第82話
標的を求めて走る21号が再度怪しげな影を
エリックとは違い、こちらに干渉するつもりは無いようだ。付かず離れず、安全な位置から監視するつもりらしい。
「これはバイク、かしらね……?」
「となると、こっちがダドリーか」
「
「そうしたいのは山々だが、向こうに対話の意志がない以上、こちらから近づいても逃げられるだけだろう。さすがに鬼ごっこをやっていられるほど暇じゃない」
「ハエが顔の周りを飛び回っているようなものね……」
非常に
もっとも、共同作戦を断ったのはディアスである。向こうが接触してこないからと責める道理はない。
参加はできないが気になるので見に来ただけ、と言われてしまえばそれまでだ。
共闘を断ったのはことについて後悔はない。間違いだらけの自分の人生において、珍しくまともな判断であったという確信すらあった。とにかく奴らは信用できない。
(奴らはただ飛び回るだけの蝿か、毒を持った蝿なのか……)
粘った視線を背後に感じながらも、今は標的の捜索に集中する他はなかった。
報告にあったポイントへ到着し、その周辺を探索するも標的は見つからなかった。事件発生から数時間も経っているのだ。当然、相手も動いているだろう。
30分ほど探し回るが戦車の影も形も無かった。
「どうしたものか……」
ディアスの表情に焦りの色が浮かぶ。カーディルも似たような顔をしていたが、やがて何かを思いついたのか、その表情はぱっと明るくなった。
「逆に考えればいいんじゃない?奴がどこにいるかではなく、どこに行かれたら困るか。問題はそこよ」
「なるほど、どこへ行かれたらといえば当然、街だな。街へ行くルートを押さえろということか。……来なかったら?」
「敵は燃料切れで動けなくなりました、バンザーイ。それでいいんじゃない?」
様々な可能性を思い浮かべる。敵がエンジンを切ってじっと潜んでいたらどうか?……いや、日が傾きかけたとはいえ灼熱の荒野だ、空調機器を使っていないはずがない。そんなことをすれば戦車の中で蒸し焼きになるだけだ。
また、神経接続式戦車は操縦手への負担が大きい。カーディルとは違い砲撃も1人で
珍しい展開だが、今回は時間が味方のようだ。ディアスは、カーディルが良い案を出したことを自分のこと以上に喜んだ。
「よし、行ってみよう。この地点から街へ戻るルートはさほど多くは無い。エリックにも連絡して見張ってもらおう」
「はいはーい、それじゃ出発」
予想は当たった。
警戒しながら街へ戻るルートを進むと、少し離れた所にのろのろと動く目標の戦車を発見したのだ。
ディスたちも一度、スピードを緩めて背後から観察していた。
「何をやっているんだ、あんな所で……?」
「何もしていないのよ」
カーディルの言葉こそぶっきらぼうであったが、その口調はむしろ悲哀に満ちたものであった。
四肢を失ったものにしかわからぬ何かがそこにあるのだろうか。戦闘準備中ではあったが、ディアスは思わず後ろを振り向いた。
「四肢は無く、戦車に固定されて生身では身動きも取れぬ状態で街に戻ったってどうしようもない。取り逃がしたダドリーたちが手を回しているに決まっている……実際そうなんだけど。いずれ燃料も弾薬も尽きるがどうしようもない。途方に暮れているのよ、彼女は」
「街の近くまで来たはいいが、ただ眺めているだけ。他にどうしようもない、ということか……」
「ねぇ、戦わずに話し合うことはできないの?」
「エリックに教えてもらったダドリーたちの通信コードが使えない。
むぅ、と唸って2人は黙り込んでしまった。そもそも戦車のコアであるファティマがエリックの誘いに乗るとも限らない。
誰も知らないところに行きたいとか、死んでしまいたいと願っている可能性だって充分にあるのだ。
「まずは相手を行動不能にするしかないか。履帯と、できれば砲塔も破壊して、ハッチをこじ開けて乗り込んで……」
この先の展開を考えていたがその思考は突如、カーディルの叫びによって遮られた。
「ディアス、気づかれたわッ!!」
叫ぶと同時に21号は発進した。右の履帯は高速で、左の履帯は低速でと速度を変えることでその場を曲がった。
いつの間にか180度旋回していた敵の砲塔から徹甲弾が放たれる。一瞬前の21号の位置に鉄塊が唸りをあげて突き進み、消え去った。
「あちらさん、やる気まんまんってわけね!」
「ダドリーたちに雇われた追っ手だと思われたのだろうな。立場上は確かにそうかもしれんが心外だ」
ファティマはそれ以上の交戦は避け、砲塔を戻しながらその場から全力前進し逃げ出そうとしていた。
「まずい!カーディル、追ってくれ!」
この時、ディアスの脳裏にダドリーたちの影がよぎった。燃料切れや疲労によりファティマ車が停止したとき、奴らが先に確保すればどうなるか。むしろ奴らはそのために待機しているのではないか、と……。
カーディルも同じ思いに至ったのか、無言で頷きすぐに後を追った。
神経接続式同士、戦車とは思えぬほどの速度と滑らかな動きのカーチェイス。砂ぼこりを巻き上げ、石つぶてを弾き飛ばし、岩壁の間をすり抜ける。2頭の鋼鉄の獣はただひたすらに走った。
戦車の性能はファティマ車の方が上だ。なんといっても、カーディルが集めたデータをもとにアップデートされた後継機である。
21号も細々とした改造、改良を繰り返してはいるが、やはりもう最新型とは言い難い。
それでも操縦手の経験の差が出たか、距離は縮まりつつあった。
2両が細い岩壁のあいだをギリギリすり抜け、あるいは車体で岩を削りながら走り、広く開けた場所に出たとき、ディアスはファティマ車を主砲の射程内に捉えた。彼にとって最高のタイミング、必殺の位置である。
戦車の機種はともかく、神経接続式戦車の内部構造がほぼ同じだとすれば、相手を行動不能にしつつ乗組員を負傷させない、そんなスポットもよくわかっていた。
全身から指先に向かってぞわりとした感覚が伝わる。この悪寒とも電流ともいえる感覚に従って外したことはない。絶対の自信を持って徹甲弾が放たれた。
だが、ファティマ車のほうが動きが早かった。
履帯の片側を停止、もう片側を高速で前進させ、コンパスのような軌道で旋回する
「なんだとッ!?」
普通の射撃であればまだよかった。なまじ自信があったからこそ、それが外れたときどうすればいいのかわからなくなる。最高の一撃を放って、それで駄目ならどうすればいいのかと。
旋回したことでファティマ車は21号へ向いている。避ける、照準を合わせる、攻防一体の動きにより砲弾が放たれた。
カーディルはそれを読み、前進しながらかわす。戦車は彼女たちにとって己の手であり足である。かわしざまに攻撃を加えるなど当然のことであった。
あまりにも凄まじい攻防を前に
(何故、俺はここにいる……?)
ディアスの視界が揺れ、指先が震えだした。無力感と、場違いなのではないかという思いが全身にのしかかる。
ファティマ車の放った砲弾が後方の岩壁に突き刺さり、がらがらと轟音をあげて崩れ落ちた。ディアスには、それがまるで己の自信が崩れる音のように聞こえた。
「ディアスッ!!」
カーディルの叫びが、ディアスを暗い思考の沼から引摺り出した。
「相手がすばしっこくて当たらないとき、どうしたらいいと思うッ!?」
戦闘中にいきなりなんだというのか。そんなもの俺が聞きたい、とディアスが戸惑っていると、カーディルは畳み掛けるようにいった。
「近づくか、取っ捕まえればいいのよ!」
「お、おう……」
「そんなわけで、奴にぶちかましをかけるのでそのつもりでよろしく!」
なんとも強引な話である。だが、道理だ。互いに決め手に欠けるというのであれば、こちらに有利なフィールドに沈めてやればいい。
(この柔軟な発想は俺にはないものだなぁ……)
カーディルとて戦車の操縦に集中したいところだろうに、わざわざ声をかけてくれたのだ。彼女の位置からはディアスの後頭部と肩くらいしか見えないはずだが、よくディアスが外して落ち込んでいるとわかったものだ。
(本当に頭が下がる思いだ。そうだな、俺は1人ではクズだが、彼女と一緒にいれば11の力が出せる……)
言った当人からは、やっぱり恥ずかしいから止めてくれと言われたので口には出さないが、ディアスは本当にこの理論が気に入っていた。
「よし、やってくれ!接近戦なら今度こそ仕留めてみせる!」
「んっふふ、お嬢さんに戦い方ってもんを教えてやるわ」
急発進、急停止を繰り返しながら突撃の機を計るカーディル。ディアスはゆっくりと息を吐きながらスコープを覗き発射装置を握りしめた。
震えはいつのまにか止まっていた。
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