第44話

 アイザックと呼んでくれ。男はそういった。


 腕はどうしたのかと聞くと、関節かんせつがぐしゃぐしゃにつぶれ、皮一枚でつながっているだけという状態で、邪魔じゃまなので千切ちぎって捨てたという。


 ディアスは、どうしてここで戦っているとわかったのかと聞こうとして、すぐに間の抜けた質問だと気付いてやめた。


 これ以上無いくらいわかりやすい目印めじるしを打ち上げたのは当の本人である。


「やられっぱなしってのは気に入らなくてな、つい追いかけて来ちまった。で、何故なぜ馬野郎うまやろう死骸しがいが二つあるような気がするんだが、俺の気のせいか?」


「残念ながら俺もあんたも正気だよ。一体目を倒した直後に乱入らんにゅうされたのさ」


「ああ、するってえと何かい?俺の腕を潰した奴と、俺が弾をくれてやった奴は、まったくの別人べつじん別馬べつうまということに……?」


「そういうことになる」


「オゥ………ジーザス」


 落胆らくたんするアイザックに、ディアスはかける言葉も見つからなかった。


 腕を潰した相手に仕返しかえしをしてやったと思ったら全然別の奴だった。落ち込むのも無理からぬことである。


 ディアスにもその気持ちはよくわかる。カーディルの手足を喰らったミュータントは結局、自分の手で倒したわけではなく、他人の酒代さかだいとなった。


 その後、同種族どうしゅぞくを何体もほふったが、それとこれとはやはり別問題であり、すっきりとしない部分はある。


「わかる……」


「そうか、わかってくれるか」


 聞くは不作法ぶさほう、語るは無用。ハンターの過去などほじくり返したところでろくなものは出てこない。ゆえにこんな短いやり取りで充分じゅうぶんであり礼儀れいぎかなうものであった。


「ところでひとつ、頼みがあるんだが……」


 言い出すタイミングをはかっていたように、アイザックが申し訳なさそうに口を開いた。


「なんだろうか」


「痛み止めがあったら分けてくれないか」


 アイザックの顔が青白いのは、照明弾に照らされたからだけではないだろう。腕が取れて骨がき出しになっているのだ。止血帯しけつたいをきつく巻いただけでどうにかなるようなものでもない。


 傷口からぽたり、ぽたりと骨を伝って血がしたたり落ちる。


 ディアスは今までそこに気付かなかったことをびるように軽く頭を下げて、背に取り付けた救急きゅうきゅうキットを引きずり出した。


「痛むのかい」


 言いながら、れた手つきで注射器と医療用いりょうようモルヒネを取り出す。


「正確にはこれから痛みだしそうってところだな。何かがじわじわ上がってきて、もうすぐ痛み止めが切れそうなのがわかるっていうかなぁ……」


「なるほど、そいつは怖い」


 注射器を仕舞しまいはじめるディアスに、アイザックは怪訝けげんな顔を向ける。


「もう終わったよ」


「え?」


 腕を見ると、確かに注射針のあとがある。


 会話に意識を向けている間にさっさと注射して、痛みも不安もなく済ませるテクニックだ。


「ほぅ、ほほぅ……やけに手慣てなれているんだな」


 アイザックは本気で感心したようにいった。


「まあ、色々あってな……」


 色々あった、とはハンターの用語で、これ以上聞くなという意味に等しい。


 まだカーディルの精神が安定していなかったころ、夜中にうなされる彼女に鎮静剤ちんせいざい手際てぎわよく打つ必要があったからこそ身につけたスキルであった。初対面の相手に説明するのは難しい。


「傷口の凍結処理とうけつしょりもしておくか?車内に凍結スプレーがあったはずだが」


いたれりくせりだな。お言葉に甘えさせてもらうぜ」


 ちらと失くした腕を見る。ここへはなかば死ぬつもりでやって来た。人馬に一撃くれてやって意地を見せればそれでよし、と。


(そうか、俺の腕は無くなっちまったんだな……)


 命が助かるとわかってから、急に喪失感そうしつかんき起こってきた。弱気になっている。そうした自覚があった。


 なればこそ、親身になって相談に乗ってくれる存在がありがたい。素早く戦車によじ登るディアスの背に向けて、彼の仕草しぐさを真似て小さく頭を下げた。




 ハッチを開けて車内にすべむと


「あぁ良かったディアス、無事だったのね」


 と、カーディルの明るい声が出迎でむかえた。


 そこに人馬の頭をくだいて愉悦ゆえつの笑みをらしていた夜叉やしゃ面影おもかげはなく、恋人の身を案じる一人の女がいるのみであった。


「無事、って。外の様子はカメラで見えるだろう?」


「そうだけど。カメラで見るのと、実際に会うのは違うの」


「そういうものか」


「そういうものよ。ミュータントの始末しまつが終わったらすぐにでも帰ってきて欲しかったのに、あなたは見知らぬ男とイチャイチャと……」


「他人に興味きょうみが持てないのは個人の問題だが、世話せわになった相手を無視するような真似は礼節れいせつの問題だ。ここは自分にできる最大限のことをするべき場面だと思う」


 文句があるわけではなく、ちょっとねてみただけなのだが、それに対して真面目に正論で返すところがいかにもディアスだな、となかあきれつつ、会話自体を楽しむカーディルであった。


「それでもさ、もうちょっと私にかまってくれてもいいんじゃない?できれば30分ほど……ね?」


魅力的みりょくてき提案ていあんだが、やっている間に失血で倒れたら後味あとあじが悪いどころじゃない」


「うーん、ごもっとも」


 そういって笑いあう二人。車内におだやかな雰囲気ふんいきただよい、ようやく戦いが終わったのだという実感じっかんいてきた。


 ディアスは物入れから凍結スプレーを取り出し、カーディルのほおを軽くでてから、物入れを足場にしてハッチを開けた。


 ズキリ、と右足首に鋭い痛みが走る。人馬につかまれ振り上げられたときのものだろう。


 すねの半ばまで鉄板でおおわれたブーツだからこそ、この程度で済んだのだ。そうでなければ今ごろ自分も足を千切って捨てるような破目はめになっていたかもしれない。


「ディアス、どうしたの?」


 物入れに足を乗せたまま動かぬディアスをあんじて、カーディルが声をかける。


 足の痛みも治まらぬまま、ディアスは振り返ってぎこちない笑みを向けた。


「いや、なんでもないよ。行って、すぐ帰ってくる」


 そういって、逃げるように出ていった。


 またひとり、戦車の中に残されたカーディルはため息をついて呟いた。


「気付かないわけ、ないでしょうが……」


 止まれといって止まる男ではない。カーディル自身、ディアスの無茶むちゃ無謀むぼう非常識ひじょうしきな行動によってすくわれた身である。それをとがめることはできない。


 大切な人、世話になった人の為に全力で行動できる、それは彼の魅力みりょくのひとつだろう。それと同時に、いつか破滅はめつをもたらすきっかけになるのではないか。そんな不安が絶えず付きまとう。


(そこは私がしっかりしないと。よし、彼の傷が治るまで仕事は取らせない。マルコ博士にだってビシッと言ってやるわ……)


 決意を固めながら外部カメラを回す。音声は拾えないが、応急処置おうきゅうしょちを終えたディアスとアイザックがまだ、楽し気に何ごとかを話している最中であった。


(それは!あたしのオトコだから!いつまでも占拠せんきょしてんじゃないわよ筋肉ダルマぁ!!)


 カーディルの呪詛じゅそが通じたのか、やがてアイザックは片手で器用にバイクにまたがって走り去った。少々動きが危なっかしいが、これ以上してやれることは何もないし、過保護かほご過干渉かかんしょうは彼のハンターとしての誇りに傷をつけるかもしれない。


 ハンターの関係など、困ったときにちょっと手を貸すくらいでちょうどいい。


 これでようやく帰れる。安心してディアスの帰りを待つが、なかなか戻ってこない。見ると、彼は人馬の首を切り落とす作業にかかっていた。


(忘れてた、そういえばそれがあったかぁ……)


 結局、帰路きろについたのはそれから一時間後であった。

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