第61話
いつもの
「ずいぶんと遅かったじゃないか。呼ばれたらさっさと来い」
「あなたにそんなことを言われる
カーディルを優しくソファーに座らせながら、ディアスは真っ直ぐに言い返した。マルコにしてみればこの反応は意外であり、
兵器工場の所長と
ディアスたちからすれば、マルコには世話になっているし、
義理と付き合いがあるから急な呼び出しにも応じてやった。それを感謝するわけでもなく、いきなり文句とはどういうことだ。ディアスも言い返さずにはいられなかったのだ。
ディアスは今のマルコに、かつての仲間たちの姿を見た。自分より立場が下だと思っている相手に逆らわれると
もしこれから一言でも恩を着せるようなことを言えばカーディルを連れて黙って立ち去ろう、ディアスはそう心に決めた。
恩はあるがそれを盾に相手の人格を無視したり
カーディルの義肢のローンは残りあとわずかだ。いっそのこと、戦車を売ってしまえば楽に返せるし、それから
金が必要となればカーディルと二人で、
(あれ?これはこれで楽しい生活なのではないか……?)
反抗心から出てきた考えが、
丸子製作所での戦車の買い取りを拒否、あるいは安く買い叩かれそうになったら他の工場に行ってもいい。神経接続式義肢の技術自体は丸子製作所の独占技術ではないのだ。この戦車を
無論、これは丸子製作所にとっては技術の流出であり裏切り行為にあたる。だがディアスは
ディアスの
判断を間違えれば取り返しのつかないことになりそうな、マルコはそうした危険な空気を感じとった。先に沈黙を破る。
「待て、まずは話を聞け」
ディアスは黙って頷いた。まだ警戒は解かれていない。
「以前、議会のお偉いさんにミュータントの記録映像を見せたろう。で、興味を持った奴らのうち一人が特注の装甲車で外に出た挙げ句、何をとち狂ったかうちに救難信号を送って来たってわけさ」
ドン、と強くマルコの拳が黒塗りのデスクに叩きつけられる。今までも怒りの感情が見え隠れしたことは何度かあるが、当の本人が苛立ちを表に出すのはスマートではないと考え、
今回、彼は自分自身の感情すらもて余しているようだ。
「これであいつにの身に何かあれば僕の責任にされるのだろうな!議会の連中は
カーディルが
「その話、馬鹿が勝手に
自己責任こそハンターの唯一にして絶対のルールである。誰かが遭難しようが行方不明だろうが、死体がひとつも増えたのだな、くらいにしか感じない。
助けてくれないなんて
「ああそうだ、僕も同意見だねぇ。ついでに言えば僕は何度も忠告したさ、危険だから行くな、って。それでも僕のせいにされるんだからやってられないよ。世の中、馬鹿のお
マルコの叫びに、ディアスは何も言うことはできなかった。ひどく理不尽に危機に落とされる、その気持ちは痛いほどによくわかった。
彼は丸子製作所の従業員たち全ての生活に責任を負う立場である。ある意味では死んでしまえばそれで全ておしまいだったディアスたちよりも、その苦悩は深いかもしれない。
しかもマルコがミュータントの記録映像を議会に提出したのは、その
それを観光気分の馬鹿と、権力争いに明け暮れてここぞとばかりに足を引っ張ってくる連中に潰されようとしているのだ。ふざけるな、と叫びたくもなるだろう。
ディアスはつい先程まで
(こいつの態度が気に入らないから、最高に困る方法で手を切ってやろうか……)
などと考えていたことを反省した。
「博士、ひとつだけ誤解を解いておきましょう」
「あぁ?何だい、誤解って」
「俺たちはあなたの味方です」
「ぬ……」
しばしそのまま、マルコはディアスを睨み付けていたが、やがて全身から力が抜けたように大きくため息をついた。
「……悪かったよ。つまり最初からこう言えば良かったんだな。助けて欲しいと」
「博士直々のご依頼とあらばすぐに行きましょう。通常の依頼料に加え、特急料金と夜間料金はいただきますが」
「……中断料金はいらないのかい?」
「そっちの八つ当たりはミュータントにします」
ようやくいつもの会話が戻ってきたことに、内心ほっと胸をなでおろす二人であった。
「ではご苦労だがさっそく向かってくれ。弾薬と燃料の補給は整備の連中に指示してあるし、救難信号の受信装置も積み込んであるので方向はわかるはずだ」
「保護対象が既に死亡していた場合は責任はもてませんよ。その場合、
「遺体は感謝されるどころか逆に面倒なことになりそうだなぁ……。形見も、盗んだって言われるの嫌だし現場写真だけ撮ってきて。しかし……」
「しかし、なんでしょうか?」
「多分、生きていると思うんだよね。やたらとゴツい装甲車を用意したって自慢していたから。救難信号を出す余裕もあるし、なんらかのトラブルで動けないって可能性が一番高いかな」
聞くべきことは聞いた。ディアスは大きく頷いて、マルコもそれに返す。
カーディルの髪を軽く撫でてから、その身体を軽々と抱き抱えて執務室を後にした。
独り、静寂のなかに取り残されたマルコ。
本日何度目になるかもわからぬため息をつきながら、全身から力が抜けたように、椅子に深く身をあずけた。
まだ何も解決したわけではない。だが、ディアスたちに依頼をしたことで肩の荷が少し軽くなったように思えるのもまた事実だ。
自分のなかであの二人の存在がこうまで大きくなっていたのかと、驚いてもいた。
(5年、いやもう6年になるかな。
あのときは丁度いいところに四肢のない女が転がり込んできたので実験に使おう、くらいにしか考えていなかった。
もっと契約内容を詰めれば彼らを手駒にすることもできたであろう。
向上心もなく、ただ言われるままに動く中途半端な兵器に成り下がっていた可能性も充分にあるのだ。どちらが正しかったのかと、
そんなことを考えていると、自然と口許に笑みが浮かんでくる。きっと、これはこれで良かったのだろう。そう考えることにした。
「頼むぞ、迷子の馬鹿を連れ戻してくれ……」
と、重厚なドアに向かって独り呟く。
いつの間にか、不安と苛立ちは大分薄らいでいた。
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