第45話

 戦車の修理しゅうり弾薬補給だんやくほきゅう依頼いらい討伐とうばつしたミュータントの換金かんきんなど、諸々もろもろの用事を済ませた後、丸子製作所の所長室をたずねるとそこには先客せんきゃくがいた。


 先日、ともに人馬と戦ったアイザックであった。


 ここで手術を受けたのだろう。右腕は切り詰められ、肩から義肢接続用ユニットが見える。もっとも、まだ義手は付けられていないようだ。


「よう、ディアス!色々と世話になったな!」


 アイザックが左腕を上げて挨拶あいさつし、ディアスもそれにならった。丸子製作所を紹介しょうかいしたのはディアスである。


 相変わらず顔色は青白あおじろく血の気が薄いが、その表情はむしろれとしていた。


 どうやらマルコとカタログを広げて何事かを話し合っていたらしい。もっとも、この状況でカタログを見る用件などひとつしかないだろう。


 マルコが何故なぜか楽しげな顔をしているのが気になったが、とりあえず用件ようけんを済ませることにした。先にいいかとアイザックにことわりをいれてから、クレジットの入った重い革袋をマルコに差し出した。


「今回の支払いです」


「うん、毎度まいどあり」


 クレジットを数えて、端末たんまつに入金情報を入れ更新こうしんする。引き出しに仕舞しまわず机のすみに置いたままだ。


「そういえば、一体は頭がミートソースになっていたが、あれで賞金はもらえたのか?」


 当時の様子を思い出しながらアイザックが聞いた。彼も中型ミュータントを狩るさいに頭部を傷付けたことは何度もあるが、原型げんけいがなくなるまで破壊はかいした経験けいけんはない。


 ディアスは苦笑にがわらいしながらいった。


「とりあえず一体は普通に頭部を提出して換金。もう一体の潰れたほうは耳などの特徴とくちょうある部分を切り取って、写真も一緒に出して、マルコ博士からハンターオフィスに口添くちぞえしてもらって、これでようやく半額支払ってもらえたよ」


「うへぇ……そんだけやって半分だけかい」


 何も言わず、ディアスは肩をすくめてみせた。仕方しかたないさ、そういうことだろう。理不尽りふじんな話だが本人はすで納得なっとくしているようだ。


 その態度たいどに、アイザックはみょう違和感いわかんを感じていた。相棒あいぼうの勝手な行動により賞金が半額削られる破目はめになったというのに、この男は怒りや苛立いらだちというものを全く感じていないようにみえるのだ。自分ならとりあえずなぐる。


「怒ってないのかい、戦車の操縦手そうじゅうしゅに」


「怒る?……何で?」


 何を言われているのかわからない、といった顔をされてしまった。


 何でと言われてしまってはアイザックもげない。当たり前だろうとしか言いようがないからだ。


 そこでようやく、人馬の頭を潰した件のことだと気付いてディアスは


「ああ……」


 と、少々間の抜けた声でつぶやいた。


「彼女が怒ったは俺のためだ。めるわけにはいかないし、むしろありがたいと思う」


 ところどころ主語が抜け落ちたような物言いであり、やはりアイザックにはいまいち理解できない。


 ディアスはちらと己の右足を見る。長ズボンとブーツに隠れたそこには、不恰好ぶかっこうながらもしっかりとかたく巻かれた包帯ほうたいがあった。


 これはカーディルが巻いたものである。




 大抵たいていのことは一人でできるディアスであり、軽傷けいしょう治療ちりょうなどそれこそ何度もやってれたものである。しかし、「あなたの世話ができることが嬉しい」と笑顔で言うカーディルを止める気にはなれず、任せることにした。


 ぎこちない手つきで、時間をかけて巻き終えた後、先程さきほどとはうって変わった悲しげな顔をしていった。


「あまり、危ない真似はしないでね」


「そうは言っても、ミュータント討伐をやっているのだから、どうしたって絶体安全とはいかないだろう?」


 カーディルはゆっくりと首を振った。そういうことじゃない、という意味だろうか。今にも大粒おおつぶなみだこぼれ落ちそうな、うるんだひとみを真っ直ぐに向けてくる。


下手へたをすればあなたはミュータントに連れ去られていたのかもしれないのよ……?」


 その言葉にディアスは、はっと顔を上げる。言われて初めて気が付いた、そして理解した。カーディルの深い怒りと悲しみの意味と、己の迂闊うかつさを。


 もしも人馬に掴まれたとき、カーディルが戦車で体当たりしてくれなかったら、あるいはけられていたらどうなっていたか。


 地面に叩きつけられ、武器もなくあちこちの骨もくだけた状態で巣に持ち帰られてれていた可能性かのうせいは大いにある。


 そしてミュータントに連れ去られた人間がその後、いかなる残酷ざんこく運命うんめいむかえるか、二人の間で語るまでもないことである。


 彼女は誰よりも事の重大性じゅうだいせいを理解していた。己をおもっていてくれたのだ。結果として賞金が半分になったところでそれがなんだというのだ。まず反省するべきは自分の甘さだ。


「ありがとう、カーディル」


 ディアスはカーディルの身を抱き寄せ、ささやいた。


 カーディルにしてみれば、ディアスがどういった反応をするのか、怒られることはあるまいと思っていたが、こうも真っ直ぐに礼を言われるのも想定外そうていがいであった。


 戸惑とまどいつつ、彼の背に腕を回してその愛情に答える。


「私たち、いいコンビよね……?」


「ああ、最高のパートナーだ」




 過去に思いをせじっと黙りこむディアスに、アイザックはこれ以上聞いても答える気はないだろうと判断はんだんして質問を打ち切った。


「では、これで失礼します」


 話は終わった、そういった空気を感じとり、ディアスが一礼して立ち去ろうとすると、その背にマルコから声がかかる。


「ちょっと待った。これ、約束したボーナス」


 そういって、クレジットの入った革袋を投げて寄越よこした。


 つい先程、ディアスが借金の返済分として渡したものだ。既に受領じゅりょうされ、データ入力された後で丸々寄越すとはよく言えば豪快ごうかい、悪く言えば大雑把おおざっぱな、マルコらしい演出えんしゅつだ。


 ディアスはしばし革袋をながめた後、袋に手を突っ込んで半分ほどを無造作むぞうさにポケットに入れた。


「アイザック、あんたの取り分だ」


 残った革袋を改めてアイザックに向けて放り投げた。


 右肩を前に出し、そこで右腕が無いことに気付いてあわてて分厚ぶあつ胸板むないたで革袋をリバウンドし、お手玉をしながらなんとか落とさずに左手で掴み取った。


 革袋を通してもわかる、大量のクレジットの形と重さに、アイザックは少々困惑していた。


「おいおい、俺は呼ばれてもいないのに顔出してちょっと撃っただけだぜ?分け前をくれるのはありがてえが、こりゃちょいと多すぎやしないかい?いや、くれるってぇならもらうけど」


「それぞれ事情じじょう都合つごうも言いたいことも色々あるだろうが、あんたのおかげで助かった、それだけは事実だ」


 それに……と、続けて机の上のカタログを見て、いたずらっぽく笑ってみせた。


「これから金は必要になるだろう?」


 そういって、手をひらひらと振りながら部屋を後にした。残されたアイザックとマルコは顔を見合わせ、苦笑する。


「なんともおかしな野郎だ。いかにも堅物かたぶつ武人ぶじんでございって顔しているくせに、口を開けば二言目には女のことばかり。それでいてこんないきなこともしやがる。どういう男だい、ありゃあ」


 革袋を上に放り、また左手でキャッチするということをかえす。革袋の重みがそのままディアスの人柄ひとがらを表しているように感じられた。


「ある程度の事情を知っている身から言わせてもらうとね、彼がいつもカーディルくんのことを考えていることは、彼の男らしさを否定するものではないと思うよ」


「その、カーディルってえのがあいつの女の名前かい。で、いい女か?」


「一人の男を狂わせるくらいにね」


「なるほど、わかりやすい」


 革袋を置いて、カタログを慣れぬ左手でゆっくりとめくる。ずらりと並んだ男性用サイズの義手。それを選ぶためにここへ来たのだ。


「どれにするか、決まったかい?」


「通常の義手か、武器を内蔵ないぞうしたやつか迷っていたが……」


 ううむ、とうなりながらやがて意を決したようにいった。


臨時収入りんじしゅうにゅうも入ったし、ちょいと奮発ふんぱつするか!」


 アイザックが指差した先は日常生活用にちじょうせいかつようの腕ではない。二本並んだ銃身じゅうしんが腕から突き出たショットガン内蔵の腕であった。


 マルコから始まった善意ぜんい酔狂すいきょう連鎖れんさは、最後に奇妙きみょうな形でアイザックの背を押した。


 自他じた共に認める人間兵器誕生の瞬間しゅんかんであった。

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