第49話

「わはは、わーっははは!」


 雲ひとつない青空にアイザックの高笑いが吸い込まれてゆく。灼熱しゃくねつの太陽と、さらに暑苦しい男たち。


 踏み固められた砂と岩のフライパン。先頭をアイザックのモンスターバイクが走り、カーディルの神経接続式戦車、マルコら撮影班さつえいはんの装甲トラックと続く。


 と、いうよりも勝手に走るアイザックを他2台が追っているようなものだ。


「どうだ、撮影班!俺の雄姿ゆうしをばっちり撮っているか!?」


 今回の撮影のために配布はいふされた通信機、ヘッドセットのマイクを通してアイザックのだみ声が伝わる。


「やかましい!テメェの汚ねえケツばかり撮っていられるか!」


 負けずに怒鳴り返した男は、丸子製作所の整備班長せいびはんちょう、ベンジャミンである。


 腕まくりをして固太かたぶとりの肉体と濃い体毛をアピールする中年男性。アイザックに負けず劣らず暑苦しいこの男が何故なぜ、撮影班に付いてきたのかといえば、何らかのトラブルが起きた際に修理しゅうりをするため……ではない。勝手に付いてきたのだ。


 撮影機材の置かれたトラックの荷台にだい。思わぬ闖入者ちんにゅうしゃのおかげで手狭てぜまになったそこで、ベンジャミンはヘッドセットを外して、隣でディスプレイを眺めるマルコに語りかけた。


「いやぁ監督、楽しい旅になりそうですなぁ!」


「監督じゃなくて博士だよ」


 普段から所長とか工場長ではなく博士と呼んでくれと周囲に言い聞かせているが、監督などと呼ばれたのは初めてだ。ベンジャミンの浮かれ具合がよくわかる。


「映画を撮るのはずっと前から俺の夢だったんですよ。撮るのもるのも一握りの人間の娯楽ごらくですからね、やりたいと思ってできるようなもんじゃなかった。ああ、俺は本当は整備士ではなく映画監督になりたかったんだ!」


雇用者こようしゃの前でそういうこと言うのやめてよ……」


 マルコの苦言くげんなど聞こえなかったかのように、ベンジャミンは恍惚こうこつとして4台並べたディスプレイに注目していた。そのうちのひとつは漆黒の戦車が大写しになっている。


「ねえ博士、今からでも遅くはないからストーリー仕立てにするべきじゃあないですかね」


「記録映像にそんなもん必要ないでしょ」


「ミュータントの脅威を伝える。そのためにもまず、映像に興味きょうみを持ってもらうことが大事なんですよ。どんなに良い映像だってまず見てもらわなきゃ始まらないわけで、ね?」


(こいつ、もっともらしいことを言いやがって……自分のやりたいように撮りたいだけだろうが)


 ベンジャミンの魂胆こんたんいており、マルコは中年男の猫なで声を適当に聞き流した。


「アイザック主演のハードアクション映画でも撮りたいのかい?」


「いやぁ、あいつが主役だと、どっちがミュータントだかわからなくなりそうですからね。撮る前からB級映画確定ですよ。ディアスはいい男ではあるが、それはあくまでいいやつという意味であって、美青年というわけではないですからねぇ。画面映がめんばえしないというか、地味というか……」


 映画を一本も撮ったことのない男から好き勝手言われる男二人。ベンジャミンは拳をぎゅっと握りしめてますます弁舌滑べんぜつなめらかといったところであった。


「やはりカーディルを主軸メインに持ってくるべきでしょう。あいつにだけは華がある。どうですか、俺たちの力であいつをスターにしてやりたいとは思いませんか!?歌って踊れて戦える、アイドルハンター登場!とか、どうです?」


「そもそも顔出しNGもらっているからね。主演女優なんて承諾しょうだくしないよ。そんな話を持ちかけたら、道ばたのクソを見るような目をされるだけさ。彼女、ディアスくん以外には容赦ようしゃなくそういう態度を取るからね」


「それ、それなんですよね。ああ、もったいない。あんな綺麗きれいなツラしているのになぁ……」


 映画にはが欲しかった。などと未練みれんがましく呟くベンジャミンはとりあえず無視することにした。


 マルコとしては少々複雑な心境しんきょうであった。ミュータントの脅威を伝える必要がある、そのための記録映像を撮ろうとは彼の発案はつあんである。


 一方で、5年前にミュータントに襲われたことも脳裏のうりに生々しく残っている。いっそこのまま遭遇そうぐうしなければ、などと考えてしまう所もあった。


(要するに、この浮かれた阿呆あほは以前の僕だな。ミュータントを知らないからこそこの態度、頭ごなしに叱るわけにもいくまい……)


 身近なところから記録映像の必要性を痛感つうかんするマルコであった。


 ハンターが死んだとか商隊がおそわれたといったニュースは日課のごとく入ってくるが、それをどこか他人事のように感じていた。


 街ができた数百年前ならばいざ知らず、ハンターという制度がそれなりに上手く回っている現在は外と中との意識の差がどうしようもないほどへだたれてしまったのだ。中央議会の認識にんしきの甘さは不愉快ふゆかいではあるが、理解できないわけではない。


 先程の通信から大した時間も経っていないのに、れたようにベンジャミンはヘッドセットをつけ直し


「おい、ミュータントはまだ見つからんのか!?」


 と、聞いた。


「さっきから小型ミュータントの反応はあるんだがな、こっちの編制へんせいを見て逃げちまっているみたいだ。どうする、追いかけるか?」


「あー、いらんいらん。俺が欲しいのは中型のド迫力映像だ。そのためにお前の腕の二本や三本くれてやってもいいぞ!」


「荷台に役立たずのデブが乗っているだろ。おとりが欲しけりゃそっちを使え!」


 そこからさらに過熱するアイザックとベンジャミンのののしりあいを聞きながらカーディルは呆れたようにいった。


「シャブ喰ったオウムのほうがまだマシね」


 ふくわらいをらしていたディアスは、どこか懐しそうな顔をして答えた。


「いいじゃないか。この支離滅裂しりめつれつでどうしようもない会話こそハンターだ」


「まあ、そう言われちゃうとそうなんだけどさ」


「もう二度とこんな会話を聞くことはないと思っていたよ」


 仲間に見捨てられた者、仲間を振り払った者、それぞれの違いはあるが、もうチームは組まずに二人だけでやっていこうと決めていたし、ずっとそうしてきた。


 正式に組んだわけではないにしろ、大勢おおぜいでこうした会話を耳にすることはなにやら不思議な気分でもある。


 暑苦しい男二人の口喧嘩くちげんかもそろそろ語彙力ごいりょくきてきたようだ。お前の母ちゃんデベソ、などと言い出す前に止めてやろうかと考えていると、突如とつじょ、カーディルがあっと声をあげた。


「レーダーに反応、1時方向、距離2キロ!」


 ディアスも、そして馬鹿話をしていたアイザックも表情が引き締まる。さすがにベテランのハンターたちは切り替えが早い。


 砂煙をあげて一直線に向かってくるものをカーディルのカメラが捉えた。いつか相手にしたことがある白毛の巨大猿、キラーエイプだ。


 特に変わった動きをするわけではないが、とにかく堅く強く素早い。存在そのものが非常識なミュータントの中でもさらに厄介な相手だ。


「アイザック!奴の相手は俺たちに任せろ!」


 ディアスがマイクをまんで叫ぶと、戦車は砂利じゃりをはね飛ばしながら一気に加速した。


「そりゃねえだろディアス!俺はここまで見物に来た訳じゃないんだぜ!?」


「正面から徹甲弾てっこうだんを食らって貫通かんつうしない筋肉ダルマだ!そいつとやりあう自信があるならゆずってやる!」


 アイザックに、キラーエイプを狩った経験はない。不本意ながらも装甲トラックに並走へいそうして護衛ごえいに回ることにした。


 文句は言うが判断は誤らないところがいかにも彼らしい、と考えてつつ、ディアスはマイクを通して優しくいった。


「誰が倒したとか、結果はどうあれ賞金は山分けだ。博士たちのこと、よろしく頼むぞ」


 現金なもので、その提案を聞くとアイザックの頬がするりとゆるむ。目立てないという点は残念だが、それはそれで仕方がないと納得はできた。


「よく言ってくれた心の友よ。仕方ねえ、白猿の首は譲ってやらぁ」


「猿の首がお土産では、いささか色気に欠けるがな」


 距離が離れ、通信にノイズが混ざる。アイザックばバイクをめ、双眼鏡を構える。戦車とキラーエイプの距離はわずか数十メートルにまで近づいていた。


 砲塔を旋回させ、高速ですれ違いざまに放たれた徹甲弾。キラーエイプはわずかに身をよじり直撃を避けた。脇腹わきばらえぐられ、どす黒い血が飛び散る。


 キラーエイプの動きは鈍らず、怯まず、戦車の砲身を掴もうと手を伸ばすが、カーディルは後退してそれを回避。再度、至近距離から砲弾を撃ち込むがこれも致命傷ちめいしょうを与えるにはいたらなかった。


「こりゃあ、すげえな……」


 アイザックの、双眼鏡を握る生身の左手にじわりと汗がにじんだ。


 ミュータントはもとより獣をベースとしたものだが、戦車もまた黒い牝豹めひょうのごとく華麗に動き回り砲弾の牙を突き立てる。これは戦車とミュータントの戦いか、二頭の肉食獣にくしょくじゅうの決闘か。


 ヘッドホンから丸子製作所チームの歓声かんせいが聞こえた。


 撮影班は迫力のある映像が撮れたことに興奮こうふんしているようだ。先程まで冷めた顔をしていたマルコも神経接続式戦車が実戦で暴れる姿に、行け、ぶっ殺せ、さすが僕の戦車、と騒ぎ立てている。


 映画好きの整備班長という、両方を兼ねるベンジャミンなど、もはや何を言っているのか聞き取れない。


 騒げば騒ぐほど、一歩下がった人間は冷静さを取り戻すものである。アイザックもまた


(こんな調子で、他のミュータントに乱入されたら……?)


 と、レーダーを全開にしてハンドル中央につけられた小型ディスプレイを注視していた。


 特に何も起こらない。いや、何もないならむしろ喜ぶべきだ、警戒けいかいとはそういうことだろう。


 レーダーはそのままに、改めて観戦かんせんしようと一度は仕舞しまった双眼鏡を取り出したところで、ポーンという電子音と共に、画面に光の玉が浮かび上がる。比較的ひかくてき大きな反応、中型ミュータントだ。


「なんで安心しかけたタイミングで来るかなぁ!?」


 軽く舌打ちし、バイクを軽く動かしてミュータントの進路と装甲トラックの間に入った。


「おい、馬鹿騒ぎやっている馬鹿集団!特別ゲストのお出ましだ、呼んでねぇけどな!」


 動揺どうようが広がる整備班。そのなかでマルコだけはミュータント襲撃の経験者であり、ひとり落ち着いてマイクを掴んだ。


「了解だ、こちらはどう動けばいい?援護えんごするべきか、それとも逃げるか。プロの指示に従うよ」


「遠くに逃げて三体目、じゃあ洒落しゃれにならん。100メートルくらいで付かず離れずだ。援護はいらん、機関銃は身を守るときだけ使ってくれ」


「わかった、御武運を」


「ああ、それと……」


「うん?」


 アイザックはにやりと笑っていった。


「格好よく撮ってくれよ」

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