第78話
ダドリーとジーンがチェーンソーを持って帰って来るのを見ると、ファティマの
(お、金を取る気になったか?)
と、明らかに明るい表情を見せた。
さすがに捨てられる当人の前でそんな顔を見せるわけにはいかず、すぐに顔を逸らすが、そうしたものは第三者の視点からすればハッキリとわかるものである。
表情がころころと変わる
「やはり奴らは小物だな。死肉にたかるハイエナだ」
吐き出すように呟くダドリー。彼らがファティマの死を願っているなどとジーンから聞かされたときは、まさかそんなと半信半疑であった。
今、あの反応を見て確信した。奴らはクズだ。もはや純粋に内容に仲間として見ることはできなかった。
「ハイエナだって仲間の死肉を貪ったりはしねぇさ。どちらかといえばあいつらは餓鬼だな」
「ガキ?」
「根性の腐った子供って意味じゃなくてな。飢えた亡者の、餓鬼だ」
飢えてはいるが自分から何をするでもない、ただ目の前の肉に貪りつくだけの
……悪意に満ちた解釈だ。
「そう嫌そうなツラをするな。欲で動く奴はむしろ扱いやすい。道具に人格なんか期待するな」
「お前の考えはよくわからんがな」
「へ、へ……
いいながら、ジーンはダドリーを追い抜いて早足に歩いていった。
その背を眺めながらダドリーは
(ひょっとすると俺は、あの男に思考を誘導されているのではないか……?)
と、いった
短期間に色々なことがありすぎたとはいえ、仲間を道具として見る、あるいはそうするべきだという考えは今までなかったものだ。
同時に、ジーンごときの手のひらで踊らされているなどと、とても認められるものではなかった。
やがてファティマが倒れている地点に合流し、生き残った5人が集まった。
「よう」
「おう」
それだけの
マーヴィンとルイーザの視線が、ダドリーが無造作に掴むチェーンソーへと注がれている。
やがて、マーヴィンが遠慮がちに尋ねる。
「なんでチェーンソーなんて持って来たんだ?まさか……?」
そんな彼を、ダドリーはいささか鼻白んだ様子で眺めていた。
(なにが『まさか……』だ。その先はこっちで言ってくださいってわけか。どうしても自分からは触れたくないわけだな)
少し離れて寝かされたままのファティマは、青ざめた顔で彼らの会話に耳を傾けていた。
正直なところ、ダドリーがファティマを見捨てるとは思っていなかった。
負傷したといっても、右足を少し持っていかれただけだ。街に戻って義足でも付ければ五体満足同然といってよい。
中型ミュータント一体分の賞金などよりも自分の方がずっと価値があるという自信と自惚れがあった。
「大丈夫、きっと助かるよ」
などと言っていた2人が信用できないのはわかっていたが、優秀かつ信頼できる人材の確保がいかに難しいか、それがわからぬダドリーではないはずだ。
(じゃあ、あのチェーンソーはなぜ……?)
それがわからない。
「ミュータントの首は持っていく。ファティマも助ける」
淡々と話すダドリーに、今まで後ろに下がって関わらないようにしていたルイーザがヒステリックに叫びだした。
「あんた状況わかってる?バイクの荷台には生首かファティマかどちらかしか乗せられないから悩んでいるんでしょうが。担いで行きたいっていうなら独りでやんなさいよ!?」
「両方ともバイクに乗せる」
「ダドリー、あんた耳に砂でも詰まってんの?重いしバランス悪いしコケるに決まってるでしょ、足場も最悪だし!目をつぶったまま理想論を語る奴なんか迷惑でしかないの!」
「持ち運びやすいように、コンパクトにすればいい」
「は……?」
何のことだかわからない、だが不穏な空気が漂っていることだけは皆が理解していた。ダドリーだけが独り、感情のこもらぬ声で話しを続けた。
「疑問に思っていたんだ。何故ディアスはハンターたちから嫌われているのかと。単に付き合いが悪いだけじゃ、ああはならんだろう」
目の焦点が合っておらず、ずっと先の砂地に話しかけているかのようだ。ただチェーンソーを掴む手に力がこもり、そこにだけは明確な意志があるようだった。
「……ようやくわかった。あいつらはわけのわからん兵器で討伐数を稼いでいるからだな。マラソン大会に1人だけバイクに乗って参加するようなものだ。これで優勝しましたと言われて、英雄と
討伐数について、なにか不正をしているのではないかと
それに対してディアスは
『わからないのであれば、それでいい』
と、説明も言い訳も一切しようとしてこなかった。そうした態度が彼を非難する人々の感情を硬化させてきたのだ。
「違うな、そうじゃなかったんだ。知らないからケチをつけるんじゃない。使えそうなものなら積極的に何でも使うべきだったんだ……」
そう語るダドリーの顔に刻まれた深い
得体の知れない誰かが、そこにいた。
ファティマは全てを理解し、恐怖した。底知れぬ悪意は今、自分に向けられているのだと。
つまり彼はこういっているのだ。
『ファティマの手足を切り落とそう』と。
ダドリーがゆっくりと近づいてくる。リコイルスターター、
数多くのミュータントの首を切り落としてきた刃の高速回転が、今は仲間に向けられている。
「どうして……」
彼を尊敬していた。信頼していた。
血を求めて暴れまわるチェーンソーを力ずくで押さえ込みながらダドリーが迫ってくる。悪魔の鼓動のようにエンジンが唸る。
ファティマの瞳に一瞬、力が
(もう少し…ッ)
手を伸ばす。ハンドルに指先は、届かなかった。手がぐいと引っ張られ、そのままバランスを崩して地面に引き倒された。巻き上がる砂ぼこりの中、ルイーザの得意げな顔がすぐ目の前にある。
普段ならばルイーザに後れを取るようなことはなかっただろう。足一本では踏ん張ることもできない。こんな状況だが、怯えの中に悔しさが湧いてきた。
(指示されなければ指一本動かさないような奴が、こんなときだけ勤勉に動きやがって……ッ!)
腕と左足を這わせて後退りするが、すぐに誰かに捕まれた。マーヴィンとジーンにそれぞれ両腕を掴まれ、身動きが取れなくなった。
みんな同じ顔をしている。申し訳ない、仕方ないといった表情の中に、確かに見える『自分でなくてよかった』という安心感。
「どうして……ッ」
エリックに誘われたときは少しだけ迷った。ダドリーが
変わってしまった友人をこれ以上見ていられないというエリックの気持ちも痛いほどに理解できたが、辛いときこそ協力するのが仲間だとも思っていた。
それはひょっとすると愛情と呼ぶべきものだったのかもしれない。
ダドリーがチェーンソーを振りかぶった。誰も言葉を発しない。ギイインと刃が唸る音だけが響き渡る。
「どうしてなのよッ!!」
乙女の絶叫は風と砂の中に吸われた。
4体の悪魔の他に、聴く者はいない。
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