&アウェイが基本戦略である。次弾を装填しつつ全速で距離をとった。


 その間に、皺赤子の抉れた傷口にもこもこと肉が盛り上がり、新たな足が生えてきた。足から足が生えるといういびつな進化。その姿を目にしてディアスの顔に浮かぶものは脂汗と、不敵な笑みであった。


「もう少しだけ頑張ってくれ。この戦い、勝てるぞ」


 普段、あまり大口を叩かぬディアスであったが、今はっきりと勝てるといった。再生と進化を繰り返す大型のミュータントを相手にそう言い切ったのである。


 カーディルはその言葉を疑わなかった。位置関係からして、見えないと理解しながらも、力強く頷いてみせた。

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