第40話

 丸子製作所、所長執務室にてカーディルとクラリッサが談笑だんしょうしながらチェスにきょうじていた。


 カーディルはその華麗かれいな義手を誇示こじするかのように、少々芝居しょうしょうしばいがかった動きでこまを進めた。もっとも、クラリッサの目に義手のしなどうつらず、体温とは違った熱を持つ腕が無駄に大袈裟おおげさな動きをしているとしか見えなかったが。


 その様子を少し離れてディアスとマルコが優しく見守っている。


「美しい光景だねぇ……」


 マルコの呟きに、ディアスは一瞬耳をうたがった。


 確かに若く見目麗みめうるわしい女性二人が談笑するところは見ていて気分のいいものだ。


 不自然な点は、そんな台詞せりふがマルコの口から出てきたという事である。恐らく容姿ようしめたわけではあるまい。


 ディアスは黙って頷くことで話の先を促した。


「彼女らは本来、手足がない、目が見えないはずだ。それが神経接続技術の発展によって、こうして遊ぶことができているんだ。素晴すばらしいことじゃないか」


 変わった褒め方であるが、確かにその通りだ。ディアスにしてみれば、彼女に笑顔を取り戻せただけでも多大な恩義おんぎがある。


「科学技術の進歩が常に恩恵おんけいをもたらしてきたわけではない。だが、医学だけは人間を幸せにしてきたのだと自信をもって言えるね」


「まさに、おっしゃるる通りかと」


 5年前、物理的にも金銭的にも身動きが取れず、常に頭の片隅かたすみに自殺、の二文字を置いて生きてきた。欠損けっそんによる不便ふべんを取りのぞき、人の誇りを取り戻すことがいかにとうといか、それは痛いほどに理解しているつもりだ。


「それで、今度はどこのどいつをってくれと言いなさるんで?」


「んん?」


「断りづらい雰囲気を作ってから、何かを依頼いらいなさるのかと……」


「可愛くない奴だなぁ、昔はそんなじゃなかったろう」


「おかげさまで、と言わせていただきます」


「うん、まぁ、君の言う通りだよ。話が早くて結構だ」


 そう言いながらマルコは引き出しから写真のたばを取り出し、黒塗りの机に放り出した。


 一枚つまみ上げると、そこには頭部のない、はらわたを食い散らかされた男の無惨むざんな死体が写っていた。体つきからして少年、といっていい年頃だろうか。


「ちょっとグロいから気をつけてね」


「できれば出す前に言ってください」


 マルコは医師兼、化学者であり、ディアスはベテランのハンターである。無惨な死体は見慣みなれている。かといって積極的に見たいものかといえば、そんな訳がない。


 二枚目、老人の死体。三枚目、若い女の死体。四枚目……と、腸の無い死体の写真が続いた。


余程よほどグルメな奴のようだねぇ。腸だけ食って他の部位ぶいには見向みむきもしない」


 ディアスはちらと横目でカーディルの様子をうかがった。できればミュータントに食われるとかいった話はあまり聞かせたくない。


 クラリッサとの談笑に夢中でこちらに注意を払ってはいないようだ。


「それで、戦車に接続したままヤッていたら、いきなり走り出して岩壁がんぺきに激突したことがあってね……」


「イッちゃったわけですわね!?」


 顔を見合わせ声をあげ、ひざを叩いて笑う二人。女同士の談笑は加熱して危険な領域りょういきへと入ったようだ。テーブルに膝をぶつけ、駒が倒れたのをあわてて直している。


(やめてくれぇ……)


 ディアスの背中から嫌な汗がにじみ出て、つっと一筋流れ落ちる。マルコの冷たい視線が、痛い。


 しかし、話をやめさせれば自然な流れとしてこちらの話に加わることになるだろう。ディアスはわざとらしく咳払せきばらいをして、写真の束を手に取った。


 死体、死体、死体。


 ハンターがミュータントと戦い、殺すも殺されるもそれは仕方の無いこと、それがディアスの哲学てつがく、考え方である。


 一方で非戦闘員の無惨な姿は見ていて気が重くなった。特に子供の死体はいけない。


 あまりにも悪趣味な写真集だが、見ない訳にはいかない。自分はこれから彼らの無念むねんを背負って戦うのだから眼をそらしてはならないと、ディアスはみょう使命感しめいかんを燃やしていた。


 やがて、写真をめくる手が止まった。死体ではない、ぼやけてハッキリとは見えないが、馬のような写真だ。そしてこんな写真にまぎれているからにはただの馬ではないだろう。


 体の色は黒か栗毛くりげか、暗くて正確なところはわからない。奇妙きみょうなことに足が白っぽく見える。


「何か、気になることがあるかい?」


「まず、被害者の数があまりにも多いこと。外ならともかく、街が何度も襲撃しゅうげきされているということでしょうか。しかも、短期間に」


「これね、全部一月以内の写真なんだ。しかも奴らがおそってくる間隔かんかくはどんどん短くなっているんだねぇ」


中央議会ちゅうおうぎかい方針ほうしんは?」


様子見ようすみ。まだ中央に何かあったわけじゃないからね。一時的なものかもしれない、そのうちいなくなるかもしれない、ってね」


 何をバカなことを……と、ディアスの顔が苛立いらだちでゆがむ。


 その様子を見て、マルコはむしろ安心したように頷いた。彼は事態じたいを正しく認識している、と。


「そう、大問題だ。この馬っぽいミュータントは人間の街を、たいした危険の無い餌場えさばとして認識してしまったのだろう。ミュータント同士のコミュニケーションがどうなっているかは知らないが、これを放置すればお仲間を呼んで団体さんで襲ってくる可能性もあるわけだ」


「少なくとも、この馬の同種族どうしゅぞくがやって来る可能性は高いかと……」


 ディアスが写真をそろえて机の上に置くと、マルコがそれをため息をつきながら引き出しに仕舞った。


 そのひどく疲れたようなため息は誰に向けられたものだろうか。街の安全をうれいてのことか、議会の馬鹿どもに対する苛立ちか。


 できればその心痛しんつうを少しでも取り除いてやりたいものだと、ディアスはこの一件に対する決意を新たにした。


「君への依頼はわかってもらえたかな。この畜生ちくしょうどもに人間様の恐ろしさを体で教えてやることだ」


「お任せください。必ずや、仕留しとめてみせます」


 力強い返答に、マルコは満足げに頷いた。


「ああ、それと一応言っておくけど、議会の連中全員がボンクラってわけじゃないんだ。下らない定例会ていれいかいが終わったあと、何人かが僕のところへやって来て、マルコさんこれまずいんじゃないですか……って、そういう話をしたわけだよ。それで今回のミュータントを倒してくれるならばと資金援助しきんえんじょもしてくれてねぇ」


 言いながらも、マルコの表情は晴れない。


 これは本来、街の有力者たちが集まる議会が一丸いちがんとなって立ち向かうべき案件あんけんであり、良識りょうしきある個人によっての解決かいけつが本当に正しいのか、一時しのぎでしかないのではないか。


 議会の連中は一度痛い目にあったほうがいいが、それがすなわち街にとっての致命傷ちめいしょうになっては目も当てられない。


「結局、やるしかないということか……」


 と、さびしげに呟いたものである。


「ま、そんなわけで金はある。何か必要なものがあれば言ってくれ、サービスするよ。討伐とうばつに成功したらボーナスだって出す」


「では、照明弾しょうめいだんとそれを発射するための副砲ふくほうをお願いします」


「いいとも。大急ぎで砲の取り付けと整備、ミュータントの次回出現地点の予測など、諸々もろもろやって実際に動けるのは明後日あさってからかな。それまではゆっくり英気えいきやしなってくれ」


「はい」


「できれば……」


 そこでマルコはディアスに向けて、にんまりと笑ってみせた。


「戦車の外でね」


 これはなんとしても成功させなければ、いつまでも言われ続けかねない。ディアスはにがい顔で頷いた。

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