第64話

 広い荒野のど真ん中に、くろがね要塞ようさいが現れた。


 昨日までそんなものはなかった、あるはずもない。ここはミュータントのテリトリーであり、人間の拠点きょてんが置けるはずもないからだ。


 よく見ればそれは巨大な装甲車であった。バス3台を合体させたかのような大きさで、幅1メートルほどもある履帯りたいによってその巨体を支えている。


 前方に主砲を3門、四方に機関銃を備えた、まさに移動要塞とでも呼ぶべき代物しろものであった。


 今は動いていない。その表面にびっしりとうごめく影が張り付いて、薄い白煙を立ち上らせている。影は人面トカゲであり、白煙は強酸を吐き出し装甲を焼いた跡であった。


 周囲には無惨な死骸しがいが撒き散らされている。それは撃ち殺された人面トカゲのものであり、ハンターたちのものであった。


 地獄から突如として這い出できたとしか思えぬ人面トカゲの群れ。そして特殊装甲車の中に待機していたハンターたちとのあいだで凄惨せいさん無惨むざんな戦いがあった。


 ライフル、マシンガン、ハンドガン、変わったところでブレードを持ち出した者もあった。誰もがひとかどのハンターであり、小型ミュータントごときなにするものぞと意気込み次々と人面トカゲたちを殺戮さつりくしていった。


 これで大金が貰えて、中央議会に出入りするほどのスポンサーの覚えがめでたくなるなんて旨すぎる話だと笑っていたものだが、すぐに彼らの笑顔は凍りつくことになった。


 敵が途切れないのである。やがて押し寄せる数の暴力の前に彼らは囲まれ、蹂躙じゅうりんされた。


 弾が切れた者がいた。無数の心なき顔に見つめられ発狂した者がいた。酸で顔を焼かれ、混乱して銃を無茶苦茶に撃ちまくった男が仲間を無差別に撃ち殺した、またその男も仲間に撃ち殺されるという一幕いちまくもあった。


 当然、特殊装甲車からも機関銃による援護はしていたのだが、これはある程度距離を置かなければ効果は薄く、地べたを這いずり回る人面トカゲにはほとんど当たらなかった。さすがに足元に撃てるようにはできていない。


 こうしてこの場は人面トカゲに制圧され、籠城ろうじょうせざるを得なくなった、というわけである。


 装甲車の中は広く大きな部屋となっている。前方は操縦、レーダー、火器管制関連の機材で占められているが、後方はこの装甲車のあるじ豪華ごうかなプライベートルームになっていた。


 この荒廃した世界のどこにこれほどの高級嗜好品こうきゅうしこうひんがあったのかと疑問に思うほどの造りである。


 毛の長い絨毯じゅうたんが敷かれ、中央には黒い革張りの椅子。玉座にゆったりと身体を預けワイングラスをもてあそぶ紳士風の男。年は50前後といったところだろうか。片眼鏡の奥から、ひどくつまらなさそうな視線をモニターに送っていた。


 名をロベルトという。いくつもの食料生産プラントを持つ、人々の生命線を握ったいわば街の顔役である。この男の身に何かあれば、新興しんこうの兵器工場の責任者マルコの首などいつ飛んでおかしくはないだろう。


 ふん、と鼻を鳴らしてグラスに半分ほど残ったワインを絨毯に惜しげもなくぶちまける。


 側に控えたメイドがボトルを持って新たに注ごうとするのを、そっと手で制した。ワインにもミュータントにも、もう飽きたといったところだ。


「マルコからの救援は、まだ来ないか?」


「はっ、申し訳ありません!救難信号は送り続けていますが未だに反応はありません!」


 通信手がばねに弾かれたように勢いよく立ちあがり、深々と頭を下げた。それを見たロベルトは苦笑をらす。


「別に貴様のせいではあるまいよ。そうかしこまることはない」


「はっ!申し訳ありません!」


 安心させてやろうというロベルトの気遣いはまったく逆効果であったようだ。


 次に、壁にぴったりと貼り付くように直立不動している男たちに目をやった。整備班長と部下4名、誰もが居心地いごこちの悪そうな顔をしている。


「貴様らも座ったらどうだ?今から緊張していたのではいざというとき役に立たんぞ」


「は、この度は、本当に申し訳なく……」


 年かさの男が震える声でいった。ロベルトはつまらなさそうに手を振って言葉をさえぎる。


「足回りが弱いことは先刻承知せんこくしょうちだ。そのために貴様ら整備班を連れてきた。だが、外に出られないのであればどうにもなるまい」


 巨体と分厚い装甲を支え、整備された道路ではない岩と穴だらけの荒野を走るのだ。履帯もまた巨大であるとはいえ、その負担は計り知れない。故障はある程度、仕方がないと割り切らねばならない部分はあった。


 システムチェックにより不具合を起こした箇所かしょはわかったが、それは一度外にでなければ修理できない。そして、外ではミュータントの狂宴きょうえんまっさかりである。無理に出たところでうたげに皿がひとつ追加されるようなものだ。


 整備班長は無言で頭を下げるが、座ろうという気はないようだ。


 さて、それでは外に出られないのは誰の責任なのか。奥に控えていた男が緊張に耐えかねたかのように進み出た。


「ロベルトさん、もう一度俺に行かせてください!」


 彼は人面トカゲと戦い敗れたハンターたちのただ一人の生き残りである。その顔立ちは少年といっていいほどに若い。


「外に出て、どうする?貴様ひとりでトカゲどもを全滅させるとでもいうのか、いさましいことだ」


「それは、出来る限りのことは……」


「状況を理解していないのか馬鹿め。多少、数を減らしたとてそれがなんだというのだ。整備班が安全に作業できるよう全滅させなければ意味がないのだ。その程度のこともわからないとは、俺は悲しいぞノーマン。まあ、全滅させることができますと言わなかっただけ救いようのない馬鹿とまではいわないが」


 ロベルトはノーマンと呼んだ少年に興味がないとばかりに、視線はモニターのなかで這いずり回る人面トカゲに向けられたままであった。


「やる気はあったが雇い主に止められて仕方なく留まりました。そういう姑息こそくなアピールはみっともないだけだぞ」


「親父、いい加減にしてくれ!」


 あまりにも露骨ろこつな言い方に、ノーマンは思わず叫びだした。


  親父、という単語に反応してかロベルトがゆっくりと振り向く。どこを見ているのかよくわからないような眼に、ノーマンは少しだけたじろいだ。


「なんだよ、まだ疑ってんのか。DNA鑑定かんてい結果だって見せただろう?まさか心当たりがないとでも言うつもりじゃないだろうな!?」


「心当たりが多すぎてよくわからんのだ」


 事もなげに言い放つロベルト。あまりにも堂々とした態度に、ノーマンはぽかんと口を開けて見ているしかできなかった。


 会話が中断されたタイミングを見計らって、メイドが前に出ていった。


「ノーマン、あなたこそいい加減にしなさい。ここではあなた方の関係は雇い主とハンター。親父などと軽々しく言ってはなりません」


「でも、姉さん……」


「姉さん、ではありません」


 切れ長の眼にじろりと射すくめられてノーマンは何もいえなくなった。


 彼はこの腹違いの姉が苦手であった。嫌いという意味ではなく、そのりんとした美しさを前にすると言葉を失ってしまうのだ。何故、血のつながった姉なのだろうかと真剣に悩んだこともある。


 彼らだけではない。殉職じゅんしょくしたハンターたちも全てロベルトの息子を名乗っていた異母兄弟である。それが事実かかたりか真偽は問わず雇い入れた。


 生き残れば優秀で使い道がある。死ねばそんな間抜けは俺の息子ではない、と。


 ほぼ全滅とはさすがに予想外ではあったが。


 唯一生き残ったノーマンも優秀さゆえではなく、腰を抜かしてひとり逃げ帰ってきただけだ。臆病おくびょうさは生き延びるハンターの資質と言えないこともないが、この状況下でそれを評価する気にはなれなかった。


 ロベルトの華麗かれいなる恋のロマンス、言い換えれば金持ち親父の助平根性であちこちに種をばら撒いた結果、どこに子供が何人いるのかわからないといった有り様であった。


 モニターの中で動きがあった。首のないトカゲがハンターの生首に近寄り融合ゆうごうを始めたのだ。かっと目を見開いたハンターの頭部と、頭を持たないトカゲ。両者の切断面がぐずぐずに溶け合い、混ざり、くっつく。やがて断末魔だんまつまの表情をきざみ付けたまま人面トカゲは歩き出し、装甲車の壁面に張り付いた。


 ロベルトは眼に光を取り戻して、身を乗り出してその様子を観察していた。あまりにもグロテスクな生命の神秘。いいものが見れたとロベルトは満足げであった。


「はっははは!おい、見ろ!息子がひとり増えたぞ!」


 何人いるかもわからない子供たちのなかでも比較的ひかくてきお気に入りの娘、メイド兼秘書として使っているシーラに話しかけるが、彼女からは軽蔑けいべつしたような視線が返ってくるだけであった。


 さすがに冗談が悪趣味すぎたらしい。ロベルトは肩をすくめて、またつまらなさそうにモニターを眺めていた。


「救援は、本当に来るのでしょうか……?」


 シーラが不安げに呟く。


 気丈に振る舞ってはいるが、荒野のど真ん中で立ち往生し、人の生首をぶら下げた巨大トカゲに囲まれては心も摩耗まもうしようというものだ。


 鉄面皮てつめんぴというより意識して感情を出さないようにしている娘が、可愛らしくも怖がっている様子に、少々意地の悪いたのしさを覚えながらロベルトは気楽な調子でいった。


「来るさ。何故ならマルコの野郎は優秀だ。俺の身に何かあれば共倒れになるとよくわかっているはずだ。ついでにいえば俺がそうなるように吹聴ふいちょうしてきたんだがな。マルコさんの映画に影響されまして、ってなあ」


 がはは、と豪快ごうかいに笑い出すロベルト。


 その様子をシーラとノーマンの姉弟は半ば呆れながら見ていた。


 このクソ親父、ここで殺したほうがいいのではないか、と。

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