第49話
「わはは、わーっははは!」
雲ひとつない青空にアイザックの高笑いが吸い込まれてゆく。
踏み固められた砂と岩のフライパン。先頭をアイザックのモンスターバイクが走り、カーディルの神経接続式戦車、マルコら
と、いうよりも勝手に走るアイザックを他2台が追っているようなものだ。
「どうだ、撮影班!俺の
今回の撮影のために
「やかましい!テメェの汚ねえケツばかり撮っていられるか!」
負けずに怒鳴り返した男は、丸子製作所の
腕まくりをして
撮影機材の置かれたトラックの
「いやぁ監督、楽しい旅になりそうですなぁ!」
「監督じゃなくて博士だよ」
普段から所長とか工場長ではなく博士と呼んでくれと周囲に言い聞かせているが、監督などと呼ばれたのは初めてだ。ベンジャミンの浮かれ具合がよくわかる。
「映画を撮るのはずっと前から俺の夢だったんですよ。撮るのも
「
マルコの
「ねえ博士、今からでも遅くはないからストーリー仕立てにするべきじゃあないですかね」
「記録映像にそんなもん必要ないでしょ」
「ミュータントの脅威を伝える。そのためにもまず、映像に
(こいつ、もっともらしいことを言いやがって……自分のやりたいように撮りたいだけだろうが)
ベンジャミンの
「アイザック主演のハードアクション映画でも撮りたいのかい?」
「いやぁ、あいつが主役だと、どっちがミュータントだかわからなくなりそうですからね。撮る前からB級映画確定ですよ。ディアスはいい男ではあるが、それはあくまでいいやつという意味であって、美青年というわけではないですからねぇ。
映画を一本も撮ったことのない男から好き勝手言われる男二人。ベンジャミンは拳をぎゅっと握りしめてますます
「やはりカーディルを
「そもそも顔出しNGもらっているからね。主演女優なんて
「それ、それなんですよね。ああ、もったいない。あんな
映画には
マルコとしては少々複雑な
一方で、5年前にミュータントに襲われたことも
(要するに、この浮かれた
身近なところから記録映像の必要性を
ハンターが死んだとか商隊が
街ができた数百年前ならばいざ知らず、ハンターという制度がそれなりに上手く回っている現在は外と中との意識の差がどうしようもないほど
先程の通信から大した時間も経っていないのに、
「おい、ミュータントはまだ見つからんのか!?」
と、聞いた。
「さっきから小型ミュータントの反応はあるんだがな、こっちの
「あー、いらんいらん。俺が欲しいのは中型のド迫力映像だ。そのためにお前の腕の二本や三本くれてやってもいいぞ!」
「荷台に役立たずのデブが乗っているだろ。
そこからさらに過熱するアイザックとベンジャミンの
「シャブ喰ったオウムのほうがまだマシね」
「いいじゃないか。この
「まあ、そう言われちゃうとそうなんだけどさ」
「もう二度とこんな会話を聞くことはないと思っていたよ」
仲間に見捨てられた者、仲間を振り払った者、それぞれの違いはあるが、もうチームは組まずに二人だけでやっていこうと決めていたし、ずっとそうしてきた。
正式に組んだわけではないにしろ、
暑苦しい男二人の
「レーダーに反応、1時方向、距離2キロ!」
ディアスも、そして馬鹿話をしていたアイザックも表情が引き締まる。さすがにベテランのハンターたちは切り替えが早い。
砂煙をあげて一直線に向かってくるものをカーディルのカメラが捉えた。いつか相手にしたことがある白毛の巨大猿、キラーエイプだ。
特に変わった動きをするわけではないが、とにかく堅く強く素早い。存在そのものが非常識なミュータントの中でもさらに厄介な相手だ。
「アイザック!奴の相手は俺たちに任せろ!」
ディアスがマイクを
「そりゃねえだろディアス!俺はここまで見物に来た訳じゃないんだぜ!?」
「正面から
アイザックに、キラーエイプを狩った経験はない。不本意ながらも装甲トラックに
文句は言うが判断は誤らないところがいかにも彼らしい、と考えてつつ、ディアスはマイクを通して優しくいった。
「誰が倒したとか、結果はどうあれ賞金は山分けだ。博士たちのこと、よろしく頼むぞ」
現金なもので、その提案を聞くとアイザックの頬がするりと
「よく言ってくれた心の友よ。仕方ねえ、白猿の首は譲ってやらぁ」
「猿の首がお土産では、
距離が離れ、通信にノイズが混ざる。アイザックばバイクを
砲塔を旋回させ、高速ですれ違いざまに放たれた徹甲弾。キラーエイプはわずかに身をよじり直撃を避けた。
キラーエイプの動きは鈍らず、怯まず、戦車の砲身を掴もうと手を伸ばすが、カーディルは後退してそれを回避。再度、至近距離から砲弾を撃ち込むがこれも
「こりゃあ、すげえな……」
アイザックの、双眼鏡を握る生身の左手にじわりと汗が
ミュータントはもとより獣をベースとしたものだが、戦車もまた黒い
ヘッドホンから丸子製作所チームの
撮影班は迫力のある映像が撮れたことに
映画好きの整備班長という、両方を兼ねるベンジャミンなど、もはや何を言っているのか聞き取れない。
騒げば騒ぐほど、一歩下がった人間は冷静さを取り戻すものである。アイザックもまた
(こんな調子で、他のミュータントに乱入されたら……?)
と、レーダーを全開にしてハンドル中央につけられた小型ディスプレイを注視していた。
特に何も起こらない。いや、何もないならむしろ喜ぶべきだ、
レーダーはそのままに、改めて
「なんで安心しかけたタイミングで来るかなぁ!?」
軽く舌打ちし、バイクを軽く動かしてミュータントの進路と装甲トラックの間に入った。
「おい、馬鹿騒ぎやっている馬鹿集団!特別ゲストのお出ましだ、呼んでねぇけどな!」
「了解だ、こちらはどう動けばいい?
「遠くに逃げて三体目、じゃあ
「わかった、御武運を」
「ああ、それと……」
「うん?」
アイザックはにやりと笑っていった。
「格好よく撮ってくれよ」
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