第42話

 命の気配けはいなく、だが確かに血の臭いがただよやみの荒野。疾走しっそうする二つの異形いぎょう人機一体じんきいったいの戦車と、人馬合成じんばごうせいのミュータント。


 レーダーで周囲の地形を把握はあくしながら高速で走ることは、神経接続によって戦車を手足のごとくあやつるカーディルにしかできないことだ。


 しかし、その重圧プレッシャー生半可なまはんかなものではない。岩に乗り上げる、岩壁に激突する、ミュータントに追い付かれる。どれもが死に直結する綱渡つなわたりだ。


 大量の情報が脳へと直接流れ込む。それらを整理し、反映はんえいし、ただひたすら逃げる。生身ではありぬ脳への負荷ふか、カーディルのひたいにじっとりと脂汗あぶらあせにじむ。


 気を抜けば意識がシャットダウンしてしまいそうだ。


「カーディル、ここらで奴を仕留しとめるぞ!」


「待ってましたぁ!」


 ディアスの宣言せんげんに、カーディルはほっと息をつく。まだミュータントを倒したわけでもないが、一歩前へ進んだことは確かだ。ディアスが自分の負担ふたんも考えてこの場を選んだのかと思えば、こんなときだが少し嬉しくもあった。


 再度さいど、6連照明弾が光なき天へと放たれる。白色に照らし出された、あちこちに岩が突き出た戦場。今更いまさらながら、こんなところを走っていたのかと思えばゾッとする。


 履帯りたいを滑らせ、石つぶてを弾き飛ばしながら戦車は180度旋回し、その場に停止した。


 決戦の気配を感じたか、人馬も10メートルほど離れたところで止まった。さらに身を沈め、いつでも飛びかかれる体勢たいせいをとっている。


 人馬が横ばいにじりじりと動く。砲塔はその姿を追い旋回する。不用意に撃つわけにはいかない。


 こいつは先ほど、ディアスの狙撃そげきけたのだ。明らかに、弾丸を視認しにんして避けた。先に撃てば、負ける。じりじりと息がまるような時間が過ぎ去った。


 前触まえぶれもなく、音もなく、人馬が跳躍ちょうやくした。


 10メートルなど猛獣もうじゅうにとって一瞬で詰められる距離である。おどりかかってそのまま戦車を潰してしまおうという魂胆こんたんであったのだろう。


 だが、相手は数年間ミュータントと戦い続けてきた猛者もさである。全て読まれていた。狩人ハンターはこの瞬間を待っていたのだ。


 人馬が動くと同時に戦車は急速に後退した。跳躍している間は当然、方向転換ほうこうてんかんなどできはしない。そしてディアスはすでに照準しょうじゅんを合わせていた。つい先程さきほどまで、自分たちが居たところに。


 跳躍は明らかに迂闊うかつであっただろう。これはディアスにとっては想定内であった。


 このミュータントは街を大した危険の無い、ただの餌場えさば認識にんしきしている。つまりは人間をめていたのだ。にらみ合ってはみたものの、すぐに面倒になり、脆弱ぜいじゃくな人間など押さえつけてしまえばどうとでもなる、と。


(やはり忍耐にんたいはハンターの必須ひっすスキルだな……)


 人馬が着地するかしないか、そのタイミングで徹甲弾てっこうだんが放たれた。


 ゆらゆらと舞い降りる照明弾に照らされた人馬の表情が、恐怖きょうふゆがんだように見えた。とっさに人間の腕で頭をかばうが、そんなもので徹甲弾は防げない。


 無意識にとった命への渇望かつぼう、その祈り。腕は無惨むざんに、そして無意味に引きちぎられ、胴体どうたい破壊はかいし突き抜けた。徹甲弾は血風けっぷうを散らし闇夜に消える。


 バケツをひっくり返したように血が流れ、ぐずぐずにくずれた内臓がべしゃり、とこぼれた。


 月明かりの無い、人工的な明かりがらめく夜空に向けて人馬は悲しげにいななき、乾いた大地にその身をささげた。


「いよっしゃあ!」


 カーディルが快哉かいさいの声をあげるが、ディアスの耳にはそれがずっと遠くから聞こえたように感じた。彼は今、スコープをのぞいて人馬の最後をじっと見ていた。


 あのミュータントには感情があったのだろうか、恐怖を感じていたのだろうか。とっさに頭を手で庇うなど、あまりにも人間くさい仕草しぐさだ。人間の手足を持ったことと何かしら関係があるのだろうか。


 わからない。何も、わからなかった。


「これであいつに食われた人たちも浮かばれるってもんよね!」


 彼女は素直に喜んでいる。確かに人間の立場からすればこれは仇討あだうちであり、正義であろう。街の平和をおびやかし、人々を喰らう化け物を討伐とうばつしたのだ。


 だが、あのミュータントにしてみれば、ただ食事をしただけではなかろうか。


 奴は人間のはらわたを食い荒らした。自らも腸を撒き散らして死んだ。


 全てが終わった今、無惨な死をげた化け物をいたむことは、犠牲ぎせいになった者たちへの冒涜ぼうとくとなるのだろうか……?


「ディアースッ、どうしたの?」


 いつまでもうつむいて動かぬところを不審ふしんに思ったか、カーディルが声をかけてきた。思考の沼から解放されたように、ディアスは顔をあげる。考えを気取られぬよう、無理にでも笑って見せた。


「いや、なんでもない。ちょっと疲れちゃってね」


「そうね、早く帰ってゆっくり寝たいわ。それで、三日間くらいずっと外に出ないでベッドでゴロゴロしたい」


「いいね、実に壮大そうだい野望やぼうだ」


 気を取り直し、クーラーボックスとチェーンソー、警戒用けいかいようのライフルといったミュータント斬首ざんしゅセットを用意してハッチを開けた。首を落として帰って、ようやく決着だ。


 荒野の気温は昼と夜とでこうも違うものかと、身をふるわせながら人馬のれのてへと近づいた。


 生死の確認のため、じっとその顔を見つめる。歯をむき出しにし、血の涙を流すその表情は、死してなお強烈きょうれつ憎悪ぞうおを向けてくるようだ。


「お前たちはどのように産まれ、何のために生きているのだろうなぁ……」


 ディアスのつぶやきに、答える者はなにもない。


 まぶたを閉じてやろうと手を伸ばしかけて、やめた。


 この無念の顔こそ、人馬が最後にのこしたものではないだろうか。この顔を見たハンターオフィスの関係者の心胆しんたんさむからしめてこそ、死者の目的は達せられるのではないか。


 ならばそれを尊重そんちょうしよう。勝手な想像だ、余計なお世話かもしれない。だが、他にしてやれることは何もない。


 構えたライフルを下ろし、代わりにチェーンソーをつかんで始動しどうさせた。闇夜に、無数のやいばうなる死神の咆哮ほうこうが吸い込まれる。


 チェーンソーを振りかぶったその瞬間、突如とつじょとして影が飛び出してきた。


 間一髪かんいっぱつ、ディアスは身をよじって影の突撃をかわすが、チェーンソーは弾き飛ばされてしまった。ライフルを拾うひまはない。


(しまった……ッ!)


 己の迂闊さを呪いたくなった。敵の油断ゆだんを利用して勝利を得たというのに、自分が油断によって危機におちいるとはなんと無様ぶざまなことだ。


 これもマルコとの会話のなかにヒントはあった。予測、警戒してしかるべきことではないか。


 丸腰まるごしのディアスの前に立ちはだかる影。


 二体めの人馬である。

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