第52話
ディアスたちがキラーエイプを追いかけて行った後、新手が出現したこと。アイザックが
あらかた話終えるが反応がない。こいつは本当に聞いているのだろうかと不安になってきたところで、ようやくディアスから通信が返ってきた。
「そういうことでしたら
「え、あるの?」
助けを求めるために通信をしているのだから、あると言ってもらわねば困る。
ただ、こうもあっさりと策があるなどと言われれば驚くのも無理からぬことであった。
「すまないが、その解決策とやらを
ディアスは、ぬぅ、と
よほど気にくわない策なのだろうか。何だかよくわからないが、マルコとてなり
「ディアスくん、その気がかりとやらは僕らの命より重要なものかい?」
「……そういう言い方は
「
はあ、と大きなため息。室内の反響するものから、開放的なものへと音の質が変わった。どうやら外へ出て作業をしているようだ。
「ディアスくん、君は今いったい何をやっているんだい?」
肉食蝿の羽音と、同乗者たちの、これで助かるのだろうかといった期待と不安の声で聞き取りづらいが、頑張れば話ができないでもない。
「キラーエイプの
そこでようやくディアスのやろうとしていることを理解した。
肉食蝿たちに新鮮なミュータントの肉を提供してやろうというのだ。キラーエイプの固い肉ならさぞかし噛みごたえがあるだろう。それともこの暑さですぐにぐずぐずに腐るだろうか。
いいアイデアだ、と言おうとしたところでアイザックが通信に割り込んできた。
「ははっ!なるほど、いいじゃねえか!ミュータントの
「何って……何もかもがだ」
答えになっていない答えと共にエンジン音が聞こえる。どうやらこちらに向けて出発したようだ。あと少しでこの
(命を賭けて戦った相手の死を
そんなディアスの様子を見かねて、カーディルがいった。
「いつまで落ち込んでいるのよ。今まで考えてこなかっただけで、首を斬った後の始末は肉食蝿がやっていたんじゃないの?」
「結果として同じだとしても、利用してしまったということがなぁ……」
「どんな理想を並べたところで、人間とミュータントの関係なんてそんなものよ。あなたは生きるために全力を尽くした、それでいいじゃない」
「げぇ……ッ」
と、唸り速度を緩めた。何事だろうかとディアスも首をかしげながらスコープを
納得した。驚きと不快感がごちゃ混ぜになったような感想しか出てこない。これは確かに、げぇ、としか言いようがないだろう。
装甲トラックらしきものが、黒い
害虫が大量に集まって
ディアスは何も言えなかった。口を開けば蝿が飛び込んでくるような
「このまま放っておいて、逃げるっていうのはどう?」
カーディルが本気とも冗談ともつかぬ口調でいった。
「そういうわけにはいかないだろう。あくまで最後の手段だ」
「おい、
ディアスの答えに、アイザックが叫んで割り込んだ。いざとなったらこいつは本当にやる、ディアスはそういう男だとアイザックにもようやくわかってきた。
例えばカーディルの身に危険が
「心配するな。全員が助かる方法を考えている」
「だといいんだがなぁ……」
装甲トラックに近付くにつれ、肉食蝿が数匹飛んできて戦車に取りついた。カーディルはそれを正確に
「ねえ、そろそろワイヤーを切り離してもいい?」
「まだまだ遠い。蝿たちをもっと引き付けるんだ」
「うへぇ……」
キラーエイプの死骸を
「うわぁ!来た、来たぁ!」
「よし、ワイヤー切り離し!そのままトラックの脇をすり抜ける!」
留め具を解放すると、キラーエイプの死骸は砂ぼこりをあげて数度転がり、放置された。そこに肉食蝿の群れが襲いかかり白い毛の一本も見えなくなった。
まだ
「博士、そちらはどうですか。動けますか?」
「あぁ……クーラーすっごい涼しい」
マルコの気の抜けた声が返ってきた。ディアスは自然と振り向いて、カーディルと視線を交わす。
「……大丈夫そうね」
「そうだな」
こほん、とひとつ
「
「ちょっと待ってね。システム的には問題ない。運転席、どうだい?」
マルコの問いかけに返事はない。どうしたのかと覗き窓から運転席の様子を伺うと、運転手はひどく汗をかいて丸まっていた。
熱もさることながら、前方の視界に蝿がびっしり取りついた光景を見せつけられながら羽音に囲まれていたのだ。
振り返って首を振って見せると、アイザックが
「じゃあ、俺が運転しよう」
と、いってさっさと後部扉を開けて出て行った。すぐにまた扉を開けて、引きずり出してきたらしい運転手を軽々と中に放り込むと、また運転席へとついた。
青い顔をして震える運転手を、寝るスペースを用意したり、水を差し出したりと皆が
(現金なものだ。ついさっきまで水に手を伸ばす者がいれば殺気に
だが、それをもって人間の本性だなどと言うつもりはなかった。人助けなんてものは自分に余裕があってこそできるものだ。自己犠牲の精神を
少なくとも、肉食蝿に囲まれたときに自分が責任者として
戦車の
マルコは気を取り直して映像を見返すことにした。生き残ることに必死で頭から抜け落ちていたが、本来の目的はこれである。
戦車とキラーエイプの戦いは途中までしか撮れていない。両者ともに高速で離れていってしまったからだ。
(もっとも、この戦いに付いて行こうとしたら、どんな形で巻き込まれたかわかったもんじゃない。遠目の映像は無いが、後で戦車の
ミュータントに直接襲われればどうなるか、よく知っているだけに切り替えの早いマルコであった。
「やはり、蝿蛙とアイザックの戦いをメインに持ってくるしかなさそうですなぁ」
いつの間にやら後ろに回り、マルコの肩ごしにモニターを見ていたベンジャミンがいった。
蝿蛙ならば発見から交戦、撃破までしっかり撮れている。これを編集すればなかなかの映像に仕上がるだろう。
もっとも、蝿に囲まれてからはカメラにも蝿しか映っておらず、そこからはどうしようもないが。
「車内にもカメラがあればいい感じのパニック映画が撮れていたかもしれませんなぁ!いや、残念!」
「よしてくれ。自ら進んで恥を
「すまない、ちょっといいか……?」
と、アイザックが運転席から通信を入れてきた。彼には珍しく
「今日、明日ってわけじゃなくてもいいから、俺のバイクを回収しちゃあくれないか?もちろん、回収費用は出すからさ」
「街のすぐ近くならともかく、こんな危険地帯に回収車をよこすっていうのもねぇ。いい機会だから買い換えたら?」
「あんなクソデカバイク、そうほいほいと乗り捨てられるか、高いんだよ!なぁ、頼むよ。別にどこか壊れたから置いてきたってわけじゃないしさぁ」
「それなら後日、俺たちが
救いの神は前方から現れた。冷たいのか親切なのかよくわからない男、ディアスだ。
その後ろから
「引っ張るのは私だけどー」
と、呟く女の声が聞こえるが、これは無視しよう。
(やはり、最後に頼れるのはこいつだなぁ……)
回収の
「数日後、ここに来たらまだ肉食蝿がわんさかいたってことにもなりかねないし、何か対策が必要だねぇ。殺虫剤散布装置とか、火炎放射器とか、虫の大群に効果のありそうなやつ」
ここぞとばかりに営業を始めるマルコ。言っていることは確かに正しい。ディアスは少しだけ考えて、いった。
「改造費用はアイザックにつけておいてください」
「えっ?」
世の中、何もかもが上手くいくはずもなし。
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