第68話

 マルコの執務室を訪ねたが、折り悪く留守にしていたようだ。


 特に時間を指定していたわけでも約束を取り付けていたわけでもない。ディアスは適当に飯でも買って帰ろうかときびすを返したところで見覚えのある金髪の後ろ姿をとらえた。自称、射撃術の弟子、警備員のクラリッサである。


 呼び止め、マルコ博士がどこに行ったかと尋ねると、彼は演習場にいるらしいと聞けた。


 何故演習場にいるのかそれはよくわからないが、間を空けてしまった気まずさもあり、丸子製作所の敷地内にいるなら挨拶くらいはしておこうと足を向けた。


 そして、一目で事情を理解した。


 見上げるほどに巨大な装甲車。例の機動要塞が所狭しと走り回っていたのだ。


 廃棄予定の乗用車を標的にでもしたのか、横転した車や、穴だらけになったもの、下半分しか残っていないものなど、多彩なスクラップが散らばっている。


(あ、これは絶対、楽しんでいるやつだ……)


 マルコの高笑いが聞こえたのは幻聴げんちょうであろう。だが、間違ってはいないはずだ。


 周囲を見渡すと、同じように冷めた眼で、暴走する装甲車を眺める女がいた。兵器工場の敷地内では異質であるが故に目立つ、メイド服のシーラであった。


「どうも、こんにちは」


 直接顔をあわせるのはこれで二回目だ。ロベルト商会総帥の側近と見て、ディアスは丁寧ていねいに話しかけた。


(はて、気のせいか……?)


 そこで何か違和感のようなものを感じた。以前、軽く話をしたときは好意的な対応であった。今はシーラから品定しなさだめをされているような視線を受けている。


 ディアスにはその理由がわからない。何か嫌われるようなことをしただろうかと考えるが、そもそも一度しか会っていないのだ。思い当たるはずがない。


 シーラの側からすれば、その態度の変化には充分な理由がある。ロベルト商会の総帥、絶対者たる父から


(あいつと結婚してこっちに引っ張り込め)


 と、言われているのだ。事実上の決定事項である。


 シーラの眼には明らかな失望の色が見える。


 モニターに映ったディアスの戦う姿はもっと凛々りりしく見えたものだが、夫になるべき男として見た場合の評価はまた別だ。


 ぼんやりとしていて、何を考えているのかわからない男。魅力のあるなしという段階ではない、恋愛対象として見ることすらできなかったのだ。


  理不尽な八つ当たりだと理解はしているが、自分がこんなにも悩み苦しんでいるというのに、何が起こっているのかわからないといった顔をしていることに嫌悪感すらいてきた。


 この男は、自分がどんな苦境くきょうに立たされようと、ぼけっと見ているだけというタイプの人間だろうか。そう考えると背筋が震えてきそうだった。


「マルコ博士が演習場にいると聞いて来たのですが、あの中に……?」


「はい。我が主、ロベルトと他数名の方々と一緒に」


 何が悪いというわけではないが、話をしていると葬式そうしきの打ち合わせをしているような気分になってくる。結婚が人生の墓場だというのであれば、ある意味正しい認識かもしれないが。


 ぎこちない会話を続けていると、それを打ち切る救いの手のように装甲車が近づいてきた。


 タラップを降ろして、まず巨大兵器を乗り回して満足といった表情のマルコが出てきた。次いでこの装甲車のオーナーであるロベルトがマルコに親しげに話しながら出てくる。丸子製作所の整備班長にして映画マニアのベンジャミン、巨大な義肢をつけたハンターのアイザックの姿もあった。


 その面子めんつを確認して、ディアスは納得したように頷いた。


「これは新兵器の御披露目おひろめというより、新しい玩具おもちゃを手に入れたおっさんのつどいということですか?」


おおむね、その解釈でよろしいかと」


 無表情を並べる二人のもとへ、温度差のある集団がにこやかに笑いながらやって来た。


「お、なんだ早速二人で仲良くやっているじゃないか。いや結構。あとは俺に任せておけ」


 下品な笑いを浮かべるロベルトに、シーラは眼を閉じて一礼した。眼を開けていたら、殺気のこもった視線でにらみ付けてしまいそうだ。


(こいつは親切のつもりでやっているのか。ひとの気も知らないで……)


 娘の気持ちなどいざ知らず、大したことではないからとばかりにロベルトは急に


「あ、そうだ」


 と、いって話題を変えた。


「お前、戦車を見たときはあんなに興奮していたのに、何故なぜか俺の装甲車には何の反応も示さないのな」


「何故と言われましても……」


 ちらと装甲車を見上げる。やはりこれはないな、という感想しか沸いてこない。


「美しくないからです。無駄なものが多すぎて、機能美からはかけ離れています」


「機能は必要最低限に絞ったつもりだぞ」


「無駄に大きなリクライニングシートとか、絨毯じゅうたんとか、ワインセラーとか……どれも装甲車には不要な装備ですよ」


「本当はジャグジーも付けたかったくらいだ。ゆっくり風呂につかってワインを飲みながらハンターどもとミュータントの殺しあいをじっくり眺めたかった。スペースの関係で断腸だんちょうの思いでけずった俺の英断えいだんめてくれたっていいだろう?」


「あなたは装甲車を何だと思っているんですか」


 シーラは呆れ、こいつに言っても無駄だろうと考えながら呟いた。


 確かに火力はある、装甲もある。だが、あんなものは兵器ではない。シーラに言わせれば、真面目にやっていないのである。


 皆で頑張っているところに、ひとの努力を嘲笑あざわらう人間が現れたかのような不快感。下手に実力があるだけに性質たちが悪い。


 ロベルトとシーラの会話はまったくの平行線をたどり、なんとなく場が白けたことで解散の流れとなった。


「それじゃあディアスくん、先日の報告を聞かせてくれるかい。大体の流れは知っているが当事者の意見も聞きたいんだ」


 マルコとディアスが連れだって執務室へと向かい、部外者であるはずのロベルトが当然だといわんばかりの顔でついていった。


「あ、あの……ッ!格納庫を見学してもよろしいでしょうか?」


 シーラが声をかけると、各人が軽く目配めくばせしたの後、ベンジャミンが進み出た。


「お嬢さんが見て面白いもんがあるとも思えないが、それでよければ好きにしてくれ」


「はい、ありがとうございます!」


 何もかも上手く行かない、納得もできない。


 今は無性むしょうにあの美しい戦車が見たかった。

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