EVIL DESTROYER

第79話

「標的は戦車、ですか……」


 丸子製作所、所長執務室にて、何度こうして依頼を受けてきただろうか。


 街に被害を及ぼしそうなミュータントの討伐、あるいはデータ収集。新兵器の試し撃ちから変わったところで要人救出など。その依頼内容は様々であったが、人間を相手に戦えと言われたのは今回が初めてである。


「人間相手には戦えないかい?」


 マルコの問いにディアスは少しだけ考えるような素振りを見せた。迷ったのではない、できない理由でもあったかと考えたのだ。


 結論、そんなものはない。


 味方は助ける、敵は殺す、それだけのことだ。今までだって彼のスコープに映ったものはミュータントだけではない。


「必要とあらば」


 と、ディアスは短く答えた。


 説明が必要、そういうことだろう。マルコとしては一刻も早く出発してほしいところだが、


『いいから行け』


 ……ではこの男は納得しないだろうし、この件に関しては特によく話し合っておくべきだろう。


「神経接続式戦車の2両目があることは知っているね?」


 ディアスの表情は動かない。戦車が標的だと聞いてなんとなく予想はしていたことだ。


 数ヶ月前から演習場で見知らぬ戦車が走り回っているのを何度か見かけた。噂話もあちこちから入ってくる。


 戦友アイザックや整備班長ベンジャミンのような噂好き連中にいたっては頼んでもいないのに、


『気になるだろう?』


 と、逐一ちくいち報告してきたものだ。


 気にならないはずがない。それ以上に関わることを避けてきた。


 その辛さを知っているからこそ、四肢を失い戦車と生きることを宿命づけられた人間とどんな話をすればいいのかわからなかったからだ。


 人間同士、身を寄せ合って生きるには傷の舐めあいも時には必要だろう。だがなにもこちらから舌を出して押しかけることもあるまい。


 カーディルにも相談したところ、彼女は困惑の表情を浮かべて、


「先輩ヅラして、大変だけど頑張ってね、って? いやぁ、それはちょっと……」


 と、曖昧あいまいな返事をするばかりであった。


 カーディル自身、手足を3本失ったときは酷く錯乱さくらんしたものだ。恩人であるディアスに対しても八つ当たりと暴言を繰り返した。見捨てられなかったのが不思議なくらいだ。


 その時のことを思い出すといまだに枕に顔を埋めてジタバタともがきたくなる。


 手足を失ったばかりのメンタルケアは時間と仲間の優しさだけが解決するものだ。神経接続式戦車の先輩であるとはいえ、赤の他人が無遠慮に踏み込んでいい領域ではない。


 そうしたカーディルの見解けんかいを伝えると、ディアスは力強く頷いて、


「わかった」


 と、だけ言った。それでこの話は終わりだ。


 カーディルたちと向こうの操縦手でデータを集めてフィードバックし、技術の発展ができればそれでいい。直接顔を合わせる必要もないだろう。


 操縦手がファティマという女性だと聞いたときだけ、カーディルは少し嫌な顔をしていった。


「戦車のコアが女でなけりゃならない必要はないんだけどねぇ……」


 どういった経緯で四肢を切り落とすに至ったのか、どうせろくなものではあるまい。


 不穏な空気を感じながらもできることは何もなく、日々の戦いのなかで彼らのことは忘れかけていた。


 そうした流れでの、急な討伐依頼である。酒場でなにかと絡んできたダドリーという男を思い出すのにも時間がかかったくらいだ。




「それで、連中を皆殺しにすればよろしいので?」


「話が早いのは結構だけど、早すぎるのも困りものだなぁ……」


 苦笑いしながら資料を差し出すマルコ。ディアスはそれを受け取りさっと目を通す。5人の顔写真入りの資料だ。


「5人? あいつらのチームはもっと多くありませんでしたか?」


 うろ覚えだが、その倍はいたような気がする。自信はない。


「今はさらに減ったよ。3人だ」


 マルコの言葉に促されるようにページをめくった。神経接続式戦車の暴走により2名が殺害される……と、ある。お花摘みやタバコ休憩で車外に出たところを機関銃でミンチにされたようだ。


 今回は生き残った他2名からのもので、


『お前のところの兵器で仲間が殺られた、どうしてくれるんだ』


 と、いう脅迫混じりの依頼だという。


 資料を持ったまま黙りこむディアスに、マルコは心外だといったふうに、


「おいおい、一応言っておくが、この暴走したっていうのは奴らが勝手にわめいているだけだからね?」


「何もしていないのに壊れた、というやつですか」


「うん、実に的確な表現だ」


「あれはいい機体です。長いこと使っていますが、カーディルが戦車に操られたなどということは一度もありません」


「そうだろう、そうだろう」


 マルコは満足げに頷いた。


 ディアスは普段から世辞せじなど言わない男である。特に兵器に関する曖昧さを嫌う。それだけに言葉には重みがあった。


 暴走などするはずがないという絶対の自信はあった。それとは別に、やはりユーザーからの喜びの声のは嬉しいものだ。


「戦車に乗っているのが操縦手だけというなら、放っておけばそのうち停止するのではないですか。燃料弾薬にも限りはあります」


「それは当の本人が一番よくわかっているだろう。自棄やけになって街に攻撃でも仕掛けてきたらどうなると思うね。責任がこっちにまで飛び火するんだよ」


「義肢をつけた奴が罪を犯したとして、それは義肢のせいではないと思いますが」


「まったくだ。その簡単な話を世間せけんさまが理解してくれるといいんだがねぇ……」


 ディアスたちが長年活躍して知名度もそれなりに上がっているのだが、相変わらず神経接続式戦車の評判は『よくわからないもの』止まりであった。


 使えば強い。それは確かだが、使おうとする者が出てこないのだ。やはり、四肢を切り落とさなければならないのはハードルが高すぎる。


「そもそも狩りに出てミュータントに腕一本、足一本持っていかれることはあっても、それ以上となるとなかなかね」


「そこまで酷いときは大抵、そのままミュータントに食われるか、仲間に始末されるかですから」


(彼が言うと説得力ないなぁ……)


 ミュータントの巣に乗り込んで手足のうち3本を失った仲間を担いで帰るなど例外中の例外だ。


ディアスにしても、拐われたのが密かに恋い焦がれていた少女ではなく、利害で繋がっていただけの仲間であればどうしていたか。間違いなく見捨てていただろう。


「今回のケースにしても、人為的に切り落とされていたからなぁ」


「ミュータントではなく、仲間に切られたということですか?」


「奴らは白々しい言い訳を並べていたけど、傷口を見ればわかるよ。ミュータントにやられたのは右足だけで、あとはチェーンソーかなにかで切られたみたいだね」


 そんな連中とわかっていながら売ったのか。そんな言葉がのどまで出かかったがそれは飲み込んだ。


 ここは兵器工場であり、マルコは武器商人だ。売れと言われて金を積まれれば当然、売るだろう。人格者相手にしか取引をしないというのであれば、マルコなど真っ先に首を吊らねばなるまい。


 それに四肢を切られる前ならともかく、切り落とされた後で販売を拒否したところでその被害者に救いはあるまい。


 ディアスの表情が苦渋に歪む。見ようによっては泣きそうな顔といってもいい。


 カーディルと話している時に感じた不穏な空気が、より色濃くなって脳裏によみがえってきた。


 動く手足、残った希望を仲間に切り落とされる気分はどんなものだろう。そしてその後の扱いはどんなものであっただろうか。


 暴走、いや、仲間割れに至った経緯がディアスに今、はっきりとわかった。


「そういうわけで、今回の任務は暴走した戦車を止めること。できれば戦車とコアは回収して欲しい。……なんだい、暗い顔しちゃって。まさか今さら嫌だなんていうつもりじゃないだろうね」


「いえ、やはりこれは俺たちがやらねばならないことです。それは変わりません」


 ゆっくりと顔を上げるディアス。そこにはある種の悲壮ひそうな覚悟がただよっていた。


引導いんどうを、渡してやります」


 一礼し、部屋を出ようとする背中に、マルコが思い出したように声をかけた。


「あ、そうだ。ダドリーと、ジーンとかいったかな。その2人が共同作戦を申し出ているんだけど……」


「冗談ではないッ!!」


 ディアスの怒号が執務室に響き渡り、部屋全体がびりびりと揺れた。


 何も考えていないようで意外に感情の起伏が激しい男ではあるが、このように感情を暴発させて怒鳴ることは珍しい。


(え、なに? なんだぁ?)


 少なくとも、マルコはディアスのこのような振る舞いを初めて見た。何事かと目を丸くしている。


 また、ディアス本人も己の行動に驚き恥じているようだ。やってしまった、という顔で頭を下げた。


「失礼しました……」


「いや、まぁ、いいけどさ……」


「足手まといは不要です。奴らには『くそくらえ』とでも返しておいてください」


 そんなにしなくてもいいのに、というくらい頭を下げて身をかがめて出ていくディアスを、マルコはまだぼんやりとした顔で見送った。

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