第92話
「おい、誰かいるのかぁ?」
背後から聞こえる下品な大声。ノーマンは口から胃袋が出そうなほどに驚き、飛び上がった。
熱心に観察していたエロデータのケースを手放し、素早くマシンガンを構えて振り返った。彼の
声が聞こえた方向、ドアの付近をヘッドライトで照らし出す。光の中に直立するのは身長2メートルを超える大男だ。
敵意は無いというアピールなのか、背に回した大型ライフルはそのままで右手を前に突き出している。
「おいおい、仲間に銃を突きつけるのはマナー違反だぜ坊や」
こんな状況で、余裕たっぷりに男はいった。
確かにその通りなのだが、最初に脅かしてきたのは向こうのほうだ。特に謝罪するでもなく、されるでもなく、ノーマンは無言で銃を下ろした。
「わざわざ地下に来る奴なんか俺以外にいないと思ったんだがねぇ。欲深いやつはどこにでもいるもんだ。ま、この部屋はお前さんが先にツバつけたっていうなら邪魔はしねぇよ」
軽い言葉とは
ノーマンは何かを思い出したように彼を呼び止めた。
「あんたひょっとして、アイザックか?」
大男はピュウと口笛を吹きならした。同意、肯定ということでいいのだろう。
「俺も有名になったもんだな。サインは事務所を通してくれよ」
「ディアスから聞いた。生身でミュータントと対峙するなら、あれほど頼りになる男はいない、と」
アイザックのつまらない冗談をさらりと聞き流してノーマンが説明すると、アイザックはその
「あのミスター
うれしい。
アイザックにとって、ディアスは恩人であり、尊敬できるよき戦友だ。だが正直なところ、好意を抱く一方で
丸子製作所に出入りするハンターのなかで、ディアスたちこそナンバーワンであり、他の
厄介ごとが起きたときに執務室に呼ばれるのは決まってディアスだけである。
ディアスたちは特殊な戦車に乗っており、アイザックはバイクを自由きままに乗り回しているので、戦力に差が出るのは当然といえば当然だが、心にしこりが残るのもまた仕方のないことであった。彼もまた、プライド高きハンターである。
そんな中、状況が限定されているとはいえアイザックの方が優れているところがあるとディアスが認めたのだ。どうしても顔が緩んでしまうのを止めることはできなかった。
「それで、ひとつ相談があるんだが……」
「うん?」
「探索、一緒にやってくれないか」
ノーマンの提案に、さてどうしたものかとアイザックは思案した。
この少年がノーマンをいう名で、ロベルトの息子であるということは噂程度に聞いている。逆にいえば、それ以外の特徴は聞こえてこなかったので実力という部分で特に見るべきところはないということだろうか。
ここで気になることがひとつ。ディアスはどういうつもりでこの坊やにアイザックの話などしたのだろうか。向こうから協力を求めてきたということは、ディアスが何か言い含めた可能性が高い。
経験の浅いノーマンにとって、ベテランのハンターを味方につけることは大いに勉強になるだろうし、生存率を高めることにもなるだろう。
では、アイザックにメリットはあるのか。
ロベルト商会と個人的な繋がりを持つべき、ということだろうか。
街のお偉いさんとパイプができるのはいいことだろうが、面倒なしがらみが増えるのは遠慮したいところであった。
あるいは単に、この坊やを犬死させたくなかっただけか。ディアスのことだ、どちらもあり得る。色々考察しておいてなんだが、何も考えていなかったパターンだってありそうだ。
(あいつにとって世界とは、カーディル、仲間、それ以外。だからなぁ……)
先ほど、仕方がなかったとはいえ銃を突き付けられたことも気分のいいものではない。どうしたものかととりあえず近づくと、ノーマンの足元に四角いケースを発見した。
「なんだい、こりゃあ?」
「あ、待て!それは……ッ」
拾い上げると、そこにはセーラー服を着崩した半裸の女が載っていた。裏を確かめる、タイトルを読む。どう見てもエロデータだ。
(なるほど、こいつをじっくり眺めていた時に俺が声をかけちまったわけか。そいつは悪いことをしたなぁ……)
男として、その気持ちはよく理解できるアイザックであった。銃を向けられたことについては、いつの間にかどうでもよくなっていた。
(俺はもうすっかり
なぜか優しい
「いや待て!俺はこいつをどう処分するべきか考えていたんだ!」
「処分?なんでぇ?」
「こんな下劣で低俗な物、実の親父に提出できるか!」
「その下劣なものを見て喜ぶのが男ってもんだろう?よく見ろ、いい身体しているじゃねぇか。ぷるんぷるんだぞ」
ぬぅ、と唸ったきり黙り込んだノーマン。言いたいことは色々あるが言葉にならない、そんなところだろう。
「判断に迷ったときは基本に返れ。ここで拾ったものは指揮所に提出する、それでいいじゃねぇか。それとも、俺が代わりに出してやろうか?パパに見せるのが恥ずかしいならさ」
ノーマンは無言でアイザックの手からケースを取り上げた。気まずいのは確かだが、他人に預けるのもまたハンターとしていかがなものかと思ったのだ。
「俺が見つけた物だ。俺が出す」
「そうかい?ああ、それがいい」
ノーマンがケースをウエストポーチにしまい込むのを見届けてから、アイザックは優し気な声でいった。
「こういうのはな、意外と旧世紀の文化を知るための資料になったりするんだよ。あまり馬鹿にしたもんじゃないぜ」
「文化の香りと呼ぶにはイカ臭いがな」
「
そういって笑いあう2人であった。
(つまらん坊やと思っていたが、なかなか話せるじゃねぇか……)
先ほどの共闘の申し出についてはどうしたものかとアイザックは考える。
アイザックは基本的に1人で動く。それが一番気楽であるし、そうした戦い方が身についているのだ。
効率が悪いと理解はしているが、人間関係でもめるよりはずっとマシだ。以前、気にかけていたダドリーたちが最悪の結末を迎えた。その
ノーマンを仲間に加えたところで足手まといになる可能性の方が高いだろう。それは彼の実力不足のせいでもあり、アイザックの連携不足によるものでもあり。
しかし、しかしだ。ここで見捨てていいものだろうか。そのうち考えること自体が面倒になってきた。
(メリットだ戦力だと、らしくねぇことをグチグチと!俺はこのどすけべ坊やが嫌いじゃない。それだけでいいだろ)
決めた。よし、と頷いて
「今日、遺跡を出るまで即席パーティってことで、よろしくな」
そういって右手を挙げる。
とりあえず1日限定。あとは流れで、という提案だ。ノーマンは少し考え込んでいたが、やがて納得したのか、力強く頷いてみせた。
気の合う仲間などそうそう見つかるものではない。まずは1日、それは慎重なハンターとして当然の判断かもしれない。こちらの提案に見向きもせずに突っぱねたりはしなかった。それだけで充分と考えるべきか。
「知っているだろうが改めて名乗ろう。俺はノーマン。やがて街で最強のハンターになる男だ」
生意気な坊やだ。おまけに滑っている。そう思いつつも、アイザックは不快には感じなかった。ハンターとは、そして若者とは上を見て歩くものだ。
この時、何故かノーマンの顔がダドリーと重なって見えた。ディアスたちに対抗意識を燃やす前は、あいつもこんな風に笑う男ではなかったか。
あいつを止めることはできなかった。忠告は全て無駄になった。あいつは人として、男として、ハンターとして、決して許されぬことをした。
今、あいつと同じように自信たっぷりの坊やを一人前になるまで見守ってやることで、自分の中で何かが変わるかもしれない。
仕方がないから付き合ってやろうという消極的な姿勢が、やってやるぞという気分に切り替わった。
「俺はアイザック。白兵戦最強の男だ」
空中で右こぶしを合わせる2人。これで相棒の挨拶は完了だ。
(格好つけてはいるが、こいつのポーチにエロデータが入っているんだよな……)
想像して吹きだしそうになるのをこらえるアイザックを、ノーマンは
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