第47話

 結局、アイザックの義肢は包帯を巻いて隠すことにした。新しく義肢を買う金もなく、通常のものよりずっと重い武器内蔵型義肢を一人で頻繁ひんぱんに付け替えるのは負担ふたんになるからだ。


「できれば街の連中に見せびらかしたかったんだがなぁ……」


 と、残念そうにため息をつくアイザックに、マルコは笑っていった。


「何を言っているんだ、見せびらかすなんてもったいないじゃないか。むしろ隠さなければならないのは、おいしいと思うべきだね」


「もったいない?」


「そうとも。その腕はさ、秘密兵器だ」


 自信たっぷりに言うマルコ。


 アイザックは感心したような顔をして、少し離れて座るディアスも


(なるほど、そうきたか……)


 と、納得をしていた。


 マルコの言いつけにより、アイザックの義肢に包帯を巻いたのは彼である。


 カーディルのことなら義肢の取り替えから下の世話まで何であろうと喜んでやるが、何故なぜこいつにそこまでしてやらねばならないのかと少々不満げではあったが、秘密兵器という強烈きょうれつな単語の前にそんなことはどうでもよくなった。


 男のロマンならば仕方がないという、わかるような、よくわからないような理由によって。


「そして、いざというときはそのまま銃をブッぱなすんだ。周囲の連中は何が起こったのかと目を丸くするだろう。そんな中、焼けげた包帯がはらりと落ちて漆黒しっこくの義肢と散弾銃がその全貌ぜんぼうを明らかにする……どうだろうか?」


「ロマンだなぁ……」


「あるいは、喧嘩けんか相手の襟首えりくびつかんで、そのままズドンとやると相手の頭がふっ飛ぶんだよね、位置的に」


「まさしくロマンだなぁ……」


 わかる、と呟きながらアイザックは何度も頷いた。


「せっかくの義肢を包帯で隠すなんざダサイと思っていたが、そういうことなら仕方ねえ。博士のおすすめにしたがおうじゃねえか」


 顔を見合わせにやりと笑う二人のロマンチスト。しかし、ディアスだけは正気に戻ったように冷めた顔をしていった。


「事情を知っている者からすれば、目の前で武器を振り回されているという点は何も解決していないよな」


 鋭く容赦ようしゃのない追求ついきゅうに、アイザックはうっと言葉に詰まる。


 銃を突きつけられ、いつ撃たれるかもわからない。本人にその気が無くとも暴発ぼうはつの危険もある。そんな奴と仲良く談笑だんしょうなどできるはずがない。そういうことだろう。


 盛り上がっているところに水を差され、いささきょうざめではあったが、ここはディアスのげんこそ正しいだろう。訓練場でも話したが、重要なのは自分に撃つ気があるかどうかではなく、他人にどういった印象いんしょうを与えるかだ。


「わかった、わかったよ。工場の敷地内しきちないで弾は抜いておくと約束しよう。そればっかりは信じてくれとしか言いようがねえ」


「今はどうなんだ?」


「訓練場で撃ち尽くしてそのまんまだ」


 ディアスはそれ以上の追及はしなかった。納得したというより特に解決策が思い付かなかっただけだが、とりあえずはこれで保留ほりゅうとなった。


 話が一区切りついたと判断し、マルコは一枚のデータチップを取り出した。まるで面白い悪戯いたずらを考え付いたので悪友を誘おうといった顔で。


「せっかく皆集まったんだからさ、この前の人馬討伐の映像、一緒に見ない?」


「へえ、そんなもんあるのかい」


車載しゃさいカメラの記録だ。今回に限らずミュータントのデータを集めてくるのも博士に依頼された仕事だからな」


 話ながらディアスはマルコの背後にまわり、アイザックもそれに続いた。デスクに置かれたディスプレイに砂嵐が流れ、次いで真っ暗な画面が映った。


「おい、何も見えないぞ」


「慌てるなよ、これから照明弾を撃ち上げるところだ」


 相変わらず画質はあらいままだが、光がともりうっすらと輪郭りんかくが見えるようになった。どうやら高速で移動している場面らしい。


 貧民窟ひんみんくつへとたどり着き、人馬の姿が見えると、マルコは前のめりになってディスプレイを掴んだ。


「おお、これが人馬かぁ!本当に馬に手足が生えているよ、やたらと脛毛すねげが濃いのが生々しいな!」


 気持ち悪い、グロテスクだとやけに嬉しそうに語るマルコであった。


そばに誰か倒れているね、人馬の犠牲者ぎせいしゃか。かたきはとったから安らかに眠って欲しいものだねぇ。なむなむ」


「いや、あれ、俺だから」


 神妙しんみょうな顔をするマルコに、アイザックはばつが悪そうにいった。


 倒れている自分自身を客観的きゃっかんてきに見るのは不思議な気分だ。血溜ちだまりに沈み、うでが曲がってはいけない方向に曲がっている。我ながらよく生きていたものだと妙な感心をしたものである。


 それから戦車は人馬を街から引き剥がし、正面から対峙たいじした。


「西部劇だねぇ。抜きな、どっちが早いか試してやるぜ……ってやつかな」


「そんなロマンを感じる余裕はありませんでしたよ」


 人馬を撃破し、二体目に乱入され、そして踏み潰すまでを一気に視聴しちょうし終えた。


 誰もが無言で魅入みいっていたが、まずアイザックが大きく息を吐き出した。


「こうして見るとまた違った迫力があるな。できればもっと色んな角度から見たいものだ。いや、ハッキリと不満を言わせてもらうと俺の格好かっこういい姿が映ってねえのよ。颯爽さっそうと現れて助太刀すけだちするヒーローの姿がよぉ」


「戦車が持ち上げられているときはななめ上しか見えないからな。ああ、こんな時でも星空は綺麗きれいだ」


 ディアスはあごでながら、当時のことを思い出しながらいった。


「あの時は本当に助かったよ。ただ、格好よかったと素直に言えるかどうか……。おっと、別に容姿ようしに文句をつけているわけではないからそうにらむな。ただ、顔色がな」


「顔色?」


「画面を見てくれ、丁度カーディルがカメラをズームして様子をうかがったところだ」


 ディアスが指差す先の画面に、剥き出しになった骨が痛々しい片腕の男が映る。


 効果の薄まりつつある照明弾が照らすその顔は青黒く生気を感じさせない。葬式そうしきの最中に立ち上がったと言われれば信じてしまいそうだ。


「正直なところ、もう助からないと思っていたよ。止血も痛み止めも、できる限り苦痛なく死ねるようにとの配慮はいりょのつもりだった」


「どうりでやけに親切な奴だと思っていたぜ……」


 アイザックは怒るよりも呆れてしまった。画面の中の顔色の悪い男を見ていれば、そう判断するのも無理はないと我ながら納得してしまうのだ。


 そこでふと、違和感を覚えた。先程からマルコがやけに静かなのだ。ここは手術の様子など語ってくれる場面ではなかろうか。


 見ると彼は机にひじをついて、指を顔の前で組み、じっと画面に視線を注いでいた。どうしたことか、と二人が見ているのに気付くと、マルコは口元を隠したまま呟いた。


「人馬を倒したのは正しい判断だったのかな……?」


 部屋中に疑問符ぎもんふがばら撒かれたような気分であった。ディアスとアイザックが交互にまくし立てる。


「放っておけば被害は際限さいげんなく増え続けたでしょう」


「ありゃあ、中型のなかでもかなり厄介やっかいな奴だぜ。早めに倒せてよかったと言えても、悪いことなんか何もないだろ」


「安全な餌場えさばと認識されてれでやって来るようになれば一大事、そう言ったのは博士ではないですか」


「人馬が街の外周がいしゅうだけじゃなく、なかに入り込んだらそれこそ地獄絵図じごくえずだ。この工場のでかい壁だってどこまで頼れるかわかったもんじゃない」


 全て正論である。そうとわかっていながらマルコは疑問を持たずにはいられなかった。背をあずけた椅子いすがぎしり、と音を立てる。二人を手で制し、少し疲れたような声でいった。


「この一件、議会の連中がどういったスタンスだったか、ディアスくんには話したよね」


「は、特に対策するでもなく様子見。事態じたいを重く見た博士と一部の方々の出資しゅっしにより討伐が成された、と」


「ああん?なんだそりゃあ!?」


 アイザックが不快げに叫ぶ。実際に戦った者からすれば、あの人馬を放置するなど狂気きょうき沙汰さたでしかない。


「今回の積極的討伐は議会の方針ではなく、君たちを含めごく一部の人間がやったものだ。さて、議会はこれをどう判断するか。なんだ、放っておいたら解決したじゃないか……。そんなとこだろうな」


「おいおい、議会のお偉方えらがたは人馬が自然消滅したとでも思ってんのか?アホか?」


「議会で対応しなくても誰かがやってくれる。そういった前例を作ってしまったのは確かだね。重要性とか優先順位はだいぶ下がってしまったよ」


「もっと被害が出るのを待つべきだった、ということでしょうか?」


 ディアスの呪詛じゅそにも似た言葉に、マルコは静かに首を振った。


「そういった一面もあるというだけの話さ。その後のリスクをはかりにかければ、とてもできるようなことじゃない。例えあの時、考える時間が無限むげんにあったところで僕は君に討伐を依頼していただろうね」


 どん、とアイザックの巨大な義肢が黒塗りの机を叩く。


「要するに議会の連中は危機感が足りねえんだ!あいつら一度でもミュータントを見たことがあるのか?」


望遠ぼうえんレンズで撮った写真や映像を見たことがあるくらいじゃないかな」


「ミュータントと戦う現場に放り込んでやれ、そうすりゃ嫌でも目を覚ます!」


「いやぁ……素人しろうとにあれはキツイって」


 5年前、神経接続式戦車の最終調整について行き、犬蜘蛛に襲われたことを思い出してぶるりと身を震わせた。


 ミュータントの脅威きょういを知るよい経験であった。自分の考え方が引き締まったし、あのとき同行した研究員たちは今では開発チームの中核ちゅうかくとなっている。もっとも、もう一度やりたいかといえば絶対にお断りだが。


「それでは、議会にこの映像を見せたらどうですか?車載カメラで間近に撮った映像なら、望遠レンズの盗み撮りなんぞより、よほど迫力はくりょくがあるでしょうから」


「いいアイディアだ。だがもう一声欲しいな。これ、素人には何が起こっているのかわからないからねぇ……」


 権力者たちは安全な場所にいる時間があまりにも長すぎた。彼らにとって街の被害もミュータントも、数字の羅列られつでしかないのだ。


 少しでもいい、彼らにこれが現実の脅威だと危機感を持たせるにはどうすればよいか。そこでふと、アイザックの言葉を思い出した。


『もっと色んな角度から見たいものだな……』


 これだ、とマルコはひざを叩いた。


「僕にいい考えがある」


 なんだろうかと好奇心こうきしんを前面に出すアイザック。なんとなく嫌な予感を覚えるディアス。対照的たいしょうてきな二人に、マルコは笑っていった。


「映画を撮ろう」

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