失楽の園

第74話

 ダドリーのチームはひどい悪循環あくじゅんかんおちいっていた。


 とにかく数をこなそうと予定を詰め込んで休みなく出撃し、疲れから集中力は落ちてミスも目立つようになった。ミスに対し、気持ちに余裕のなくなったダドリーが怒鳴り散らしチームの雰囲気は悪くなる。ミスにより失った時間を取り戻そうとさらに無理を重ねる……といった繰り返しであった。


 中型ミュータントの討伐数こそ増加したものの燃料弾薬、修理費などの諸経費しょけいひはさらに増えて収入自体は以前よりもずっと少なく、赤字になることすらあった。


 ファティマらがそれを指摘し、元のやり方に戻すべきだ進言すると


「首位をキープすることが大事なんだ。その肩書きと信頼が次の大きな仕事につながる」


 と、いって聞き入れなかった。


 仲間たちの目にも、彼は足元が見えていない、王者という影に踊らされているだけとしか見えなかった。


 なんら根拠のない未来ヴィジョンを追い求め、いつか良くなる、きっと良くなると無茶なスケジュールを仲間に強要する。それがやがて取り返しのつかない事故につながるのではないかと、誰もが不安を抱えていた。当の本人、ダドリーでさえも。


 当事者ですら理解していることだ。他人のうわさ批評ひひょうが大好物のハンターたちからかげわらわれるようになるまでさほど時間はかからなかった。


 先日の首位奪還しゅいだっかんの際、沸き起こった祝福は半分は悪ノリで面白がっていただけだが、もう半分は確かに彼らに期待する気持ちがあった。


 今となっては全て霧散むさんしてしまった。


 ダドリーとて木石ぼくせきではない、耳目じもくはある。むしろそうして声に人一倍敏感ですらあった。


 自分が間違っているのではないか、と考えるには遅すぎた。彼は周囲の反応からますます意固地になった。認めさせるためには結果を出すしかないと一途に信じていた。いや、信じこもうとしていた。




 以前に間違ったあおりかたをしてしまっただろうかと責任を感じたアイザックが


「少し落ち着け」


 と、忠告をしたものだがダドリーは聞き入れず、目を吊り上げて怒り出した。


「そうやって俺の成績を下げるつもりか卑怯者め!お前はいいよな、何の責任もなくディアスの腰巾着をやっていればいいんだ、さぞかし楽だろうよ!」


 まっすぐに悪意を叩きつけられて、アイザックの胸のうちに沸いてきてたものは怒りよりもあわれみであった。


 ちら、と騒動の元になった張り紙を見る。下半期ミュータント討伐数。


 ダドリー32体。

 ディアス30体。


 アイザックは思い返す。ディアスは自分たちを助けるためにミュータントの肉を差し出したことがあった。


 その後、蝿蛙はえがえるを倒したときも


「今回の俺たちの立場はあんたに雇われサポートした形だ。事前に取り決めていた分け前さえもらえればいい」


 と、いって手柄はゆずってもらった。聞くところによると、ロベルト商会がらみの仕事で小型ミュータントを250体近く討伐したがそれも申請していないらしい。


 ダドリーたちが首位を取ったと浮かれているときも、その点を指摘しようとは思わなかった。ディアス自身がそれを望んでいないからだ。


 彼は討伐数にも順位にも固執こしつしていない。むしろそんなことで言い争いが起きることを面倒だと感じるだろう。


(あいつは戦車の残弾数とカーディルのバストサイズ以外の数字は気にしない奴だからなぁ……)


 とはいえ、初日に釘を刺しておけばこうまでダドリーの態度が悪化することはなかったかもしれないと思えば気も重くなる。


「ハンターにとっての最大の名誉は生き残ることだぞ。討伐数なんかおまけだ、おまけ。順序を間違えるな


「ふん、生きてさえいればか。競争から逃げ出した負け犬には耳障みみざわりのいい言葉だろうな」


  駄目だ。この男にはどんな言葉も届きはしない。いつかよくない事が起こるという確信、破滅の足音を聞きながら、アイザックは引き下がるしかなかった。


 少し離れた所から送られるファティマたちのすがるような視線がアイザックの胸に暗い影を落とすが、それも振り切って酒場を後にした。


 こういうとき、生きるも死ぬも奴らの勝手と割りきれるディアスがうらやましくもあり、恨めしくもあった。




 崩壊ほうかいはまず内側から始まった。


 ダドリーの独善と暴走に耐えかね、仲間の一人が脱退を申し出たのだ。


 仲間の入れ替わりなどハンターチームにとって珍しいことではない。問題はその男がチーム結成時から10年近く一緒に戦ってきた最古参の幹部格だということが衝撃を与えた。


 名を、エリックという。ダドリーとは相棒とも親友とも呼べる間柄あいだがらであった。


 別れの際、ダドリーから引き留めの言葉は出なかった。


「お前らの為、ハンター全体の為にこうまで必死に戦っているというのに、一人で勝手に逃げ出すつもりかよ……ッ!」


 そんな呪詛じゅその言葉を吐いたのみである。


 エリックは悲しげに目を伏せた。気高く優しいハンター、たまに周囲が見えなくなることもあったが自分の言葉には素直に耳を傾けてくれた男はもういない。


 友は生きながらにして、死んだのだと。


「己の意にわぬ奴は逃げているだけだと、その発想自体がイカれている」


「『燕雀えんじゃくいずくんぞ鴻鵠こうこくの志を知らんや』という言葉を知っているか」


「その台詞せりふを吐いた奴は逃亡中に家臣に刺されたぜ」


 言いながら、エリックの顔はくしゃくしゃに歪んだ。どうして生涯しょうがいの友と見定みさだめた相手とこんな話をしなければならないのだろう。


 どうせハンター稼業かぎょうに長生きなど無縁だ。それなら信頼できる相手と一緒に死んでやりたかった。何故、今まで共に作戦を立て励まし合ったその口で友をののしっているのか。


 耐えられなかった。これ以上ここに居れば我が身のあまりのみじめさに泣き出してしまいそうだった。


 椅子を蹴るような勢いで黙って立ちあがり、背を向けて酒場を出た。


 仲間たちは顔を見合わせ何かを言おうとしたが


「放っておけ!」


 というダドリーの一喝により黙ってしまった。


 ただ一人、ファティマだけが制止を振り切ってエリックを追った。人のまばらな大通りで気配に気付いて振り向くが、お互いにとっさに言葉は出なかった。


「あの、エリック、その……」


 ファティマは息を切らせながらなんとか言葉をつむごうとするが、意味のあるものにはならなかった。


 そもそも何を言えばいい?このままでは自滅すると痛いほどにわかっているのだ、引き留めてどうする。


 エリックは静かに首を振った。何も言わなくていい、気にかけてくれただけでも充分だ。そういう意味である。


「ファティマ、俺は街の反対側にでもいって出直すつもりだ」


「そう……」


「お前も一緒に来ないか。あいつらといてもロクなことにならない」


 まさか自分の方が誘いを受けるとは思っていなかった。息を飲み、しばしの沈黙。それからファティマは悲しげに微笑んだ。


「ごめん、私は……ダドリーを見捨てられない」


「そうか……」


 ファティマは逃げるように走り去った。エリックは雑踏ざっとうのなかで彼女の背を視線で追ったが、すぐにき消えた。


 全身を喪失感そうしつかんが襲い、ひざから崩れ落ちてしまいそうになった。この灼熱しゃくねつの街でとめどなく流れる涙、熱い感触が頬を伝わった。


「そうか、理由はどうあれ俺はあいつを見捨てたのだな……」


 取り返しのつかないことをした。


 大切なものを失った。


 仕方のないことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る