第57話
荒野に叩きつけられた漆黒の太陽は
数千の
「カーディル、
「了解!」
岩や地割れをバック走のまま器用に避ける。しかしそうして
ディアスとカーディルの表情に焦りはない。これこそ作戦通りであった。
肉食蝿にも個体差、あるいは個性とでも呼ぶべきものがあるのか。
長く飛べる者、速く飛べる者、そうでない者。
集団に従って戦車に取り付こうとする者、集団から離れてアイザックの装甲車へ向かう者、あるいはどこかへ気ままに飛び去る者と、様々であった。
走り続け、飛び続けとしているうちに呪いの羽音を響かせる黒い
「10、9、8……」
照準器を
「7、6……5……ッ!」
ディアスの目がカッと見開かれ、
炎を
その火力の前に、先頭集団は一瞬で消え去った。灰すら
(存在そのものを許さない、なんて
ディアスが
「脳みそが1グラムにも
対して、カーディルはそのような感傷とはまったくの無縁であった。その
二度、三度と業火を放つ。その
火炎放射器が発する熱ともなれば、その
集団の半数以上が削られたところで、好戦的な肉食蝿たちもようやく己の不利を
「ディアス、
「いやぁ……ここらが
カーディルが激情に任せて叫ぶが、ディアスはそれをやんわりと受け流した。すでに照準器から目を離し、両手を後頭部に当てて、椅子に深く背を預けていた。もはや
「奴らの方から向かって来るならともかく、空に散らばった虫など、どうにもならんさ。火炎放射器の燃料もあと1分使えば切れそうだ」
「1分もあれば、あと3千匹は焼き殺してやれるわ!」
「カーディル、
例えば今、散らばって行った肉食蝿たちとアイザックの方へと向かっていた蠅どもが合流して再び襲いかかってくればどうなるか。そのとき、火炎放射器の燃料が尽きていたら?
どのような形で襲ってくるかも分からぬ
そのために追撃のチャンスを見逃したとしてもだ。
カーディルは不満であった。散々、己を苦しめ夢にまで出てくるような奴らを焼き払うせっかくの機会をここで仕舞いにしなければならないのかと。
そして不安でもあった。カーディルがミュータントにどのような目にあわされたか、ディアスが知らぬわけではあるまい。
自分が抱いているミュータントへの憎悪や嫌悪感、そうしたものをまったく無視してただ正論を並べ立てているのではないかと。
しかし、彼女とて歴戦のハンターである。
「オーライ、今日はこのくらいにしておいてやるわ」
「すまないな、俺のわがままを聞いてもらって……」
と、ディアスは振り向き、背もたれの横から顔を出してぺこりと頭を下げた。
カーディルを
パートナーの気持ちを理解していないわけではない。理解した上で、
長い付き合いである。不器用で言葉少ないディアスの考えを、カーディルは正しく理解した。
(仕方ない、
と、どこか楽しげに笑うカーディルであった。
「さて、これからどうしよっか?」
「とりあえずアイザックと合流だな」
「食われてなけりゃあいいけど」
悪趣味な冗談を吐きながら戦車は再び前進した。意図的にそうしたコースをとったのか、カーディルはひどく冷めた顔つきで堕ちた蝿の死骸を履帯で
ディアスはそのことに対して
(結局、俺は彼女にどうして欲しいのだろうな。ミュータントへの憎悪を全て捨て去って
前者についてはまず不可能だろう。忘れろと言われて、はいそうですかと答えられるほど
復讐は何も産まない、とはよくある
いくら考えても戦い続けるより他はないのだが、誰を倒せば終わり、何匹殺せば終了といったゴールが見えないことが一番辛い。
言うべき言葉も見つからず、とりあえず今は話題を変えることで
「こいつは博士から聞いた話なんだが……」
「なに?」
「旧世紀の大戦中に、火炎放射戦車というものがあったらしいんだ」
「名前から
「ご名答。火炎放射のみに
「便利とは思うけど、使っている奴は見たことないわね」
「大戦中も、なんだかんだで
「ふぅん……何で?」
「何でって、そりゃあ……」
ディアスは振り返らずに手だけを上げてひらひらと振ってみせた。カーディルの位置から顔は見えないが、苦笑いのひとつも浮かべていることだろう。
「射程が10メートル前後しかなくて敵の攻撃に反撃できない、燃料満載の戦車って、どう思う?」
「……
その的確かつ無慈悲な評価にディアスは、違いない、と呟き笑いだした。釣られてカーディルもくすくすと笑いだす。
ひとしきり笑った後、カーディルはひどく
「ねえ、ディアス……」
「ん、なんだい?」
「……ありがとう」
「ああ……」
何が、とは言わなかったし、聞きもしなかった。
車内に流れる
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます