第87話

 2人の男が身を寄せ合ってモニターをのぞき込んでいた。モニターの中の景色は激しく、めまぐるしく動き回る。


 1両の戦車を追いかけ、旋回し砲撃し、敵の砲撃をかわしてまた突撃する。搭乗者の息遣いきづかいが聞こえてきそうなほど迫力のある映像に、おしゃべりのロベルトが軽口を忘れて見入っていた。


 この映像を何度も見ているはずのマルコも、いま改めて戦車の動きに見入っていた。人と戦車が融合し命を削り合う姿を美しいとすら感じる。


(しかし欲しいな、そして惜しいな、この力。是非とも量産して支配下に置きたいところだが……)


 マルコとディアスたちの関係はいわば義理であり、ただの取引相手だ。正式な主従関係ではない。これだけの性能を発揮する戦車が曖昧あいまいな関係の1両だけ。それで満足できるはずもなかった。


 成り行きとはいえ、この映像をロベルトに見せたのは失敗ではなかろうか。一時でも目を離すことが惜しいような気持ちを振り切って、ロベルトの様子を確かめる。相変わらず興奮してモニターにかじりついていた。


 この戦車をどうしたいのか、そういった意図は読み取れなかった。


 巨大な装甲車、機動要塞を造って乗り回すようなへんたいだ。この映像を見て神経接続式戦車の性能を改めて知り、動かないはずがない。


 いや、現に一度、彼らを婚姻政策で取り込もうとしたことはある。あの時は半ば冗談でもあったのか、割とすぐに引き下がったものだ。


 これからロベルトはどう出るつもりなのか。いずれにせよ、付き合い方を慎重に考えねばならないだろう。


 組織の規模でいえばロベルト商会は丸子製作所よりもずっと格上だ。手を組むにしても一歩間違えれば、名目上は同格だが事実上の傘下会社、ということになりかねない。


「おおっ!?」


 ロベルトが頓狂とんきょうな声をあげて机に身を乗り出した。モニター内の戦闘も佳境かきょうに入ったようだ。体当たりを繰り返しているところだろう、画面がさらに激しく揺れている。


 そして、敵戦車の撃破までを見終えると、ロベルトは満足げに大きく息を吐いて全体重を背もたれに預けた。


「いや、高性能とは知っていたがまさかこれほどとはな。砲塔、履帯、これ全て手足のごとく、だ」


 感無量といったふうに呟きながら冷めたコーヒーカップに手を伸ばす。


「淹れなおさせましょうか?」


「これでいい。今はこれでいいんだ」


 そういってカップを傾け一気に飲み干した。それでようやく落ち着いたのか、ひと呼吸置いてからいった。


「ところで……」


 と、マルコのパソコンを勝手に操作してモニターに敵戦車を映し出した。


「これ、誰だ?」


(まあ、そうだよな。そうなるな。誰だって気になるよなぁ……)


 長い一日になりそうだ。諦めたように立ち上がり、キャビネットからファイルを取り出した。部外者に見せるようなものではないが、今のマルコはそんなことを考える気力も失っていた。


 操り人形のような動きで、ロベルトの前に資料を差し出し、それを読みながら飛んでくるロベルトの質問に的確に答え説明を加えた。


 事件の概要がいようを説明し終えると、ロベルトは楽し気にうなずいて


浪花節なにわぶしだねぇ……」


 などといって笑っていた。


 聞き慣れぬ言葉だが、カツオブシの一種か何かだろう。とりあえずディアスたちをめているのだろうということだけは雰囲気で分かった。


 部外者、傍観者、第三者からすれば確かに彼らの行動は英雄的であろう。だが雇い主としては、拿捕だほできる戦車をわざわざ破壊してきました、では困るのだ。そう、大いに困る。


 さらに、兵器の問題点を指摘してもらえるのは研究者としてありがたいことだが、なにも神経接続式戦車の存在意義そのものまで否定しなくてもいいだろう。


 思い悩むマルコ。ロベルトもまた何事かを考え込んでいたが、それはマルコとは対照的に、いたずらを思いついた悪ガキのような顔をしていた。


「なあ、マルコよ」


「はい」


「そんなに警戒するな。おかしな条件の共同事業だなんだと持ち掛けるつもりはねえよ」


 己の小心さを見透かされたようで、マルコは気恥ずかしくなってうつむいた。他人から見てすぐにわかるほど、自分の様子はおかしいということか。


「それでロベルトさん、なにか面白いことでも思いつきましたか?」


「おうよ、それそれ。前回不覚を取った俺の機動要塞に何か使い道がないかと常々つねづね考えていてな」


 あのデカブツか、とマルコは思い出した。巨大コンテナに履帯と大砲を付けたような非常識な戦車だ。修理、回収した後でマルコも乗せてもらったことがある。その当時はスケールの大きさに興奮したものだが、具体的な運用法を考えるにつれ興味が冷めていった覚えがある。


 確かに火力、装甲共に目を見張るものがある。しかし重すぎて足回りに不安が残る兵器など、マルコに言わせれば欠陥品そのものだ。


 また、その図体にたがわず燃費も悪ければ整備維持費も桁違い。動かす際は十数人がかりで人件費もかかる。どれだけ強力であっても荒野に出るたびに赤字確定では道楽兵器の烙印はまぬがれまい。


 そうしたことをできる限りオブラートに包んで伝えると、ロベルトは不機嫌になるでもなく、むしろその指摘を待っていましたとばかりに唇を吊り上げた。


「要するにアレは1両で運用するものではない、そういうことだな」


 前回の立ち往生も、最初から護衛車両を随伴ずいはんさせていればその場で済んだ話だ。強力過ぎるが故に、1両でいいだろうという思考の落とし穴だった。


 マルコは軽く思案してからいった。


「左右に戦車を1両ずつ。できれば後方にも警戒要員として1両付けるくらいでちょうどいいかと」


「そんなところだな。で、話は少し変わるが、よその街に行くには一番の近場でも1000kmほど離れているわけだ。行くとなればどうしても何度か夜を明かさなけりゃならない」


「今のところ一番マシな方法が、装甲車に2人以上乗せて交代で運転し、ノンストップでぶっ飛ばすこと、ですからね」


 夜の荒野はミュータントたちの独壇場である。いかに全速力で走り抜けようとしてもミュータントに捕まれば一巻の終わりだ。突き出た岩や地割れの多い荒野を視界が悪い中で全力走行することも自殺行為である。装甲車がひっくり返った後で、集まって来たミュータントにゆっくりと食われるなど悲劇としか言いようがない。


 勇敢にも街を渡ろうとして、志半ばで散った例など枚挙まいきょいとまがないほどだ。


「街から街への移動は博打ばくちみたいなものだ。負けりゃあ即座にお陀仏だぶつの、な。だが機動要塞を中心として隊列を組めば話は違う。夜中にミュータントが襲って来ようと全て蹴散らしてやればいい。ディアスとカーディルがいればそれも可能だろう」


 単機で動くよりはずっと時間もかかるだろうが、安定した移動手段が確立されるというのは重要なことだ。


 得意げにすらすらと語るロベルト。マルコは聞きながら、己の胸の内に揺れるものがあることを自覚した。


 ずっと、何をやってもつまらないという思いに囚われていた。今、ロベルトの話を熱心に聞いているのは決して義理からだけではない。


「機動要塞に燃料弾薬、水に食料をたっぷり積んで、整備士も乗せよう。交代で休めるスペースも作っておけばハンターどもも安心だろう。その名の通り、移動する基地として使うのさ」


「良き考えかと。物資を多く積むためにワインセラーなどは外しましょうか」


「え?」


「中央の椅子も邪魔だから取り外しましょう。それと主砲も一門でいいですよね、そのための護衛ですから」


「え、え?」


 思わぬ方向に話が転がって動揺するロベルトを無視して、マルコは話を進めた。


「それともうひとつ。ロベルトさん、他の街に何か用事とかありますか?」


「……無い」


 機動要塞を動かせば金も動く。護衛を雇えばさらに動く。ただ散歩をして、ああ面白かった、では済まないのだ。直接利益にならずとも、なんらかの成果は欲しいところだ。


 年に一度か二度交わされる季節の挨拶の書簡などは鼻息の荒いハンターを高額報酬で釣って任せた方がずっと安上がりだろう。5人ほど雇えば誰か1人くらいはたどり着く。


「ううん、目的か……」


 何か目的があって、その手段として機動要塞を動かすのではなく、機動要塞を動かしたいからその目的を探すという、いささか矛盾した話であった。


 だが、そんなことはお構いなしに2人の男は思案し、唸り続けた。特に情熱が戻りかけているマルコは、もう少し手を伸ばせば指先に何かが引っかかりそうな、そんなもどかしさを感じて必死に頭を捻った。


「お、お…ッ?」


 やがて、マルコが声をあげた。それは天啓てんけいと呼ぶべきか、己の中でくすぶるものが燃え上がり、彼を突き動かした。操り人形が頭上の糸を振り払う。


 立ち上がり、キャビネットから地図を取り出してデスクに広げた。


 海も森もない。ただ主要施設の位置が載っただけの色気のない地図だ。街から500km地点にそれはあった。まるで今回の為に用意されたように、条件がピタリとはまった。


「ロベルトさん、こいつを見てください」


 先ほどまでの欝々うつうつとした影は晴れ、声にも張りが出てきた。そんなマルコの変化にロベルトは


(まるで10年ぶりに勃起ぼっきしたジジイだ)


 と、独特の感想を抱きつつ、彼の指先が示す地点に目を落とした。


「これは旧世紀の遺跡か?」


 高層ビルなどが砂に埋もれつつも、ある程度の形を残しているもの。そういったものを人々は遺跡と呼んでいた。


 遺跡には様々な宝が眠っている。それは電子機器であり、資材であり、データである。場合によっては家具などを運び出してもいい。


 売って利益が出るのはもちろんのこと、知識や技術といった面で他者より先を行くことができる。これが大きい。


 数年前にカーディルが犬蜘蛛に連れ去られたのも遺跡の一種である。だがあれは街から十数km地点に存在し、調査しつくされ使えるものはほとんど持ち去られた後だ。調べたところで儲けにはならないだろう。


 では、マルコが指定した地点はどうか。


 街から数百km地点。外からその存在を確認することくらいはできるだろうが、本格的な内部調査となるとどうしても時間がかかる。遠く離れて数日がかりの調査などできるはずもないのだ。


 それが、できる。移動式の基地に腰を落ち着けて調査ができる。何度、夜を迎えようと構いはしない。敵のテリトリーに砦を築くようなものだ。攻略の足掛かりとしてこれほど頼もしいものはない。


「分け合いましょう。世界中の富と名誉を、僕たち2人で……ッ」


 知識と技術の独占。見つかるものの内容によっては、マルコの言葉も大げさではないかもしれない。マルコの眼に力強い光が宿った。


 夢に酔った男たちは笑いあい、互いに右手を差し出した。

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