第76話

 ダドリーは砂地に座り込んでぼんやりと腕土竜うでもぐらの死骸を眺めていた。


 こいつのせいで何もかもを失った。憎んで憎みきれぬ相手である。


 マシンガンの銃身をつかんで、死骸を殴り付けてやろうと振りかぶったが、もはやそんな気力も体力も残ってはいなかった。嘆息たんそくして銃を放り出す。


 そんなことをしてもみじめになるだけだという自覚もあった。


 自分たちは勝利者であり、こいつは敗者のはずだ。だが勝敗の条件とはただ生き残ることだけだろうか。


 ダドリーは仲間の半数と戦車を失った。腕土竜は人間の排除と兵器の破壊という、ある意味でミュータントの存在意義というものをまっとうして倒れたのだ。


「俺は、どうすればよかったんだ……」


 もの言わぬ誇り高き敗者に語りかける。当然、答えはない。聞こえるものはただ風の音と、きぃんと響く耳鳴りだけであった。


 5分か、10分か、あるいは1時間もしたか。どれほどの間そうして座り込んでいただろう。やがて風のなかにエンジン音が混ざり、こちらに近づいてきた。


「おう、ここにいたか」


 前方に重機関銃を取り付けた戦闘用バイクの乗り手、ジーンが数メートル手前で止まり歩み寄ってきた。


 ダドリーは座ったまま振り向き、感情の無い目で見つめた。


(こいつはいままで何をしていたんだ……?)


 周囲を見渡す余裕があったかといえば自信はないが、戦闘用バイクが腕土竜に撃ちかけている場面は記憶にない。


 リーダーの怪訝けげんな表情に気付いたか、ジーンは苦笑いしながらいった。


「おいおい、俺がサボっていたとでも言いたいのかい。反対側にいただけさ、あんたの視界に入るところだけが戦場じゃあない。それに……」


 口角こうかくを歪めながらちらと視線を送った先に、大破した装甲ジープと、かつて仲間であった肉片が散らばっていた。気の早い肉食蠅がもう数匹たかっている。


 何も言わずにやにやと薄笑いを浮かべる。あれはお前の指示が悪かったせいじゃないのか、そう言いたいのだろう。


 ジーンは笑っていた。仲間は4人も殺され、主力兵器も潰されたこの状況で、自分の責任ではないからと笑える人間なのだ。


「戦車は半分埋まった、ジープはスクラップ。これでバイクまで失うわけにはいかないだろう?」


 これだ。こういうところが他の仲間に比べて信用できない、評価が一段階下がる所以ゆえんであった。安全な位置にいながら言い訳だけはきっちり用意している。


 そして今、腕土竜の首を運ぶためにはバイクが必要不可欠であり、この男に従わなければならないことが腹立たしかった。


「へ、へ……そうにらむなよ。俺はこいつにまたがってさっさと逃げることもできたんだ。そいつをしないで残っていることだけは評価して欲しいもんだね」


 聞きながら、ダドリーは砂の混じった唾を吐き出した。口の中の苦さは消えない。


「なんだかんだで結局、最後まで残っているのは俺のような奴かもしれないぜ。エリックの野郎はかしこすぎたんだな、いつか破滅するってことが見えすぎていたんだ。ま、俺も距離は置かせてもらったがね」


「いつか破滅するとわかっていただと?ならば何故なぜ、そう言わなかった」


「言っていただろう?あんたが信頼するエリックとファティマの2人がうるさいくらいに。それで聞かねぇってんだから、俺みたいなチンピラが苦言くげんていして聞くものかよ」


「……俺は、皆にいい暮らしをさせてやりたかっただけだ。金も、名誉も全部集めて」


「天国ってやつがいいところだといいねぇ。ハンターが天国に行けるかどうかは知らんけど」


 うまいことを言ったつもりなのか、肩をすくめてゲラゲラと笑い出すジーンであった。


(こいつと話していると本当にイライラしてくる……ッ)


 では何故なぜ、おとなしく話を聞いているのか。怒鳴ったり殴ったりして黙らせないのか。ダドリーはジーンの言葉が見たくもない現実そのものと理解しているからだった。


 不愉快ではあるが目をそらすわけにもいかない。


「とにかく、ご自慢のバイクで戦車からチェーンソーとクーラーボックスを持ってきてくれ。それと生き残りをここに集めろ。ミュータントの首を斬って撤収てっしゅうだ」


「あー、そのことなんだけどさ……」


 今まで散々好き勝手なことを言っていたジーンが口ごもる。


 今度はなんだ、いい加減にしてくれ、聞きたくない。そんな台詞をぐっとこらえて、ダドリーは静かに聞いた。


「……どうした?」


「その首は諦めなきゃならんかもしれねぇ」


「はぁっ!?なんだと!?」


 落ち着いて話をしようという決意はあっさりと崩壊した。


 こいつは何を言っているんだ。チームが半壊した今だからこそ、立て直すためにまとまった金が必用なのだ。この状況がわかっていないのか。馬鹿をよそおった現実主義者かと思いきや、やはりただの馬鹿だったか。


 噛みつかんばかりの表情をし、にじり寄って来るダドリーから逃げるように、ジーンは後退あとずさりしながらいった。


「バイクの荷台にクーラーボックスを乗せたいのはやまやまなんだかね、その、ファティマが……」


「ファティマが、どうした!?まさかあいつまで死んだのかよ、おい!?」


 薄く日焼けした、明るい笑顔の女性を思い浮かべる。ダドリーの全身を名状めいじょうがたい恐怖が貫いた。


 彼女にまで何かあったら本当に、信頼できる者が一人もいなくなってしまうではないか。


「いやいや、生きているから。死んでないから。あのモグラ野郎に食われて右足をすねから持っていかれちまっただけだ。傷口を凍結処理はしているが、できれば早く街に連れて帰りてぇ。そのためにも……」


「バイクの荷台にはファティマを乗せて行きたい、と」


「そうだよ。だからな、落ち着け。キスできるような距離まで顔を近づけるんじゃあない」


 何か汚いものから身をかわすように、ダドリーは眉間にシワを寄せながらすっと後ろに下がった。本当にこいつのジョークはセンスが悪い。


「乗れよ、連れていってやる。とはいえ300メートルくらいしか離れていないけどな」


 歩き回るのもハンターの仕事だ。普段ならたかが300メートル、散歩も同然なのだが、肉体は疲労の極みで足場の悪い砂地を歩くのは遠慮したかった。


 ジーンはバイクをあごで指して、歩いて跨がった。ダドリーは後方の荷台に尻を乗せる。


 砂を弾き飛ばしながら、不安定な砂地で転ばぬようにゆっくりと進む。しばし2人は無言であった。


 太陽が傾き、岩の影が長く伸びる。その光景がやけに寂しく感じられた。


 やがて、ダドリーがぽつりと呟く。


「……ひとつ、聞きたいことがある」


「なんだぁ?今日はやけに質問が多いな。いいぜ、だけどスリーサイズはナイショだ。バストとヒップに自信がなくてな」


「いちいち、お前という奴は……」


「ははっ、悪い悪い。で、聞きたいことって何だ?」


 ダドリーは下唇をぐっと噛み締めた。これを聞くのは屈辱くつじょくであるが、いまさら恥も外聞もない。


「……自滅すると予測していながら、何故エリックのように出ていかなかった?」


「それなぁ……落ちぶれたとはいえトップクラスのハンターチームだ。危険はでかいが実入みいりもでかい。いまさら一人でしこしこ小型ミュータント狩りなんてやっていられねぇよ」


「金が目当てで残ったか」


「ハンターチームは仲良しこよしの集まりじゃねえ。あんたの太鼓持たいこもちでもない。こいつといれば稼げるってのはある意味、ハンターとして一番健全な考えじゃねえのかい」


「言ってくれるな……。だがやはりわからん。稼ぐことが目的なら、なおさら落ち目のチームに残る必要はないだろう」


「わからんか?」


「わからん」


 ジーンが微笑みを浮かべる。ダドリーの移置からは背中しか見えないが、そこに今までのようなあざけりは見えず、むしろ好意的なものを感じた。


「あんたは必ず這い上がれる奴だと信じているからさ。男の人生、どん底がスタートライン。なんたかんだ言ってもよ、討伐数トップはまぐれで取れるもんじゃないと思うぜ」


 ダドリーにとってこれは意外であった。仲間内で最も評価の低い、さらに言えば見下してすらしていた男が、自分を一番高く買っていたとは。


 ひとの心ほど計り知れぬものはない。ダドリーはまた、じっと考え込んでいた。


「ダドリーぶねはまだ大丈夫さ、なんたってネズミがまだ逃げ出してないんだからな!だっははは!」


 ジーンの下品な笑いが、どういうことか今はさほど不快に感じなかった。


「ジーン、ひとつだけいっておく」


「おう、なんだい」


「俺はお前を好きだと思ったことは一度もない」


 一瞬、きょとんとした間が空く。そしてまたジーンは体をすって笑い出した。


「初めて意見が合ったなぁ!ま、仲良くやろうぜ大将」


「ふん……お前、さっきから大口開けて笑っているが、砂が入ったりしないのか」


「口のなかじゃりじゃりだぁ」


「馬鹿かお前は……」


「だって笑っていないと、あんた暗い顔するじゃん?」


 風とエンジン音に負けぬよう、大声で叫びながらジーンは砂交じりの唾を勢いよく吐き出した。


 やがて、砂地に埋まり砲塔だけ突き出した戦車が見えた。その付近に倒れたファティマと仲間が2人。


 自分たちはハンターとしてまだ終わってなどいない。


 ダドリーの口もとが歪み、かすかな笑みが浮かんだ。

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