第53話

 ある日、ディアスとカーディル、アイザックの三人は丸子製作所の所長執務室しょちょうしつむしつおとずれていた。バイクの回収と、肉食蝿にくしょくばえが大量発生した地点の調査のため、その相談に来たのだ。


 肉食蝿の大群たいぐんは本当に予想外、予測不可能な災難であった。あれがもしもミュータントの肉に反応せず、人間しか狙わないタイプであればどうなっていたか。そう考えると背筋せすじがぞっとする。


 あの地点が今、どうなっているのか。調査はマルコに依頼されたものではない。ハンターとしてなにも知らないまま放っておくのはあまりにも気持ちが悪い……。そう話し合って決めたことだ。


  今までいかなる強大な敵も、その砲弾で撃ち貫いてきた。今回のような細かい虫の大群、雲を掴むがごとき敵は初めてであった。


 これから先、同じようなことが起こらないとも限らない。対策は必要だ。


 特にカーディルはこの遠征えんせいに乗り気であった。


(クソ蝿ども、一匹残らず灰にしてやる……)


 と、意気込いきごんでいる。


 彼女の記憶に残った蝿の記憶。犬蜘蛛に四肢を食われている最中に周囲を飛び回る黒い影。


 傷口に植え付けられた蛆虫うじむしは手術のさいに全て取りのぞかれたが、それがいつかいて出てくるのではないかという幻想げんそうに長いこと苦しめられたものだ。


 今は手足の切り口が義肢接続用のソケットになっているが、ときおりむしりたくなり、そのたびにミュータントと肉食蠅に対する憎しみが湧いて出てくるのだ。


 砲弾で蝿の大群は倒せない。まとめて倒すための広範囲攻撃が必要だ。


 案として出てきたのは殺虫剤と火炎放射器であるが、殺虫剤では肉食蝿の耐性たいせいによっては効かない場合があるし、兵器工場である丸子製作所ではそもそも扱っていないのではないか、ということで火炎放射器を選ぶことにした。


 こうして新しい武装の取り付けのためにやってきたわけだが、マルコは渋い顔をしてモニターを見ながら指先で机を叩いており、何事かと三人は顔を見合わせた。


「やぁ、君たちか。今日はどうしたんだい?」


 今になってようやく気付いたようにいった。やはり、心ここにあらずといった様子である。


「例の蝿の後始末で、新武装の相談に。博士こそどうしたんですか、モニター見ながらボケッとして」


 カーディルが聞くと、マルコは少し困ったような顔をしながら腕を天井に向けて大きく伸ばした。ため息をつき、モニターと三人の顔を交互に見てから、やがてあきらめたようにいった。


「この前のミュータント討伐とうばつの映像をさ、議会のおえらいさんがたに見せたわけだよ。全員ってわけにはいかないけど、幾人いくにんかが僕の話を聞いてくれるようになってくれてねぇ……」


「おう、そうか!俺の勇姿ゆうしをばっちり見てもらえたわけだな!」


 ガハハと笑いながら義肢を振り回して上機嫌なアイザックを、マルコはどこか冷ややかな目で見ていた。なにか様子がおかしい、ディアスが話をうながした。


賛同者さんどうしゃが増えたなら結構なことじゃないですか。まさか全員がミュータントの脅威を理解してくれたわけじゃないから不満、というわけじゃないでしょう?」


「さすがにそんな妄想もうそうはしていないさ。賛同者が増えるという結果がついてきた、それはいい。問題は……あぁ」


 また、ひどく疲れたような顔で首を振った。投げ出したい問題だがそうもいかない、といったところだろうか。


「ミュータントの脅威を理解してくれたわけじゃなくて、アクション映画に興味を持っただけなんだよね」


「それは、なんとも……」


「怖いと思わせなきゃいけないのに、きっちり倒したのがまずかったかな。いっそアイザックが食われて終わるようなショッキングな映像の方が良かったかもしれない」


「あの場面で俺が死んだら、次に襲われるのはあんたらだからな?」


 本気とも冗談ともつかぬ口調のアイザックとマルコであった。


 カーディルが長いまつ毛を伏せて悲しげに、不快感ふかいかんも交えて呟く。


「結局、議会の連中にとってはどこまでいってもミュータントによる被害は対岸たいがんの火事でしかないのね……」


 そんなカーディルの肩を、ディアスがごく自然な流れで抱き寄せる。それだけで彼女の表情からけんが取れて落ち着いたようだ。


 マルコはそれを見て、なるほどこうして不安定な感情をコントロールしているのかと、あらためて感心したものだ。


「こうなると、人馬の時に援助えんじょしてくれた方々かたがたの存在が本当にありがたいですね」


 暗い流れを断ち切るようにディアスがいった。ひどい状況だが、最悪ではない。少ないが味方だっている。それらを大事にしよう、と。


 ドン底でも歩みを止めなかった男の言葉だ、素直に聞くことにしよう、とマルコは頷いた。


 それにしても、真面目な顔をして、真面目な話をしながらカーディルの頭をで続けているのはいかがなものか。カーディルもまた、発情した猫のような仕草しぐさほおをディアスの胸にこすり付けている。


(まあ、こういうところも含めてディアスくんだよな……)


 あまり、細かいことは気にしないことにした。


「ところで君たちにまた頼みたいことがあるんだが……」


 マルコが上目遣うわめづかいで、探るようにいった。この流れなら味方をしてくれるのではないかと期待して。


「今回の映像を気に入ってくれた人がね、中型ミュータントを間近で見たいと言い出して。その、護衛ごえいをだね……」


 言い終わらぬうちに、三人は口を揃えていった。


「お断りします」


「嫌です」


「やなこった」


 取りつく島もない、とはこのことである。

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