第90話

 予め話には聞いていた。レーダーで位置も確認していた。それでも実際に遺跡が見つかると、機動要塞のなかで歓声が沸き上がった。


 ロベルト商会の職員たち、遺跡探索の為に同乗している十数名の雇われハンターたち。その目的は富か、名誉か、学術的発見かで様々であったが、誰もが興奮に包まれていた。


「おかしいことは何もない。ここを見つけた奴はただ迷って通りがかっただけだが、調査に来たのは俺たちが初めてだ」


 ロベルトはそういって満足げに笑っている。マルコも興奮を抑えきれなかった。


(来た来た来た! これだよ! ようやく戻って来たよ、僕の情熱ってやつが!)


 実に、街を発して5日目のことである。


「水や食料は1カ月分積んであります。ここに来るまでに5日、戻るのにも5日と考えて、さらに少し余裕を持たせて……そうですね、滞在期間は最長で2週間ほどでいかがでしょう」


 シーラは手元の資料を見ながら淡々と語る。


「なぁに、遺跡の調査である程度くたばるから、食料にはもう少し余裕が出るさ」


 と、ロベルトは悪趣味なジョークで大笑いした。


 さすがにこれはハンターたちも気を悪くするのではないか。そう思ってシーラはあたりを見回すが、彼らは愛用の銃器を誇らしげに掲げ、にやにやと笑っていた。


 どうもハンターという人種は何があっても自分だけは死なないという謎の自信を持っているらしい。凶悪なミュータントも、仲間の無残な死にざまも何度も見てきたことだろう。それでもなお、どこか他人事のような、心の中に一枚の膜を張っているようなところがある。


 そうでなければハンターなぞやっていられないのかもしれないが。


(どうしようもない連中ね……)


 シーラは心中で大きなため息をついた。弟もいつか、こいつらと同じような顔をするようになるのだろうか。心の母と思い定めたカーディルも彼らと同じだというのか。あまり認めたくはなかった。


 ロベルトの号令一下ごうれいいっか、奇声をあげて飛び出すハンターたちの背を見送るシーラの表情は、どこか憂鬱ゆううつなものであった。




 それは本来、天を突き、雲をかすめるが如き超高層ビルであったのだろう。今はその半分以上が砂に埋もれ、姿を現しているのは30階分ほどだ。


 窓ガラスは全て割れ、壁も所々崩れ落ちている。役目を終えた廃墟、旧世紀の遺物。それでもなお見る者に、これほどのものを創りあげたのだという人類の英知を感じさせずにはいられなかった。


 若く多感なノーマンなどは感動し、恐怖も緊張も忘れてしばし呆然と見上げていたほどだ。


 彼は他のハンターたちより少し出遅れていた。遺跡に見入っていたこともあるが、直前でヘッドライトのバッテリーが切れていることに気付いたのだ。


 どうやら収納庫に入れていたものが何かのはずみでスイッチが入り、そのままライトが点けっぱなしになっていたらしい。


 バッテリーの交換に手間取るノーマンを置いて、仲間2人はさっさと遺跡へ向かってしまった。この一件で呆れ見限ったというより、最初から別れるタイミングを見計らっていたように思えた。


(俺と一緒に行動して何か重要なものを見つけたとしても、ロベルトの息子とその仲間たち、という扱いにしかならないかもしれない。手柄にはやるあいつらがそう考えたとしても無理はないかもな……)


 ひょっとすると、ヘッドライトのスイッチを入れたのもあいつらかもしれない。惨めな気分になって、涙がジワリと浮かびそうになった。


(えぇい、負けるな俺!全ては結果、結果を出すんだ!)


 己を奮い立たせるように、愛用のマシンガンを無造作に掴んで戦車のハッチから飛び出た。


 容赦なく降り注ぐ太陽光に目を細めながら、せかせかと早足で遺跡に向かう。その途中で、2人の男女を細めた視界の端に捉えた。


 それぞれの得物を担いで意気揚々いきようようと遺跡に突撃するハンターたちを、戦車に背をあずけてどこか冷めた眼で見送る2人。ディアスとカーディルであった。


 雇い主であるロベルトの手綱が解き放たれ、誰もが先を争っている。気の早い奴らなど、道を譲るの譲らないのでさっそく喧嘩を始めていた。そんな状況でのんびりと見送っている理由はなんであろうか。遅れていく方がメリットがあるのか。


「おい、お前らは行かないのか」


 と、気になって声をかけると、カーディルは義手をひらひらと振ってみせた。


「私たちはお留守番よ。気にせず楽しんでいってらっしゃいな」


 確かに誰も外に残らないというわけにはいかないだろう。戻ってきたら戦車も機動要塞もミュータントに潰されていました、ではシャレにならない。


 しかし、儲けるチャンスをわざわざ捨てて留守番を志願するとはどういうことだろうか。首をかしげるノーマンに、今度はディアスが相変わらずの無表情で答えた。指先でこんこんと装甲を叩く。


「俺の特技は狙撃で、カーディルの特技は戦車の操縦。どちらも室内で発揮できるものじゃない。得意分野を外して適当な成果しか出せないくらいなら、留守番のほうがずっといい。そういうことだ」


 道理である。しかしノーマンは厄介なライバルが減ったと喜ぶよりも、頼りになりそうな奴が減ったことに不安を覚えた。


 そんな不安を読み取ったか、ディアスがぼそりと呟いた。


「余計なお世話かもしれないが……」


「な、なんだよ?」


「探索中に何かあったらアイザックを頼れ、義手を付けた大男だ。白兵戦であれほど頼れる奴はいない。ディアスがそう言っていたと伝えれば多分、協力してくれるだろう」


「多分、ってそんな無責任な……」


「戦場で自分の命に責任を持てるのは自分だけさ」


 正論であり、こんな話をしてくれたのは親切心からであろう。だが素直にありがたいと思えないのはどういうことか。


 それは恐らく、この男の言い方に原因がある。


『言うべきことは言った。あとは勝手にしろ』


 そんな風に突き放されているように聞こえるのだ。カーディル以外の人間に好かれようが嫌われようがどうでもいいという、彼の歪んだ人生観の表れである。


 ノーマンは戦車の受け取りの為に何度か丸子製作所に足を運んだことがある。その際、討伐数1位で神経接続式戦車なるものを操る連中はどういう奴なんだと整備士たちに聞いたのだが、返ってくる答えは大抵が


『いい奴なんだけどさぁ……』


 と、言葉を濁したものだった。当時は疑問に思ったものだが、今ならその気持ちがよくわかった。


 ディアスは右手を挙げて敬礼のまねごとをしてみせた。


 左手はどこに行ったかというと、カーディルのなめらかな尻をまさぐっていた。これも無表情のままである。


 カーディルもこれを避けるどころか、甘える猫のように身を摺り寄せている。


(本当にもう、なんなんだよこいつら!?)


 考えても無駄であり、考える暇も無い。ノーマンは


「どうも」


 それだけ言って、遺跡に向けて突き進んだ。他に言いようがない。


 ノーマンもまた、ディアスたちについて聞かれたときは眉をひそめて


『いい奴なんだけどさぁ……』


 と、答えることになるだろう。




 半ば埋もれた高層ビルに、当然正面入り口など存在しない。アポイントも無しにガラスの割れた窓からマシンガンを構えて侵入する。


 ヘッドライトを点けると、ぼんやりとした光の輪の中に荒れた室内が浮かび上がった。破壊された机や棚に、ほこりと砂が積もっている。


 埃臭さのなかに、腐った血と獣の体臭のようなものが混じっていた。


 遺跡はミュータントの巣になっているものだという例に漏れないようだ。確かに、ここには何かがいる。


 息を大きく吸い込むとむせてしまいそうなので、細く長く呼吸をしながらマシンガンをぎゅっと強く握り直した。流れる汗に埃と臭いが混じりそうな感覚に不快感を覚える。


 ノーマンは、不快感と恐怖の他に、己の中にある不思議な感情が湧き出ていることに気が付いた。それは怒りだ。


 このビルをどうやって建てたのかそれはわからないが、とても簡単なものではなかっただろう。文字通り、人類が積み重ねてきたものなのだ。


 それをミュータントどもが我が物顔で占領し、荒らしまわっていることが気に入らなかった。人間とミュータントが殺し合うのはただの生存競争で、恨みつらみを持つべきではないかもしれない。ただ、ミュータントに舐められることだけは許しがたいことであった。


「へっ、俺も意外にロマンチストだ……」


 死と隣り合わせの状況で軽口が出る。それは彼がハンターとして一歩踏み出した証なのか。泥沼に足を突っ込んだ結果なのか。

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