第73話

 これで王座おうざの交代はった。などと考えるほどダドリーは楽観的ではない。


 さきほどの祝福は敬意に満ちたものではなく、どちらかといえば悪ノリにぎやかしという面の方が大きいだろう。


 挑戦をディアスにうまくはぐらかされたといった気分が強い。


 結局、真にハンターたちの信頼を得て王者と認められるためには実績を重ねなければならないということだ。


(あるいは、荒野で奴らを殺すか、だ……)


 物騒ぶっそうな考えだと自覚しつつも、それは選択肢のひとつとして保留し、否定するつもりはなかった。


 ディアスが示した態度の通りだ。仲間以外は全て敵。そう考えていなければいつ後ろから撃たれるかわかったものではない。


 当面とうめんの目標は打倒ディアス。


 常に奴よりも多くのミュータントを狩らねばならない。


「ファティマ、ミュータントの情報を集めてくれ。手頃な奴がいれば明日にでも行くぞ」


「明日ぁ?ちょっと急すぎやしない?」


 ファティマは不満げに、一位になったお祝いくらい……と、呟いていたがそれはダドリーがにらみ付けて黙らせた。勝つためには遊んでいる暇などない。


 こうなってはダドリーは他人ひとの意見を聞きはしない。ファティマは説得を諦め、大きくため息をついてからいくつかのクレジットを摘まみ上げてカウンターへと向かった。


 他の仲間たちに車両の整備と燃料弾薬の補給を指示してから、さて自分はどうするべきかと店内をぐるりと見回した。


 ディアスの姿は見当たらない。あの騒ぎのどさくさにまぎれて帰ったようだ。こういうところが適当にあしらわれているようで気に入らない。


 すみの席にアイザックを見つけた。ソーセージをツマミに酒を飲みながら本など読んでいる。


 大きな身体に大きな左腕、右腕の義肢はさらに大きい。手の中に収まる本がまるでメモ帳にみえる。


 そして身体の大小以前に、アイザックに読書というのが似合わない。


 ダドリーは大股で近づいて椅子を引き、アイザックの目の前にどかりと座った。


「座っていい、などと言った覚えはないぞ」


 アイザックは本から目を離さずにいった。だが、警戒しているという雰囲気は伝わってくる。特に銃など持っていないくせに、その声は自信に満ちていた。


「この椅子は店のものだ。座るのにいちいちお前の許可が必要なのか?」


「そうか。それなら俺が店を出ようかい」


「逃げるつもりか」


「目の前にドブ鼠がいたら誰だって逃げるさぁ」


 ここでようやくアイザックは本から目を離し顔を上げた。意地の悪い笑みを浮かべながらソーセージを口の中に放り込む。


 ソーセージとはいっても、正確には腸詰め肉ではない。人工肉のミンチと塩を練り上げ、棒状に固めて焼き目をつけたものだ。評判の悪い人工肉料理の中では比較的マシな部類である。


 どうせ酔っぱらえば細かい味などわからなくなるが、酒も安いのでなかなか酔えないのが問題だ。とはハンターたちの有名なジョークである。


 ドブ鼠とは無論、目の前の男に放った言葉であろう。その挑発で二人の間に冷たい空気が流れる。


 ダドリーは軽く腰を浮かせて、ホルスターに手を伸ばした。アイザックの様子を油断なく観察するが、やはり武器などは持っていなさそうだ。では、このアイザックの余裕はなんであろうか。ダドリーの殺気の放出を正面から浴びながら彼は薄笑うすわらいを浮かべている。


 緊張はしているだろう。だがそれは恐怖からではない。撃ち合いになったらいつでも受けて立つという姿勢だ。


 ダドリーには知るよしもなかった。アイザックの義肢は散弾銃と一体化しており、すでに銃口を向けられているということを。


 ディアスに銃は隠せと言われたときは正直なところ不満であった。


 マルコから秘密兵器はロマンだと聞かされたとき、賛同はしたが見せびらかしたいという気持ちのほうが強かった。


 今ならわかる。これが切り札を握るという快感、その気になればいつでも勝てるという愉悦ゆえつだ。それを相手は知らないという所がさらに面白い。


(なるほど、こいつはロマンチックだ……)


 ダドリーとて数えきれぬ死線を潜ってきた猛者もさだ。アイザックが何か危険な物を抱えているということは本能で感じ取っているだろう。それが何かはわからない。


「王様はどっしり構えるもんだぜ。座れよチャンピオン」


 ここで戦う気はないというアイザックの宣言で空気が少しだけやわらいだ。


 別に喧嘩を売るためにここへ来たわけではない。アイザックがひとを小馬鹿にしたような態度を崩さないことが気に入らなかったが、ダドリーは息を吐いて渋々と座り直した。


「何か聞きたいことがあるんだろう。ディアスのことか?」


「そうだ。何でもいいから聞かせてくれ」


「何でもいいってのが一番困るんだよなぁ……」


 しばし考える。本当に何を話せばいいのだろうか。


「そうだな、とりあえず誤解をひとつ解いておこうかい」


「誤解だと?」


「お前さんはディアスのことを無表情無反応の冷血漢れいけつかんだとでも思っているのだろうがそれは違う」


 ダドリーは先程のやりとりを思い出す。やはり得体の知れない何かを相手にしたような気持ち悪さしか残っていなかった。


 あいつは本当は優しい奴なんだよ、などといわれても理解はできないだろう。


「何が違うっていうんだ」


「あいつが修行僧みたいなツラしているのは、いつもきんたまを空っぽにしているからだ」


「……は?」


「オールタイム賢者だよ」


「お前は何をいっているんだ」


 そういう反応になるよな、とアイザックは半ば諦めたように頷いた。


 だがそれは紛れもなく事実であるし、ディアスという人間の本質を語るうえで避けては通れない道だ。


「早く帰って嫁とすけべしようやって考えているときに、赤の他人がわけのわからん因縁いんねんをつけてきたんだ。そりゃあ対応が雑にもなるだろう」


 なんということだろうか。言葉が出なかった。ダドリーがハンター業界の変革を夢見て啖呵たんかを切ったそのときに、あいつはそんなことを考えていたのか。


 悪夢だ。相手にされていないどころではない。


「あいつはただのむっつりスケベだ」


「やめろ、聞きたくない……」


 そんな奴を相手にライバル心を燃やし、挑戦し、受け流された。ダドリーの気分は際限さいげんなく沈んでゆく。これではまるで自分が、一人で勝手に踊っていた馬鹿ではないか。


「さっきもカウンターでこんなことがあってな。ディアスの奴は料理を持ち帰りでたのんでいたんだが、俺はこう言ってやったんだ。『お前さんは稼げるハンターで、借金も返し終わったんだ。もう少し贅沢をしろ』って。そうしたらあの野郎、なんて答えたと思う?」


 酔ってきたのかきょうが乗ってきたのか、アイザックは暗い顔のダドリーを無視してしゃべり続けた。


「大真面目なツラで『じゃあ、ソーセージ2本追加で』だとよ。このときの俺の気持ちがわかるか?そうじゃねぇだろって叫びたかったぜ」


「は、はは……」


 乾いた笑いしか出てこない。


「なにが言いたいかってぇとな、あいつに対抗心を持っても無駄ってことさ。勝負のスタートラインに立ってもくれねぇんだ。そういう奴なんだ。お前さんがハンターの頂上てっぺんとって何がしたいかは知らねぇが、俺もディアスも邪魔する気はないから安心してくれ」


 言うだけいって、アイザックは立ち上がり手をひらひらと振りながらさっさと酒場を出てしまった。あとにひとり、ダドリーだけが取り残される。


 邪魔をしないから安心してくれ、それはある意味アイザックの優しさから出た言葉だろう。だがダドリーはそれが侮辱ぶじょくとしか受け取れなかった。


 命がけで勝ち取った名誉めいよ。それを誰もが認めない。興味がないからくれてやる、好きにしろと投げ捨てるように奴らは去っていった。


「ふざけやがって…ッ!」


 歯を食いしばり、拳をテーブルに叩きつけた。ドン、と大きな音が店内に響き渡った。


 店の人々が一斉に振り返る。誰もそれ以上の興味は示さなかった。

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