機動要塞
第60話
5年前は白髪混じりだった髪も、今では
静かな寝息をたてる恋人の腕に頭を乗せて、カーディルは穏やかな笑みを浮かべていた。
犬蜘蛛の巣穴で
カーディルは身をよじってディアスの体の上に
(この人をもっと喜ばせたい。喜ぶことなら何でもしてあげたい……)
熱くうるんだ
やがてディアスは無言で、ゆっくりと眼を開いた。
(しまった、やりすぎたかな……?)
ここまでやっておいて起きないはずもない。つい夢中になってしまった。
「ぐ、グッドモーニング」
起こしてしまったことに
しかしディアスは怒ったり文句を言うどころか、カーディルを抱き寄せてその豊かな胸に顔を埋め、その体臭を大きく胸一杯に吸い込んだ。
「もう、止まれないぞ。こうなっては……」
優しげな声で
ディアスに求められている。それがカーディルを大いに喜ばせ、幸せな気分が広がった。
(彼に抱かれているときと、ミュータントをブッ殺したときだけ、生きているっていう実感があるわ……)
と、そのとき出入り口のドアが激しく叩かれた。よほど慌てているのか、ノックというよりも
「ディアスさん、カーディルさん、緊急事態です!マルコ博士の召集ですよ!」
丸子製作所の研究員、クラリッサの声だ。鈴の鳴るような可愛らしい声だが、今のディアスとカーディルにとっては
「無視よ、無視……ッ」
カーディルはディアスの胸に額を当ててぼそりと
だが、クラリッサの激しいノックは確信をもって続けられた。
「開けてください、中にいるのはわかっているんですよ!」
そういえば、とディアスはクラリッサの義眼の性能を思い出した。彼女の眼は高性能のサーモグラフィになってあり、体温を感知できるのだ。薄い壁一枚を
こうなっては仕方がないとディアスは
納得こそしていないが不平は言わず、ベッドの上を転がって枕に顔を埋めるカーディルの姿を横目で見つつ
(こういう所が可愛いなぁ……)
などと考えつつ、全裸のまま立ち上がるディアス。
ドアの前に立ち、こちらからもドンと1回、強く叩いた。話す準備ができたぞ、という合図である。
「一体、何事だろうか。正直なところ今は取り込み中なので後にしてもらいたいのだが」
取り込み中、その意味をクラリッサはハッキリと理解していた。折り重なっていた体、下腹部に集まる熱。
ただ、知り合いがそういうことをしている現場に踏み込むのは生々しく、気まずいものであった。
これがプライベートであれば顔を真っ赤にして
「失礼しましたぁ!」
と、叫びながら逃げ出すところであろうが、今回はマルコからの
丸子製作所内でのクラリッサの立場は
このような状態で、あいつはお使いひとつもまともにできない、などという
逆に、義眼の能力で居留守を見破って連れてきたという話をすれば、マルコはきっと
(面白い奴だ)
と、思ってくれるだろう。愛し合う恋人たちの時間に乱入するという
(それにしても、いつも射撃訓練でお世話になっている男の人がドア一枚隔てて全裸で
運命の不思議と理不尽を噛み締めながら、ここが気合いの入れどころだと、ぐっと腹に力を込めていつた。
「人の命がかかっています。時間が経てばそれだけ状況が悪くなります。どうか、お急ぎを」
時間を指定しての要求は我ながら良かったのではないかとほくそ笑むクラリッサ。ディアスは軽くため息をつき、諦めたようにいった。
「着替える時間くらいはくれるのだろう?」
フルヌードの若い男女が工場の
「マルコ博士と打ち合わせをしたら、すぐに戦車に乗ることになると思いますので、義肢は着けずに抱き抱えて行ってください。執務室までは私がご案内します」
この倉庫を改造した家からマルコの執務室まで、数えきれぬほど往復している。やろうと思えば目をつぶっても行けるかもしれない。案内など今さら必要性は
(要するに、
と、ディアスは少し白けたような気分になった。
しかし、この場でクラリッサを責めたところでどうにもならないし、そうまでして自分たちを連れていきたいのだという本気の度合いの表れだと考えることにして
「わかった、すぐに準備する」
と、だけ答えた。扉の向こうからクラリッサのほっと安心したような雰囲気が伝わってくる。
ディアスはベッドの下に脱ぎ散らされた服の中から
「残念ながらお仕事だ」
そう言いながら、慣れた手つきでカーディルに下着を
「よし、今日も
「……私の準備はいいとして、あなたスッポンポンじゃないの」
と、カーディルは呆れたようにいった。全裸である。
ディアスはカーディルのことに掛かりきりで自分のことは後回しにすることは多々あるが、ここまで間の抜けたことをしたのは初めてだ。表情こそ変わらないが中断させられたこと、それは彼をよほど大きく
「その格好で行って、博士に対する
「……止めておこう、
こうして、足元に散らばった服を素早く身につけた。壁に掛けたライフルを背負い、カーディルをその胸に抱き上げ、背筋をまっすぐに伸ばし堂々と外に出た。
待ちくたびれた、というほどの時間も経っていないはずだが、どこか少し疲れた様子のクラリッサに頷いてみせる。
「待たせたな」
戦いを前にした二人には歴戦の兵士としての風格が漂い、先ほどまでの色ボケカップルの印象はまるでない。
四肢のない女が、男に抱き上げられているという光景も、どこか幻想的な美しさを感じさせる。人間が色の塊にしか見えないクラリッサの眼にも、どこか特別なものとして映ったほどだ。
クラリッサは一瞬、息を飲んでから、早足で歩き出すディアスの背中を慌てて追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます