第51話
アイザックの
秘密兵器の
ヘッドホンを通して伝わる彼らの喜びに、
ぶぅぅん、と
大きくなるどころではない。
限界を超えて風船に空気を入れればどうなるか。今、何が起こっているのかよくわからないが、とにかくまずい気がする。
アイザックは首の切断を中止してチェーンソーを放り出しバイクに
迷ったらとにかく離れろ。ハンターの
直後、蝿蛙の腹が
そして、完全に息の根が止まった蝿蛙の死骸から
いや、それは影ではない。大量の肉食蝿である。数百か、数千か、次第に増え続け、1万にも
「次から次へと何だよ
必死に逃げるアイザック。それを追う1万の肉食蝿。本来、肉食蝿は死肉か弱った相手にしかたからない。だが、これほどの数を揃えれば攻撃的になり、追い付かれればアイザックの巨体も数分で食い尽くされるだろう。
冗談ではない。ハンターの死に様は大抵がろくなものではないが、生きたまま蝿に食われるなど最悪も最悪だ。
走りながら何度も振り返り、義肢のショットガンを撃ち込んでやった。その度に数十匹の肉食蝿が落ちるが、焼け石に水といったところである。
装甲トラックに追い付き、バイクを乗り捨ててコンテナ状の荷台の後方扉を激しく叩いた。
「開けろ、開けてくれ!」
撮影班たちは少し迷っていたようだが、マルコが鋭く
「開けろ!」
と、叫び、ベンジャミンが
「畜生、なんてこった!」
荒く息をつきながら、一緒に入り込んだ数匹の蝿を叩き潰した。
ふとモニターを見ると、4台全てに蝿、蝿、蝿。黒い砂嵐に
「助けてください!外、ガラス一面、蝿がびっしりで!」
運転手から悲鳴に近い
「落ち着け、やつらに防弾ガラスを突破する力は無い!」
マルコが
「さて、これからどうするか、だ……。
「
「こんなこともあろうかと……って、言えればいいんだけどねぇ」
荷台のなかに重苦しい空気が流れる。予定外の大男を二人も入れたせいで
「こうなると、
「あいつらが
「ない」
ベンジャミンの不安をマルコは
「戦車に蝿殺しのできる、いい感じの武器がつんであるのか?」
「そう
「このまま半日か……」
「水はある、食料もある。
こうして話している間にも、ずっと1万匹の羽音が伝わってくる。半日、
さらに、ここにずっと
黙っていると羽音ばかりか聞こえて
「えーと、
ベンジャミンが顔に似合わぬことをぼそりと呟く。
「この
「なんだアイザック、お前は結婚とかしていないのか?」
「昔はしていたさ。死に別れたがね」
「そうか、悪いこと聞いたな……」
言葉に詰まるベンジャミンに、アイザックは吐き捨てるようにいった。
「気にするな。あまりにも
「……ああ、本当に気にして損したぜ」
つつ、と
「なあ、やけに暑くねえかい?」
「呼ばれてもねえのに勝手に入ってきた大男がいるからな。暑苦しくもなる」
自分のことなど
確かにこの暑さは異常だ。
マルコが部下にシステムチェックを命じるとすぐに答えは返ってきた。それも、悲鳴という形で。
「
「蝿?」
エアコンの吸気口には高性能の
「吸気口に蝿がびっしりと詰まっています!エアコンが正常に作動しません!」
「なにぃ……?」
車内に
だが、どうすれば?
そもそも肉食蝿の目的は何か、何のために集まっているのか。その名の通り肉を食らうことだろう。
では
マルコからすれば、ベンジャミンはまず
他の部下たちにしても同様であり、社員を
やはり犠牲になってもらって後腐れないのはアイザックであろう。特殊義肢を使う協力者の存在は惜しいが、
もっとも、これらはあくまでマルコの
戦力や体格差という意味では全員で
(ディアスくんの言っている意味がようやくわかった。いつでも撃てる状態の散弾銃が目の前にあるというのも嫌なものだな。特に今のような緊張状態では、何のはずみでズドンといくかわかったもんじゃない……)
ふと、アイザックと目があった。彼もまた黙って鋭い視線を向けていた。同じように、誰を
よくよく考えれば、マルコだけが安全地帯にいるわけではないのだ。この場の最高責任者を殺し、全員が
博士は我々を助けるために一人で外に出ていきました。そんな美談が
ザザッ、と通信機に雑音が入る。
「うおわっ!」
思わず叫んだのはマルコか、ベンジャミンだったか。少なくともここで驚いたのは皆、同じであっただろう。
「どうも、こっちは終わりました。そちらの
確かに皆の感情は爆発した。ただし、その
「何がどうですか、だ!この馬鹿野郎!」
「早く来てくれ、こっちは大変なんだ!」
「いいぞ
ヘッドホンから耳に叩きつけられる
「何これぇ……」
カーディルがぼそりと呟く。本当に、わけがわからない。
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