鉄腕の狩人

第46話

 射撃訓練場にのそりと立つ大男。銃器を待たず、ただ右手を真っ直ぐ前に向けて標的をにらみ付けていた。


 荒野をけ抜け、太陽に焼かれ、きたえあげられた仁王像におうぞう丸太まるたのごとき左腕をしており、右腕はさらに一回りも大きい。


 肩から伸びた漆黒しっこく義肢ぎし。その腕からショットガンの銃身が突き出ていた。


 予備動作もなく、突如とつじょとして空気をくような音と共に弾丸が放たれ、標的をくだいた。上腕部じょうわんぶから薬莢やっきょう排出はいしゅつされ、足元に落ちる。


(いいじゃないか……)


 その男、アイザックの口元に満足げな笑みが浮かんだ。


 カラカラと手動でチェーンを回す音がして、新たな標的が正面に来た。


 撃つ、放つ、粉砕ふんさいする。こうして10度繰り返した後、アイザックは目の前で機械仕掛けのこぶしをぎゅっとにぎった。使える武器だと、確かな手ごたえを感じたのだ。


 土壁つちかべの脇、チェーンの巻き取り装置のある小屋から二人の男女が出てきた。この訓練場でばったり出合い、試し撃ちをしたいからと手伝いを頼んだディアスとカーディルである。




 カーディルの名は聞いていたし共に戦いもしたが、直接対面するのは今日が初めてであった。


 ディアスが手を引いて歩く女を見たときは


(ほぅ……)


 と、思わず嘆声たんせいをあげずにいられなかった。


 気品と妖艶ようえんさの融合ゆうごう官能美かんのうび極致きょくちともいうべきその姿に、しばしほうけて見とれていたものだ。


 ディアスには悪いが二人並んでいると、美女と野獣やじゅうとまでは言わないものの、お姫様と従者じゅうしゃくらいにしか見えない。


(ディアスがれ込むのも納得だな……)


 こうなると遊び慣れていない木訥ぼくとつな男が、悪い女にだまされているのではないかという余計な心配をしたものだが、二人の様子を見る限りそんなことはないようだ。


 どちらかといえばカーディルのほうがディアスの腕を抱き寄せたり、腕にほおを乗せたりとちょろちょろ動き回り、ディアスは嬉しそうな顔で困っているといった具合だった。


 そんなじゃれあう仔猫こねこのような姿と、人馬の頭を踏み潰した光景とが、頭の中でどうにも重ならない。


 本物と見紛みまがうばかりのすらりと伸びた手足。肩や膝には確かに接続用ユニットがついている。聞いた特徴とくちょうとも一致いっちしている。間違いはないはずだ。


 彼女はディアスに対しては全幅ぜんぷくの信頼と愛情を注いでいるようなのだが、ディアスがアイザックを紹介しょうかいしたときなどは


「あ、どうも」


 と、何の興味きょうみもない声で答えたものである。まるで彼女の眼に映る世界はディアス以外に色がついていないかのように。


 別に彼女とこの先、しからぬ関係になることを期待していたわけではないが、ここまで無関心を貫かれると、いささ鼻白はなじろんでしまうのも無理からぬことであった。




「それで、義肢の使い心地はどうだい」


 と、ディアスが真面目な声で聞き、アイザックは思考を中断した。


(女のことはまあいい。俺だって頼れる相棒あいぼうを手にしたところだ)


 にやりと笑って、手を開いたり握ったりして見せた。


「こいつはいいぞ……いいぞ!何て説明すりゃあいいのかな。手や足を動かすとき、誰だってさあやるぞって気合いを入れてから動かすわけじゃないだろう?ごく自然に、自然に動くわけだ。それと同じ感覚で銃をブッ放せるんだ、引き金を引く手間てますらいらねえ」


 これぞ男の自信のみなもとだとばかりに、太く黒光りする義肢を恍惚こうこつとしてながめる。


散弾銃さんだんじゅうだ、細かく狙いをつける必要もねえ。こいつがどれだけ強いかというと、早撃ち勝負で必ず勝てると言えば伝わるか?」


「ああ、そいつはすごいな」


「腕を失ったんじゃない、ハンターとして進化したんだ。俺はマルコ博士の思想しそうに感動したね。この世に障害者しょうがいしゃなんていない、ただ機能拡張の余地よちがある人間がいるだけだと!」


「そう、か」


「手足のみならず、眼や耳だってそうだ。ハンターにとって身体からだの機能を失うことはつねにつきまとう問題だ。それを不利なことではなく、より高みへとみちびくこの技術はハンターたちをすくうのみならず、時代を動かすものだと、今日俺は確信した!」


「ふぅん……」


 熱く語るアイザックに対して、生返事なまへんじばかりを返すディアス。アイザックがどういうことかと怪訝けげんな顔をしていると、わかっているとばかりにディアスはうなずいた。


「義肢を付けたままで街に出るのは止めたほうがいい」


「なんでだよ、格好かっこういいじゃねえか。こいつを見たやつは誰もが度肝どぎもを抜かれ、俺に一目いちもく置くようになるだろう。あいつは誰だ、あのでかい武器は何だ、ってな。見た目が普通じゃない、異形いぎょうだ、だからこそいいんだろう?」


 だんだんと腹がたってきた。こんなにも良いものを手に入れ、出来れば一緒に喜び盛り上がりたかった。それを目の前でいつまでも煮えきらない態度をとられたのではたまったものではない。


「あまりこういうことを言うべきではないかもしれないが……」


「じゃあ言うなよ」


「それもそうだな」


 ディアスはあっさりと引き下がり、カーディルの手をとって訓練場を出ようとした。こうなると、アイザックもなにやら気味が悪いものが残ったままである。


「いや待て、ちょっと待て、気になるじゃないかやっぱり言ってくれ。お前さんはあれか、やる気がないなら帰れと言われたら遠慮えんりょなく帰るタイプか?」


「自分の発言には責任を持つべきだ」


 話しているうちにアイザックはこの男のことを少しだけ理解した。大真面目かつ、極端きょくたん判断材料はんだんざいりょうが0か1かカーディルかしかない。


「さて、何が問題かという話だったな。あんたの腕はいつでも素早く撃てるというのが自慢じまんだそうだが……」


「おうよ、常在戦場じょうざいせんじょう。男の武器よ」


「話している相手にとっては、常に銃を向けられているようなものだな」


「えぇ……?」


 ディアスは腰の拳銃に手を伸ばしかけて、止めた。冗談や例えばなしで人に向けてよいものではない。代わりに指でL字形を作って向けた。


「こうやって銃を突きつけたまま話をするんだ。市場じゃ嫌われ、ハンターオフィスに行ったらたちまち銃撃戦になるかもしれない。いや、それはさすがに言い過ぎだとしても騒動そうどうたねになることは火を見るより明らかだな」


「待て、俺は無差別に撃つつもりなんかないぞ?」


「それをどう他人に証明する?物騒ぶっそうなものを発射可能な状態で持ち歩いていること、それ自体が問題なんだ」


「そんなことを言い出したらカーディルは、お前の女はどうなんだ!?ショットガンどころか戦車だぞ、戦車!」


 あわてるアイザックに対して、カーディルは目を細めて言い放った。


「私、戦車に乗ったまま晩飯ばんめしを買いに行ったりとかしないわよ」


「あ、はい……」


 肩を落とし大きくため息をつく。人生最高のパートナーとまで思っていた義手が、今はやけに重く感じた。


「他人と違う姿や力を持つ者は差別されるものか……」


「差別じゃないわよ。街中で散弾銃さんだんじゅうを振り回すパッパラパーなんてつかまって当然という話でしょ」


「ディアス、ディアース!ちょっとこの女、だまらせてくれ!」


 ディアスがちらと視線を送ると、カーディルは仕方がないとばかりに肩をすくめて一歩下がった。


「まったく、お前ら俺にどうしろっていうんだ……」


「日常生活用の義肢を別に買い求め、状況に応じて使い分けるべきだろう」


 淡々たんたんと語るディアスに、アイザックは疲れとうらめしさのこもった眼を向けた。


「正論だな。高い金を払って買った腕を付け替えなけりゃならんのがしゃくではあるが」


「そういえばいくらしたんだ?見るからに高価そうではあるが」


 ボソリ、と呟くその数字に、ディアスとカーディルは目を丸くして見合わせた。


「軽々しく替えろなどと言ってすまなかった」


「私も言い過ぎたわ。ごめんね……」


 二人揃って素直に謝られることがよりいっそう事態じたい深刻しんこじゅさを感じさせて、ますます気分が落ち込んできた。


 大きな体を小さくしぼませる男を前に、さてどうしたものかと戸惑とまどうディアスたち。さすがにこのままさようならでは後味が悪すぎる。


 余計なトラブルを避けるための忠告ちゅうこくであり、彼を傷つけたかったわけではないのだ。


「そうだ、今度一緒に狩りに行かないか?」


「俺とお前らと、合同でってことか。うん、悪くないな、そりゃあ」


 特に深い考えがあって言い出したわけではない。話題を変えるためと、アイザックを元気づけるために、ちょっとした思いつきを口にしただけだ。


 なんら具体性ぐたいせいのない口約束であり、いつになるかもわからず、立ち消えになるかもしれない。


 そう気楽に考えていたのだが、その機会は以外に早くやってきた。

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