閉ざされた街

第86話

 中央議会。それは市民から吸い上げた富と資源を分け合い、うばい合う悪党どもの社交場。天を伏魔殿ふくまでん


「おぉい、マルコ!」


 定例議会を終え、帰路きろにつくマルコの背に呼びかけ引き止めるのは、議会の中でも特に大きな力を持つ商会の総帥、ロベルトであった。


 少し下がったところにロベルトの秘書であり愛娘であるシーラが控えており、マルコと目が合うと軽く、優雅ゆうがな仕草でお辞儀をした。


 ロベルトは大事な取引相手であり、権力闘争を生き抜くための頼もしい仲間であるが、正直なところこのときばかりは


(面倒な奴に捕まった……)


 と、いう感想しか出てこないマルコであった。




 ダドリーたちが引き起こしたあの悲劇からはや1カ月。マルコはずっと気の晴れぬ思いであった。


 神経接続式戦車は深い愛情なくして動かない、というカーディルの言葉が重しのようにのしかかり、これからの兵器開発の方向性を見失っていたのだ。


(完璧な機械、完璧なプログラムは完璧に動く。それに対して人間はどうだ、不合理で不条理で、わけのわからんことばかりしやがって。コアが1人にサポートが1人か2人。それで問題なく運用できるだろ。何で人間関係がどうのこうのと、そんなことまで気にしなきゃいけないんだよ、アホか!?)


 正しく使えば正しく動く。それなのに、乗り手の人間性を考慮こうりょしなかったことをミスだと言われて素直に納得できるものではなかった。


 しかし、反乱が起こってしまったこともまた事実であり、同じようなことをすればまた同じ事故が起こるかもしれない。


 見えている脅威に対して、無視するという選択肢はあり得ないのだ。


 この1カ月、ディアスを執務室に呼ぶこともなければ仕事の依頼もしていない。彼らは好きなようにミュータントを狩っている。兵器開発の方向性が定まっていないのでデータの集めようがないのだ。


 マルコは自身の中で、兵器開発やミュータントに対する情熱が冷めているという自覚があった。冷めているということに焦燥感しょうそうかんを抱いていた。


(このまま、何の興味も持てなくなってしまうのか……?)


 なにかしなければならない。そう思いつつも時間は無為むいに過ぎてゆく。例えるならばネタも無く原稿用紙をにらみ付ける小説家の心境といったところか。


 先の1件でディアスとの関係が悪化したとも思わないが、話しかけようにも特に用事はない。


 2人ともに雑談を好むようなタイプではなく、基本的に用もないのに話しかけるといったことができない人間だ。こうして、なんとなくだが時間の溝のようなものができてしまった。


 ロベルトに呼び止められたのは、そんな欝々うつうつとした気分を抱えていた時であった。




「よう、マルコ。最近アレはやっているか?えぇと、アレだ、アレ」


 咄嗟とっさに言葉が出てこないらしい。さて、この男が求めるアレとは何かとしばし考えた。


「女、ですか……?」


「なんで俺がお前に女衒ぜげんのまねごとを頼まねばならんのだ。それと一応、娘の前だからな?」


 合体しながら部下の報告を聞くような武勇伝を持つ男がいまさら何を。そう思わぬでもなかったが、指摘して泥沼にはまるような愚を犯すつもりもなく黙っていた。


 では、ロベルトのいうアレとは何かと思考を再開したところで、どうやら本人が思い出したようだ。


「そうだアレだ、記録映像だ。ミュータント討伐の映像、新作はないのか?」


「撮影班を連れていくとなるとやはり危険が大きいもので、最近はやっていませんね」


「なんだつまらん。ミュータントを見るにはまた俺自身で出るしかないのか」


 深夜の荒野で立ち往生というろくでもない目に遭っておきながら、りない人だ。マルコは心中で苦笑した。


(僕とこの人は似た者同士なのかもしれないな……)


 マルコもデータ収集と称して何度か荒野に出て、その度に死ぬような目に遭ってきた。そんな共感が、マルコの油断を呼んだ。


「最近といえば、神経接続式戦車同士の戦いがあったくらいですかね……」


 口が滑った。そう感じたのはまさに口を開いている最中さなかであった。


「お、お?何だいそりゃあ?」


 ロベルトは好奇心旺盛な少年のように目を輝かせ、身を乗り出して食いついてきた。こうして、適当にあしらってさっさと帰ろうというマルコの目論見もくろみもろくも崩れ去ったのだ。


「あ、いえ。これは撮影班を出したわけではなく、ディアス君たちの戦車からの一人称視点ですから。他人様にお見せできるような面白いものでは、ないですよ?」


「いいから、そんなこといいから。それで、そのデータはどこにあるんだ?今持っているのか?」


「さすがに持ち歩いたりはしませんよ。僕の執務室の、パソコンの中に」


「よし、それじゃあこれからお前の所に行こう」


 学校帰りに友達の家に寄るから。完全にそんなノリであった。これが人口300万都市、その最高権力者に列する2人の会話であった。


「そういうことでよろしくな!あ、シーラ。午後の予定は全部キャンセルだ」


 マルコの肩を抱きながら振り返り、勝手なことを言い出すロベルト。その視線の先にあるシーラは能面のような顔を静かに振った。


「ロベルト様、さすがに全てキャンセルとはまいりません」


「むぅ……」


「ですので、急ぎの要件がある者は丸子製作所へ向かうよう申し付けておきます」


 主人の意を汲んだ回答に、ロベルトはにやりと笑って


「いいぞ、最高だ」


 よくねえよ。心中で毒づくマルコを強引に引っ張ってロベルトは突き進んでゆく。マルコはロベルトより20は若いはずだが、このあふれ出るバイタリティにはかないそうにない。


 しばらくはこの初老のガキ大将に従うほかはなさそうだ。




 もつれて歩く2人の後を数歩下がってシーラがついてゆく。その口元に、わずかな笑みが浮かんだ。


 愛すべきか軽蔑けいべつすべきかよくわからない父親だが、こうして友達(?)と仲良くしている姿を見るのは、悪い気はしない。

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