第48話

「それで、なんて答えたの?」


 丸子製作所の敷地内しきちない、倉庫を改造した家のなかでカーディルがたずねた。マルコ博士の言い出した映画撮影の件である。


 彼女の目の前にバラバラになった拳銃が置かれている。分解整備ぶんかいせいびというより、義手を自在じざいに動かす訓練のようなものだ。


 慣れれば普通の腕よりもずっと精密せいみつな動きができる、はず。そうマルコから言われて訓練しているが、そうなるまで先は長そうである。


 同じテーブルを挟んで向かいにディアスが座り、愛用のライフルを分解していた。組み立て、また分解と繰り返している。


 当初、訓練はあやとりでもしようかと考えていた。これならヒモ一本を輪にするだけでできるし、二人で楽しみながらやれる。よいアイデアだと思っていたが、これはディアスが予想以上に不器用で相手をつとめることができず断念だんねんした。


 カーディルはディアスの手元を見ながら疑問を抱いていた。流れるような実に見事な動きである。何故、この器用さが銃器にしか発揮はっきされず他のことはてんでダメなのかと。


見世物みせものになる気はない、と言っておいたよ」


 手を止めずにディアスは答えた。そうだろう、とばかりにカーディルも頷く。


 四肢を失い戦車と一体化して戦う美女、それが世間からどういう眼で見られるかよく理解しているつもりだ。優越感ゆうえつかんに満ちた笑いを浮かべてかわいそう、かわいそうとわめらされるのはまっぴらごめんだ。世間一般とやらの玩具おもちゃになどなってたまるものか。


「君はどうだ、銀幕ぎんまくのスターになりたかったかい?」


「ご冗談を。あなただけのアイドルでいられればそれでいいわ」


「そりゃどうも。ひとめ見たときからファンだったよ」


 組み立てを続けながら笑う二人であった。


 気持ちが通じ理解しあうことは一種いっしゅ快感かいかんでもある。カーディルにとって、ディアスが自分の気持ちを完全に理解した上で行動してくれたことが何より嬉しかった。


 一方で、ここだけの関係に満足して、他人と理解を深めようという意欲いよくがまったく無くなっているというところもある。


「まあ、映画を撮ること自体は悪くないんだ。そもそも映画という言い方が悪い。ドラマチックなストーリー仕立てというわけではなく、ミュータントの脅威きょういと、ハンターがいかにして戦っているかという記録映像きろくえいぞうだ」


「ドキュメンタリーってわけね」


「そういうこと。で、次の仕事は俺たちとアイザックの合同でミュータントを狩る。丸子製作所の装甲トラックも撮影班さつえいはんとしてついてくる。無論、俺たちは顔出ししないという条件で」


「合同はいいんだけどさ。アイザックの足はあのでかいバイクでしょう?あいつは顔出しすることになるけどいいのかしら?」


「むしろ張り切っていたよ。お前らがツラを出さないなら俺が主役ってことでいいな、って」


「タイトルは怪獣大決戦?ゴリラ対ミュータント?」


「少なくとも、内容はそうなるだろうな」


 ひとしきり笑った後、ディアスはいつの間にやら組みあがったライフルを手に取り、立ち上がってたなにかけた。また、いつもの引き締まった顔に戻っていた。


「記録映像を撮る、中央の連中にミュータントの脅威を知らしめるという点については俺も賛成さんせいだ。街がおそわれる度に良識派りょうしきはのポケットマネーにたよるのではいずれ限界が来る。議会の意思の統一とういつはミュータントに対抗するために必要なことだ」


 カーディルのなかで良識、という言葉とマルコの顔がいまいち合致がっちしなかったが、今回資金提供をしてもらったことは事実なのであえて何も言わなかった。


 それにしても憎いのは議会の認識にんしきの甘さだ。普段から特別税だ防衛費ぼうえいひだとしぼり取った金はどこへ消えたのか。


「豚どもめ……ッ!」


 けわしい顔をして舌打ちをする。顔立ちが美しいだけに一層、鬼気迫ききせまるものがあった。


 ミュータントの恐ろしさは、それこそ身に染みて理解しているカーディルである。また、つい先日はディアスがあわや殺されるところであった。


 それを防衛の責任者たちが、大したことはないなどと認識しているのだ。安全な場所で暖衣飽食だんいほうしょくむさぼる権力者たちに憎悪の炎が向かうのも無理からぬことであった。


「分厚い脂肪しぼうのせいで、ケツに火が点いていることにも気づかないのかしらねぇ?」


「だから、白髪しらがの坊やたちを少し脅かしてやる必要があるのさ」


「それはいいけど……」


「ん?」


「マッドサイエンティストとその一味、男のロマンを求める鉄腕ゴリラ、それと私たち。今回の撮影、このメンバーで何事もなく終ると思う?」


「はっはっは、それはもう……」


 ディアスはわざとらしく笑いながら立ちあがり、カーディルの後ろに回ってその白い肩に優しく手を置いた。目だけが、笑っていない。


「無事に終わるわけないだろ」


「そうよねぇ……」


 初めての共同作戦、初めての撮影。協調性きょうちょうせいとかチームワークという言葉の意味すら知っているかどうか怪しい連中。


 何もかもが不安に包まれていた。


 他人事のような顔をしているが、この二人も怪しい連中にカテゴライズされてしかるべきであろう。

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