腐敗するDNA

第95話

 ハンターたちの指揮所であり、移動手段でもある機動要塞。これにもしものことがあれば全員仲良く徒歩で帰らねばならない。戦車で5日間かかるような道のりを、ミュータントの徘徊はいかいする荒野で、野宿をしながらだ。


 故に、機動要塞の防衛は最重要任務である。


 名高き『女王機兵』が護衛ごえいに付くと聞いて同行したハンターたちは2つの意味で喜び歓迎した。遺跡探索の強力なライバルが減ったことと、帰りの心配がなくなるという意味で。


 護衛に立候補したとき、ディアスは相変わらずの淡々とした口調であった。お宝を諦めてやるのだから分け前をよこせ、などということもしない。室内では己の能力を発揮できないからと、それだけである。


 あまりのいさぎよさにハンターたちは何か裏があるのではないか、残ったほうが得なのではないかと勘ぐったが、結局は宝探しのチャンスを疑わしいというあやふやな理由だけで諦めるわけにもいかず、首を捻りながら探索へと向かうのであった。


 彼らが理解できないのも無理はない。ディアスの頭にあるものは、カーディルとのんびりすごしたいというただ一点のみである。




 照り付ける太陽。乾いた空気。どこまでも広がる砂地から立ち上る陽炎。命の気配を感じぬ死の大地。


 機動要塞、ディアスたちの愛車21号、そしてノーマンが乗っていた戦車、これらはいつでも動けるようエンジンをかけたままだ。


 ノーマンの戦車にはロベルト商会の職員が乗っている。戦うことはできないが、ミュータントが現れたときに安全な位置へと移動するためだ。アイザックのバイクは機動要塞内に格納してある。




 ぶぅん、とクーラーが唸りをあげる21号の車内。ディアスはカーディルと向き合う形で抱きかかえていた。義肢は付けていない。


 カーディルはジャケットの前をはだけて白い肌を惜しげも無く晒している。ディアスはその乳房に顔をうずめて、じっと目をつぶっていた。


 互いに汗ばんではいたがそれを不快とは感じず、むしろ肌を密着させるためのよいアクセントだ、くらいに考えていた。


「う、ん……ッ」


 ディアスの熱い吐息を受けるたびに、カーディルは身をよじり黒髪を振り乱した。本当に、幸せな時間だ。


 走行中に妙なことをするわけにはいかず、休憩中も戦車の外に人が多すぎて落ち着かない。2人だけの時間は本当に久しぶりだ。正確に言えば機動要塞が後方に控え、休憩時間ではなく警戒中なのだが、もはやそんなことはどうでもいい。


(馬鹿どもがいなくなってようやく楽しめるわ。5日も何もしていないとか、どこの修行僧だってぇの……)


 カーディルにとって、ディアスと肌を重ねその熱を確かめることはただの助平根性からくるものではない。精神を安定させるための儀式でもある。


 常に心のどこかでミュータントの影に怯える彼女にとって、パートナーの存在を身近に感じることが安心に繋がるのだ。


 安心する。愛している。ディアスもきっと同じ気持ちでいてくれるだろう。


 と、思いきや、彼は先ほどから落ち着かぬ様子でちらちらと別の所を気にしている素振りをみせる。その視線を追うと、そこにあるものはぐるぐると回る円形のレーダーだ。


「くぉら!」


 ごん、と鈍い音が響く。カーディルの頭突きがディアスのひたいに直撃したのだ。


「あなたね、私よりもレーダーが気になるの?」


「いや、もちろんレーダーよりも君の方がずっと魅力的だよ」


「比べられても嬉しくなぁい……」


 どこかズレた回答だが、ディアスとはそういう奴だと誰よりも理解しているだけに、カーディルは返答に困った。警備中にレーダーを気にして何が悪いかと聞かれれば、その通りだとしか言いようがないのだ。


「すまない、つまらないことを言っているという自覚はある。ただ何というか、こうした穏やかな2人の生活を、ミュータントの奇襲で終わらせるようなことだけはしたくないんだ。もし手放すことになったらと思うと、どうにも不安でね……」


 ディアスがカーディルを見ていないわけでも、ないがしろにしているわけでもない。彼の言っていることは正しい、それはわかっているのだが……。


 カーディルはふぅと息をついて、あごをディアスの肩に乗せた。


「でもね、こんな気持ちのまま警備ってわけにもいかないじゃない。ここはもう、一回やることやってから、後は集中して警戒するっていうのは、どう……?」


 つややかな声が、ディアスの耳朶じだをくすぐる。ディアスは少しだけ考えて、あるいは考えるふりをしてから


「よし、それだ」


 と、力強く頷いた。


 背に回した腕に軽く力を込めて抱き寄せ、少しだけ目を閉じる。それから体を離して見つめ、微笑みあった。


 発射角よし。ディアスはカーディルのわきに手を差し入れ、ひょいと持ち上げた。まさに、その瞬間である。


 レーダーが嫉妬しっとしたわけでもあるまいが、けたたましい警告音が狭い車内に鳴り響く。以前もこんなふうに中断させられたことがあったな、と半ばあきらめ気味に思い出した。ロベルトに関わるといつもこうなのだろうか。


「まことに、遺憾いかんである……ッ」


 このままカーディルを真下にすとんと落としてやりたい衝動を、歯を食いしばって耐えた。位置をずらして、彼女をまた膝の上に乗せる。


 カーディルの肩越しにレーダーを見ると、発光する3つの点が近づいていた。敵は3体、とても片手間で相手をできるような状況ではない。


「すまない……」


 何に対してかよくわからないような詫びの言葉を口にしつつ、ディアスはカーディルの衣服を整え、後部座席に乗せた。慣れた手つきでチューブを取り付け、ゴーグルを被せる。


 その間、カーディルは無言であった。ぎゅっとつぶったまぶたがぴくぴくと小刻みに震えている。


「ディアスくん、敵が来ているぞ!全部新型だ!」


 通信機から飛び出すマルコの声。新型を間近で見られることで心なしか興奮しているようだ。


 外に出るたびにひどい目に遭っているような気がするが、この男の脳内に反省とか後悔といった概念がいねんは詰まっていないようである。好奇心は、全てに優先する。


「こちらでも確認しました。すぐに片付けます」


 おや、とマルコはディアスの口調に違和感を覚えた。片付ける、といったか。


 常に初心者のように怯え、油断せずに身構え、自戒じかいの意味もあって強い言葉を使わぬようにしていたはずだ。それが今回はやけに強気である。


 この変化が吉と出るか凶と出るかはわからないが、マルコとしては


(面白くなってきた……)


 と、ほくそ笑みたくなるような展開であった。


 そんな2人のやりとりを眺めながら、カーディルはぼんやりと考えていた。


 賢者タイムの反対は、阿修羅タイムとでも呼べばいいのだろうか。少なくとも今の私たちにはふさわしいように思える、と。

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