第81話

 荒野を疾走する戦車、21号のレーダーに金属反応が引っ掛かった。


「お目当ての奴……ではなさそうね」


 戦車にしては反応が小さい。どうやら向こうからこちらを追いかけているようだ。誰だろうか、心当たりとしてはダドリーたちくらいか。


 余計な手出しをしようとしているのかもしれない。そうであれば、ハッキリいって面倒だ。


 さらに距離が縮まり光学カメラがその姿をとらえた。さびの浮いたおんぼろの装甲ジープであった。


(はて、あいつらに残った戦力は戦闘用バイクだけだと聞いていたが……?)


 謎の第三勢力乱入、という可能性もある。ディアスがカーディルに油断しないよう伝えると


「どうしよう、まいとく?」


 ジープと戦車ではその重量は桁違いである。当然、スピードもまるで違う。にも関わらず、カーディルは振り切ることができると断言し、ディアスもそれを微塵みじんも疑わなかった。


 ディアスたちはこの地方で何度もミュータントと戦ってきた、いわぱホームグラウンドである。カーディルの操縦技術と、地の利があれば速度で勝る相手を引き剥がすことなど造作ぞうさもないことだ。レーダーが効かなくなるような場所もよく知っている。


 ディアスはしばし考え込んだ後に


「何の用があって他人ひとの尻を追い回しているのか、直接聞いてみようじゃないか。場合によってはこの場で始末しよう」


「オッケイ、ちょいと面倒臭いけどね」


「本命とやりあっているときに乱入されるのが一番困る。奴の立場が敵であろうと味方であろうと、だ」


「確かにねぇ」


 戦車をゆるゆると停止させて履帯の片側を前進、もう片方を後退させてその場で旋回する、超信地旋回により180度回転し、招かれざる客を待つ。


 砲塔の位置を微調整し、相手がやってくるであろうルートに照準を合わせた。


 無礼である。挑発的である。だが荒野で見知らぬ相手を迎える作法としては正しい。問答無用で砲撃しないだけ紳士的な対応といえよう。


 距離、1キロメートル。相手は主砲を向けられていることに気付いただろうが、速度を緩めただけでルートを変える気はないようだ。


 そこまでして何か話したいことでもあるのだろうか。ディアスは少し見直したような気分であったが、ここで油断してはいけない。相手を騙すために命を賭ける奴などいくらでもいる。


「すっごいオンボロ。私たちを鉄くず業者かなにかと間違えているのかな」


 カーディルが呟いたように、相手の装甲ジープは近くで見るとさらにその劣化具合が目立つ。申し訳程度の武装もしているが上部に取り付けられた機関銃は携行型のものであり、対中型ミュータント用の重機関銃ではない。


 戦車を追うために、なけなしの金で慌てて用意した。そんな風に見える。


 ディアスたちがカメラをいぶかし気に見ていると、ジープの窓からにゅっと左腕が出てきた。指先に布きれのようなものを摘まんでおり、ひらひらと振っている。


「……なに、あれ?」


「白旗のつもり、かな……?」


 本当に大した用意も無く慌てて出てきたようだ。どうやらかなりユニークな人物らしい。ディアスはその見知らぬ訪問者になんとなく好感を覚え、真面目に話を聞いてやろうかという気になっていた。無論、油断するわけにはいかないが。


 距離、10数メートル。そこで装甲ジープは止まった。中から1人の男がゆっくりと、両手を挙げて出てくる。完全に生殺与奪せいさつよだつの権利をディアスたちに預けたうえで交渉するつもりらしい。


 誇りと、用心深さの塊のようなハンターが同業者にここまでするとは、よほどの覚悟があってのことだろう。


 ちょうどジープと戦車の中間地点で男は立ち止まった。カメラに映るその男はディアスよりもひとつかふたつ年かさといったところか。


 ハンターにしてはどこか知性と優しさを感じさせるような顔立ちをしている。学者、参謀、そんな言葉が似あいそうだ。


 ディアスはちらと傍らに掛けたライフルを見た。相手が丸腰で両手を挙げているのにこんなものを持って行くのもどうかと思ったが……。


(いや、拳銃くらいならどこにだって隠せるし、お仲間がどこかに隠れているかもしれない、まだ安全と決まったわけじゃない。俺の成すべきことはカーディルと己自身を守ることであって、同業者に対するセンチメンタリズムなど二の次だ)


 ライフルを力強く握り立ち上がった。


「それじゃあ、行ってくるよ」


「レーダー全開にして警戒しておくから。周囲に何かあったらすぐにアラートを鳴らすわ」


「その時はあいつを撃ち殺してすぐに戻るよ」


 物騒なことを言いながらディアスはカーディルの黒髪を軽くでる。さらり、と流れるように指先からこぼれ落ちた。




 ライフルを横に構え周囲を見渡すディアスを見ても、男は不快感を表さなかった。それで当然だ、という顔をしている。


きもわり方が尋常じんじょうではないな……)


 ディアスの心中で好感度と警戒度が同時に上がる。ただのハンターではない、よほどの手練れだ。


「まず初めに言っておくが……」


 先にディアスが口を開いた。


「新聞を取るつもりはないし、絵画に興味は無い。結婚相談所は間に合っているし神を信じるつもりは無い。それらを前提として聞こう、何の用だ?」


 男はしばし考え込んだ。さて、何と答えたものだろうかと。ディアスの下手くそな冗談に付き合うことは諦め、正面から行こうと決意した。


「俺の名はエリック。以前、ダドリーたちのチームに所属していたこともある。今日はお前たちに頼みがあって来た」


「ふぅん……?」


 ディアスの眉がピクリと動く。ダドリーの関係者と聞いて厄介ごとだと判断したが、今すぐ黙らせようというわけではないらしい。


 エリックは大きく息を吐いてから慎重に話を続けた。一言でも間違えればその場でご破算になりそうな、そんな緊張感が漂う。


「お前らが止めようとしている、暴走した戦車……その操縦手の、ファティマをどうか救ってくれ!」


 絞り出すような、悲痛な叫びであった。恐らくは本心であろう、とディアスは判断した。しかしまだこの男の言うことに疑問が残る。


「何故、こんな所で話を?丸子製作所を訪ねてくれれば、もう少し落ち着いて話もできただろう」


「それはできなかった。お前らは戦車と、ファティマを回収しろと依頼されているだろうからな。その場で所長から横やりが入ればもうどうしようもない。ここで、余人よじんを交えず話がしたかった」


「随分と詳しいな。俺たちが受けた依頼内容と、出発時間をどうやって知った?」


「……調べる方法なんて、いくらでもある」


「答えになっていないな」


 ディアスがライフルを握り直す気配が伝わって来た。この場で、嘘やごまかしは一切通じないし、やらないほうがよさそうだ。


 内容に不審な点があればディアスはいつでも会話を打ち切るだろうし、場合よってはエリックを撃ち殺すだろう。敵と判断すれば、なんの躊躇ためらいも無く。


「職員のひとりに、金を掴ませてな……」


 ディアスは舌打ちでもしたい気分になった。


 ハンターが情報を集めるためにはそれくらいやるだろう。情報の質が命に関わることもある。丸子製作所に限らずどこでも平然と行われていることだ。職員の誰も彼もが聖人君子だなどとは思っていない。


 だが、ディアスにしてみれば己のテリトリーに土足で踏み入られたような不快感があった。


「頼む……どうか、お願いします!ファティマを救ってやってくれ!」


 恥も外聞も捨て、深々と頭を下げるエリック。そんな彼の姿に、ディアスは抱いた不快感の行き所を見失い、もやもやとした気分であった。


「去るべきではなかった……あるいは、無理にでも連れ出すべきだった!今の俺に彼女を止める力は無い。どうか、頼む……ッ」


「そんなことをして、俺たちになんの利益がある?戦車と操縦手を連れて帰ればボーナスが出る。マルコ博士の期待を裏切ってまで、初対面のあんたに尽くすメリットは何だ?」


 冷酷ではない、ハンターとして当然のことだ。ディアスは腹の底から湧き上がる同情心を抑えつけながら、できる限り事務的にいった。


 対して、エリックは驚くほどはっきりといってみせた。


「メリットは……何もない」


「おいおい……」


「今は何もない。必要な金額をいってくれ。必ず、どんなことをしても払ってみせる。俺の命に代えても、一生をかけてでもだ!」


 本来なら話にもならない。ハンターの口約束などファンタジーに等しい。本気で信じる奴がいたら頭の心配をされる、そういうレベルの話だ。


 それでも、ディアスは話を打ち切る気になれなかった。人の愛情というものを信じたかった。それを否定してしまうと、自分たちの足元もが崩れてしまいそうな気がした。


「俺の命で済むというのであれば、ここで殺してくれても構わない。どうか、彼女を……どうか……」


 エリックは焼けた地表に手のひらをつけ、額をつけた。土下座である。トップクラスのハンターチーム、その参謀役として活躍してきただろう男の、なんと無様な姿であろうか。


 ディアスはエリックの姿を黙って見下ろしていた。何も言えなかった。胸の内からこみ上げてくる情熱と感動に喉も詰まる思いであった。


(なんて哀しく、美しい姿だろうか……)


 誰かの為にどこまでも必死に、無様になれる。足掻あがくことができる。それはかつての己の姿ではなかったか。いや、今だってそうだ。愛する者が危機におちいればなんだってできる。


 観念したようにヘッドセットのマイクを摘まんでいった。今までの会話は通信機を通して戦車内にも伝わっている。


「済まない、カーディル」


「いいわよ。うん、それでいいわ」


 迷う背を押すように、ハッキリと答えるカーディルの明るい声を聴いて、ディアスの腹の内は決まった。


(信じて裏切られたなら、もうそれはそれで仕方ないな……)


 全身から力が抜ける。馬鹿だ、俺は馬鹿だと思いつつも、口元は満足げに笑っていた。


「やるだけやってみるが、絶対に無傷で引き渡せるとは約束できないぞ。俺たちだって神経接続式戦車同士の戦いなんて初めてなんだから」


「やってくれるのか!?ありがとう……ありがとう、ございます!」


 汗と涙でぐしゃぐしゃになり、額に砂が張り付いたエリックの顔がぱっと跳ね上がる。台無しになった美丈夫の顔を眺めながら、ディアスは


(ああ、心底ファティマという女に惚れこんでいるのだなぁ……この泣き虫野郎を幸せにしてやりたくなった)


 と、完全にやる気になっていた。


「お礼は全部うまくいってからでいいんじゃないか?」


「そのとき、もう一度改めて言わせてもらうさ」


 通信機の周波数を合わせてから、エリックは一時退避させることにした。ディアスが言ったように、ここからは未知の戦いである。前に進んでいるのが不思議なくらいのぼろジープで参加することはできない。


 何度も頭を下げながらジープに乗り込み去っていくエリックの姿を、ディアスは苦笑いを浮かべて見送った。


「女の為に一生懸命いっしょうけんめいになれる奴は、嫌いになれんなぁ……」


 そう呟いた後、すぐにディアスの表情が引き締まった。


 ここからは俺たちの仕事だ、と。

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