第54話
あの日、荒野に
あの戦いに、ミュータントの死に何の意味があったのか、それは生き残った彼らにしかわからぬことだ。
街はなく、道もなく、これといった目印もない、岩山ばかりが並ぶどこまでも
距離と方角を確かめるためだけの地図を頼りに走る、2台の車両。
ひとつはディアスとカーディルの乗る漆黒の戦車である。左右に取り付けられた
もう一台、戦車に
今回の目的は中型ミュータントの討伐ではなく、バイクの回収と、ただ様子を見に行くだけなので無理してついていく必要はなかったのだが、アイザックはそれをよしとはしなかった。
(誰かに
遠くから何かが聞こえる。しばらくの間、それが何なのかよくわからなかった。
「おい、アイザック。どうした?」
ディアスからの通信で、沼にはまったような思考が引き戻された。どうやら何度も呼び掛けていたらしい。
「すまんな、ちょっと昼寝してたぜ」
「おいおい……。気が付いたら岩に激突していました、とか止めてくれよ。ちゃんと水分取っているか?塩分タブレットはまだあるか?」
「おふくろみたいなことを言うな。こちとらベテランハンター様だぞ、道具のチョイスにヘマはしねぇよ」
年代物の車で、冷房がガーガーうるさく、少しカビ臭い。それでも文明の利器によって涼しく過ごせるというのはいいものだ。荷物は
便利という意味では車の方がずっといいのだろうが、アイザックはもうバイクで向い風を感じながら走ることに
(どちらが良いとか悪いとかじゃなくて、あっちのほうが俺の
どこまで行っても同じ景色。これが愛用のバイクであったら飽きずに走り続けていたのだろうか。
「で、何か用か?」
「用というほどでもない。ただの雑談を振っただけだ」
「言ってくれよ、眠気ざましにもなる」
「そうだなあ……」
と、少し間を開けてからいった。
「正直なところ、火炎放射器って
「それなぁ……」
通信機ごしで相手の顔も見えないが、お互い苦笑いしているのだろうと思った。
火炎放射器の、他の武器とは大きく
アイザックの装甲車は後部座席をボンベに
「狩りに出る度にこいつを
「危険を避けるのは結構だけど、他所で蝿蛙がでたらどうすんのよ?」
カーディルの疑問に、ディアスは振り返らず手をひらひらと振ってみせた。
「悲鳴をあげて逃げるさ。ところで蝿蛙の速さってどうなんだ?経験者の意見が聞きたいな」
アイザックが頭のなかで記憶を
「ジャンプ力は
「で、結局どっちなのよ?」
「わかることしかわからねえよ。俺は一回戦っただけなんだ。それだけで蝿蛙博士になんかなれるものかい」
「ま、そう言われりゃそうよね」
「お前らだって、このミュータントのことなら自信をもって語れる、ってやつはそんなにいないだろう?」
「犬蜘蛛とキラーエイプあたりはお得意様だ。楽勝とは言わないが行動パターンは大体読める。それ以外となると、自信はないな」
また、アイザックは深く考え込んだ。
最新鋭の戦車で戦い続けてきたディアスたちでさえ、はっきり知っていると言えるのはたったの二種類だ。
前回の失敗は結局のところ、ミュータントに対する知識不足が原因だ。ベルゼブルなどという
だが、そうした知識はハンターの間で共有されてはいない。
荒野で力尽きた命の中には、前もって知識さえあれば助かったものがいくらもあるはずだ。
情報は独占してこそプロ、プロハンターの世界は厳しい。そんな考え方は果して正しいのだろうか、ミュータントとは人類が一丸となって立ち向かうべき相手ではないのか、と……。
(どうも俺は
自分の考え方の方がハンターとしては
「なあ、ディアス。帰ったらミュータントについての情報を交換しないか?」
「んん?」
さて、どういった反応がくるか。ハンターに向かって飯の種を公開しろと言ったのだ。彼らとて、自分たちにしか倒せないミュータントがいてくれたほうが市場価値を上げることができるだろう。
だが、アイザックにとってはある程度の勝算をもっての提案であった。
ディアスは金や名誉に対する
「ああ、いいよ」
予想以上にあっさりと
(ハンターの本質がどうのこうのと悩んでいた俺が馬鹿みたいじゃねえか……)
まだ、ディアスという人間を
情報交換によって生き延びる可能性が少しでも高まるのであれば彼に
(とにかく第一段階はクリアだ……)
できればこうしてもっと多くのハンターと情報交換していきたい。最終的にはハンター全体でミュータントの情報を共有し、一人でも多く
さすがにそれは
アイザックの表情に苦笑いが浮かぶ。本当に
「レーダーに反応!前方5キロ!」
カーディルの叫びで甘い思考が中断される。アイザックはすぐに自分の手元のレーダーを見るが反応はない。こうまで性能が違うものかと
「それで、レーダーに映ったのはどこのどいつだ!?」
ハンドルから右手を離し、火炎放射器の発射装置に触れる。あのときの
「一度、言ってみたかったんだけどさ……」
「なんだ!?」
「良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」
通信機の向こうであの女がにやにやと笑っている。そんな気がした。
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