第91話

 暗闇の中を、割れた窓から入る光とヘッドライトを頼りに歩く。


 遠くからハンターたちの奇声と、机をひっくり返し棚を破壊する音が響いて伝わってきた。


 ノーマンはふと気になった。お宝の回収に来たはいいものの、あいつらに物の価値などわかるのだろうか、と。所詮しょせんハンターなど、戦車に乗った山賊と、戦車に乗っていない山賊の二種類しかいないのだ。


 父ロベルトと、その悪友ともいえるマルコの望みは技術であり、データだ。金銀財宝などではない。もっとも、財宝などあるはずもないが。


(本とかデータディスクとか、そういうのが狙い目だな……)


 喧騒けんそうを後に、砂ぼこりをブーツにからませながら前へと進む。


 ヘッドライトの中にドアが浮かび上がるが、黒スプレーで大きくバツ印が書かれてあった。調査済み、そういうことだろう。


 エレベータルームに入り、スイッチを押してみる。当然、反応は無い。


(電気が来ていないんだから、そりゃそうだ)


 不思議とエレベータが動き始め、自分だけが特別な世界へ連れていかれる。そんなメルヘンを頭の片隅に置いていたことに、我ながら苦笑いしか浮かばない。


(エレベータの近くにはあれがあるはずだよな……)


 探すまでも無く、非常階段はすぐに見つかった。


 このフロアは先行者たちに荒らしまわられ、調査がやりづらくなった。


 成果を出すには誰も手を付けていない所に行くべきだが、あまり突出しすぎると道に迷ったり、不慮ふりょの事故が起こったさいに助けを呼べなくなってしまう。


 上か、下か。上階はおそらく、気の早い奴が何人か向かっていることだろう。ならば向かうべきはひとつ。


 ヘッドライトに照らされた下り階段。外周から光が入ることもなく、息苦しさを感じるであろうそれはまるで、生きながらにして地獄へ通じる道のように思えた。


 意を決し、一歩前へ。り足のような歩き方で、慎重に進む。たったひとフロア降りただけで息苦しさが倍増したかのようだ。


 エレベータホールを出て、手近なドアを蹴とばして突入した。マシンガンを構え周囲を警戒する。大袈裟なのかもしれない。いや、後になって笑い話になるくらいでちょうどいいだろう。そう考えることで気を引き締めた。


 誰もいないことを確認し、耳が痛くなるほどの静寂が戻ると、ある種の感動のようなものが湧き上がって来た。


(ここは誰も入ったことが無い部屋で、俺が好きにしていいわけだ……)


 これこそ宝探しの醍醐味だいごみであり、ハンターの特権だ。あの好き勝手に生きている親父でさえ味わったことのない感覚だろう。


 なんとなく、地上よりも地下の方が保存状態が良いような気がする。前向きな思考を用意してから、さっそく調査に入った。


 埃や蜘蛛の巣が積もり積もっているが、机や棚は整然と並べられて、荒らされたような形跡はない。学校の教室ふたつ分くらいの大きなオフィスだ。


 さぞかし調査のし甲斐があるだろうと意気込んで引き出しを開けてみるものの、中身はどれも空っぽか、ガラクタが入っているだけだった。


(他に調査隊が入った形跡もないし、旧世紀にここを使っていた奴らは夜逃げでもしたのかな……)


 部屋の隅に目を移すと、積み重なり紐でくくられた本の束があった。整理の後、放置されたものとしては、いかにもといったところだ。


 例えこの部屋にめぼしいお宝が無かったとしても、あれを持ち帰れば一応の手土産にはなりそうだ。どう転んでも無駄足にはならない。安心して引き出しを漁る作業を再開した。


 ガラクタ、空っぽ、がらくた。たまに見かける書類は、何を発注したとか納品したとかで、他人が読んで面白いものではない。


 経済学者などはこういったものから当時の生活を連想して楽しむことができるのかもしれないが、生憎あいにくとノーマンにそんな知識も余裕もなかった。


 割れたディスプレイなども見かけたが


(これ、リサイクルとかできるのか?ゴミだかお宝だか区別がつかないな……)


 地上で騒ぎ立てるハンターたちを物の価値もわからぬ山賊だと揶揄やゆしていたが、いざ1人で現場に放り出されるとわからないことだらけであった。


 本の束を持って一度戻るべきだろうか?


 心が冷めていくのを実感しながら、惰性だせいで引き出しを開けて回った。もしも残った机の中に重要なものがあったらと考えると、放置するのは気持ち悪い。精神衛生上よろしくない。こうしたことを、まぁいいかで済ませられない性分しょうぶんであった。


 ふと、ノーマンの動きが止まった。


 引き出しの中にポツンと置かれた四角いケース。多少、色褪せてはいるがパッケージの内容はよくわかった。一目で理解した。中央に位置する半裸の、扇情的せんじょうてきなポーズをとった女性。


(いやいやいやいや、おかしいだろ。ここはオフィスじゃないのか。皆で集まってお仕事する場所じゃないのか。なんでこんなものが、何で?この机に向かっていた奴はアホなの?アホだろ)


 裏を見る。もう一度表を見る。それを何度も繰り返す。どう考えてもエロビデオである。開けてみると、そこには確かに円盤状のデータディスクがまばゆい存在感を放っていた。


 ミュータントの巣になっているかもしれない廃墟の中で、マシンガンを肩にかけ、ヘッドライトの灯りを頼りにエロビデオのケースをじっくり確かめる若きハンター。


 何もかもがシュールな光景であった。


(ここで見つけた物はなんであれ一度、機動要塞の指揮所に提出する決まりになっているわけだけどさ。え、俺、実の父親に『お宝です』ってエロビデオを渡さなきゃいかないの?お宝ってそういう意味?)


 困惑の表情を浮かべながらも、捨てるという選択肢は彼の中に無かった。

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