第72話
(やめてくれよぉ……)
ダドリーと仲間たちの戸惑いの視線は二人の
あの中身は小型ミュータントなのか、中型なのか。今さら何を提出されようが下半期の成績に影響があるわけではない。
では来期はどうか?そのまた次は?
首位を守っていられる保証など何もないのだ。
次にあっさりと転落すれば人々は落胆していうだろう
「ああ、やっぱりな」と
ただのまぐれだった、偶然だったとしてダドリーたちの実力を認めず忘れていくのだろう。
王の座についてわずか数分で失うことが恐ろしくなってきた。
カウンターにクーラーボックスが置かれるとき、ドンと重そうな音がした。バーテンがよろめきながら奥へと運び、しばし時間をかけてから革袋を持って出てきた。形からして中身は大量のクレジットだろうか。
彼らの
その
ふと視線を感じて見回すと、10人からなる仲間たちがじっとリーダーであるダドリーに注視していた。
一位になった。ライバルが現れた。さて、この状況でどうするのかといった段階ということか。
「どうすんのダドリー。ここで対応を間違えるとナメられるよ」
仲間の一人、ファティマが不安げに顔をのぞきこんだ。
栗色のショートカットで、浅く日焼けした活発な印象を与える女だ。歳は20前後だというが、童顔のためいつも若く見られる。
ダドリーたちが所有する戦車の操縦手であり、仲間たちからの信頼も厚い。彼女の意見は仲間たちを代表して、といった意味合いがあるだろう。決して
「どうしたものかな……どう思う?」
「んっ……?」
聞き返される、というのはファティマにとって予想外であった。即決即断を信条とし、なればこそ仲間たちからの信頼を得ているダドリーがここまで迷うとはよくよくのことだ。
トップの座を意識していなかったわけではない。ただ、討伐がうまくいったときに一位になれたらいいなと笑いあう程度のものだった。いつの間にかディアスが首位を独占しているのが当たり前だと思い込んでいたのだ。
(それはあんたが考えることだと突き放すのではなく、ここは一緒に考えるべき場面かな……)
数秒の沈黙。厚ぼったい唇がゆっくりと開いた。
「ディアスの野郎に中指おっ立てて、テメェの時代は終わったと宣言してやるのよ。酒場全体に聞こえるくらいデカイ声で」
「それから?」
「後は流れで」
「えぇ……ちょっと適当すぎやしないか?」
ダドリーの表情に明らかな
「仕方ないでしょう!?あいつは無口で何を考えているかもわからない変人なんだから、どういう反応をするのかわかりゃしないの!無視するのか、怒るのか、いきなり殴りかかってくるのか予想もつかないの!」
「いや、それはそうだが……」
「それともなに?他にいい考えがあるなら勝手にしろ!」
「……すまない。ファティマの案を採用する」
ファティマの
(扱いづらい奴だな……)
と、眉をひそめたが、彼女が一番頼りになるのもまた事実であった。
カウンターで動きがあった。
「俺はちょいと飲んでいくから」
「ああ、お疲れ」
ディアスとアイザックが別れ帰ろうとしていた。ここだ、とタイミングを見計らいダドリーはディアスの進路を
「おい待てディアス、あれを見ろ!」
しかし、ディアスの射抜くような視線はダドリーの顔や手の動きを
「み、見ろよ!」
気まずい沈黙が流れる。
「仲間でも友人でもない奴の言うがままに視線を外せと?それはハンターとして
正論といえば確かにそうだが、まだ何もしていないのに、お前は敵だから警戒していると言われているようなものである。
「用があるならさっさと言え。さもなくば
「ふん、お前に指図されなきゃならん
「ここが通路だから退けといっている」
やはり俺はこいつが嫌いだ、とダドリーは改めて感じた。他人と協力して会話を成立させようという気がまるでない。
「動くつもりがないなら俺に
話がなにやらおかしな方向へ転がり始めた。まずい、この男は本気だ。そう思わせる雰囲気があった。
地位の逆転を指摘され、逆上したディアスが襲い掛かって来たので仕方なく返り討ちにした。そういうシナリオも悪くない。10人がかりなら楽に取り押さえられるだろう。
ただし、この男の性格上
「
と、いって相手の許可も取らずにいきなり銃を抜く可能性がある。
また、ここで殴り合いに発展すればアイザックが乱入してくるはずだ。包帯でぐるぐる巻きにされ
(どうしてそうなるんだよ……ただちょっと張り紙を見るくらいしてくれてもいいだろ!話が進まねえんだよ!)
ここで救世主がにやにやと笑いながら現れた。この世には無精ヒゲを生やしたむさ苦しい天使がいるらしい。アイザックがひょいと顔をだして張り紙を見て、その体格に劣らぬ大きな声でいった。
「おいおいディアス、討伐数で負けちまっているぞ」
「そういうことだ」
ダドリーはこれで自分のペースに持ち込める、と内心で安堵しながらにやりと笑った。これでこいつも現実を思い知り、今までのような舐めた態度を取ることもできないだろう。
ここが攻め時だと判断し、少々芝居がかった動きで指を突き付け叫んだ。
「ディアス、お前の時代はこれで終わりだ!これからは俺が……」
くい、と手を返して親指を自身に向けて宣言した。
「ハンターのトップだ」
言いながら、少し芝居っ気が過ぎたかとも思った。いや、これからは常に他人に見られていることを意識しなければならない。こうしたことが堂々と行えるようでなくては。
仲間たちが口々に
「よく言った!」
「いいぞ、ダドリー!」
と、
(そうだ、彼らのためにも俺は理想のリーダーであり続けなければならない。信じてついてきてくれた奴らにいい暮らしをさせてやりたい。それがリーダーの役目ってやつだろ……)
気になるのは次にディアスがどう出るか、だ。
相変わらずの無表情でぼそりと呟いた。
「おめでとう」
何を言われたのか、理解するのに数秒の時を要した。おめでとうとは何だ。できれば怒るか、不快感を
ディアスは思考停止するダドリーの右手首を掴んで、天高く
(なんだ、なんだ……ッ?)
拍手が聞こえる。生身の肉と金属を叩きあわせる
(だからなんだよ……ッ!?)
やがて仲間たちが、バーテンダーが、酒場に集まるハンターたちが続き、ダドリーは万雷の拍手に囲まれた。
「おめでとう!」
「おめでとう!」
「新王者誕生、おめでとう!」
どうしてこうなった。
ファティマを横目で
祝福する者たちを無視するわけにもいかず、ダドリーはぎこちない笑顔を返した。
「あ、ありがとう……」
もう一度、大きな拍手が巻き起こる。
ひどい茶番だ。そう自覚しつつ、ダドリーは抜け出せないでいた。
ディアスの姿はいつの間にか消えていた。
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