第62話
街の灯りを背に、
これは自殺行為か、あるいは勇者の行動か。少なくとも
「方向さえ合っていれば迷わずに済むのが荒野のいいところよね」
救難信号の受信機は本当にただ乗せただけであり、カーディルと神経接続はされていない。モニターを見ながらディアスが指示を出し、その方向へと向かっているのだ。
信号の発信元は1ミリたりとも動いていない。合流しようとする側としては都合がいいのだが、こうなると特殊装甲車の中の連中が生きているのか死んでいるのか、それだけが不安ではあった。
荒野はミュータントの支配する世界であり、電波中継用のアンテナなど置けばたちまち壊される恐れがある。メンテナンスだって気軽に出来るような環境ではない。
砂嵐や電磁波の影響もあり、通信機で会話しようとなると、数十メートル以内でなければできない。単純に信号を発するだけの
「馬鹿のケツ持ちとかほんと面倒だわ。もうさ、適当にイイコトしながら時間潰して、見つかりませんでしたで帰らない?」
「よしてくれ、そういうこと言うの。
カーディルは後方、ディアスは前方に座ったままでお互いの顔は見ていないが、笑っているのだろうという雰囲気は伝わってきた。それと同時に思う、マルコとの間にわだかまりが残っていたら本当にそうしていたのではないかと。普段から
「それにしても、夜に外出りゃ凶暴化したミュータントに襲われるだなんて、裸で街に出れば捕まるってくらい常識でしょう?いくら世間知らずの金持ち様だからって何やってんだか……」
「そういうのが好きな奴もいるのさ」
馬鹿話をしながら戦車は突き進む。やがて人類の
ここからが本番だ、と二人は口数も減り、周囲を警戒しながら走った。
「レーダーに反応!小型ミュータント、数……うぇっ、100以上!」
外部カメラからモニターに映される黒い影。何か平べったいものが数匹、戦車に並走している。さらに100匹近くが足音もなく後方から迫る。
照明弾を放つべきかと一瞬迷った。戦うためには明かりが必要だ。それと同時に、ここにいるぞと
すぐに腹をくくった。
「ここで奴らを全滅させるぞ!」
「了解!」
ミュータントを皆殺しにするとなればカーディルに
6門の迫撃砲のうち半数を起動させて、昭明弾を打ち上げた。
乳白色の輝きに照らされ闇の衣を剥がされたミュータントは、全長1メートルはあろうかというトカゲであった。
「うわっ、ちょっ……何あれ?後ろから来るのも全部あれ!?」
ミュータントの姿形が基本的に悪趣味であることは知っているはずのカーディルも、このときばかりは大いに慌てた。夜間に、人の頭をした巨大トカゲの大群に追われてしまえばそうもなろう。
「首なしトカゲだ……ッ」
ディアスが吐き出すようにいった。
「首なし?あるじゃないの!」
「あれは借り物だそうだ」
以前、蝿蛙討伐の後で約束通りアイザックとミュータントの情報交換をしたのだが、中型ミュータントについてはディアスから情報提供するばかりでアイザックから有益な話はほとんど聞けなかった。3桁以上の中型を狩ってきたディアスたちにとっては、そのほとんどが既に知っている話だったのである。
このままでは
どうも彼は酒を飲んでも眠れないような寝苦しい夜は、愛用の大型ライフルを担いでフラりと街の外に出ることがあるそうだ。
無理はしない、危険を感じたらすぐに逃げる。その二つを心がけてはいるとはいっていたが
(この男は馬鹿なのではあるまいか……?)
と、ディアスはそう感じずにはいられなかった。
つい先程までつまらなさそうな顔をしていた男が熱心に聞くのに、アイザックは気をよくして語ったものだ。
その話の中に出てきたのが、この首なしトカゲである。
このトカゲには奇妙な習性がある。まず産まれたばかりの頃はその名の通り首も頭も無い。脳は体内にあり、口は腹にある。縦に裂けた腹から凶悪なまでに尖った歯が現れ、それを使って食事をするのだ。
好物は人間の肉であり、荒野に倒れたハンターは彼らのご馳走だ。
ハンターの死骸を見つけると首なしトカゲは数匹がかりで骨ごと食らい尽くす。ただし、頭部だけは残す。そして首を持たない者が残った頭部と、己の身体の先端、つまりは本来頭がある部分と同化させるのだ。こうして取り付けた頭は血管なども再利用し、血が巡るので腐り落ちたりもしないそうだ。
人間の脳があってもそれで考えるわけでもなく、泣きも笑いもせず表情は変わらない。
もうひとつの特徴として、首なしトカゲは強酸性の体液を口から吐き出す。この場合、口とは人間の頭部の方だ。当然、人間の顔に酸に対する耐性などなく、体液を吐き出せば
以上が、アイザックが楽しげに話してくれた内容である。
ミュータントに対してはいつも
「どうすんのよ、これぇ……」
背中に突き刺さる視線。カーディルの困惑と、方針を示して欲しいという期待を背に感じながら、ディアスは動揺から立ち直り決意した。相手の姿形がどうであれ、やるべきことは変わらない。戦うことと、哀れと思うことは別物だ。
「カーディル、彼らを救いたいと願うならむしろここで殺してやるべきだ。あんな姿で生かされるなど
「そうね……わかった、やってやるわ!」
「砲塔を旋回させ、機関銃で
「了解!射程の内側、すぐ近くにいる奴は?」
「踏み潰す!」
「うん?」
確かに
カーディルは疑問に感じぬでもなかったが、すぐに考え直した。死者に遠慮して危機に
戦車は右に角度をつけて並走していた首なしトカゲに迫る。まず、足が履帯に巻き込まれた。こうなれば逃げることなど
「ぐぇ、ぐげぇぇ……」
人間の頭部から、とても人間のものとは思えぬ悲鳴が絞り出された。
そのまま身体、頭と、戦車の全重量をかけた凶悪なミンチマシーンに粉砕される。骨は砕け肉は千切れ、もう何も残らない。ただ血の跡だけがそこに生命があったことを示している。
こうして闇のなか、凄惨な血の
残る首は、100と2つ。
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